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終章 婚約式







 ルークが戻って来ないまま、私は婚約式の日を迎えた。

 婚約式は城の大広間を開放して行われる。私は朝早くから、ロッテをはじめとしたメイドたちの手によって、入念に化粧を施され、この日のために用意されたドレスに着替えた。

 白のドレスは、基本的にデビュタントの時と、結婚式の時にしか着ない。

 婚約式に着るドレスの色は自由なので、私は薄いピンク色を選んだ。

 赤ではないが、アルの瞳を連想させる色。彼からもらった婚約の証であるブローチとよく似た色だ。そのブローチだが、今、私の手元にはない。婚約式で使うのだそうで、数日前にアルに預けたのだ。代わりに誕生日にアルからもらったブレスレットを付けたが、毎日身につけていたブローチがないのはなんだか心許なかった。

 ドレスは胸元が大きく開いたデザイン。大粒のダイヤのネックレスが綺麗に映える。

 スカート部分は薄い生地を何枚も重ねていて、かなりのボリュームだ。腰には大きなリボンがあり、可愛らしかった。生地には金糸で細かい刺繍が施されており、キラキラと光っている。

 髪の毛はハーフアップにし、髪飾りの代わりに生花を飾った。


「お嬢様、おきれいですわ」


 全ての準備を整え、完成した私を見たロッテが、うっとりと言う。他のメイドたちもやり遂げたという顔をしていた。


「ありがとう」


 できればルークにも見てもらいたかったが、隣国にいる彼には無理な相談だろう。

 早く帰ってきてくれると良いのにと思いつつ、迎えに来てくれた父と共に馬車に乗った。

 父も今日は正装姿だ。父は私と一緒に行くが、参列するだけの兄や母は一時間ほど前に、先に城に向かった。

 馬車が城に着く。恭しく扉が開けられた。真っ赤な絨毯が敷いてあり、今日が特別な日であることを感じさせられた。


「リリ。心の準備は良いな?」

「はい、お父様」


 父のエスコートで馬車のタラップを降りる。私たちを大広間まで案内してくれる人物が二人、こちらへやってきた。その一人を見て、呆然とする。


「え……?」


 信じられないことに、そこにいたのは、黒い正装姿のルークだった。

 もう一人は、ウィルフレッド王子。こちらは予測していたから驚きはしなかったが、ルークがいることには言葉にならないほどの驚きを感じていた。


「え……どうして?」

「だから、すぐに帰ってくると言ったでしょう? お嬢様」


 思わず両手を頬にあてる。目を見開く私を見て、ルークは困ったように笑った。

 ウィルフレッド王子がこれ見よがしな息を吐く。


「こいつ、ソワレ大公のところに行って、啖呵切って帰ってきたらしいぜ。今の今まで放っておいて、今更身内面するなって」

「ルーク? そんなこと言ったの?」


 驚きのあまり目を瞬かせる。ルークは平然と頷いた。


「ええ。今まで不遇な思いをさせて悪かった。今日からは何でも思うままだ。なんてふざけたことをおっしゃる方でしたので。挙げ句、私の仕事を馬鹿にしたんですよ。お前が傅く必要はどこにもない。私の孫がする仕事ではない。むしろお前が人を使うことを覚えろ。でしたか。なるほど、これは喧嘩を売られているのだなと判断しました。私が、私の誇りを持って行っている仕事を馬鹿にしてくれたのですから、交渉は決裂。あなたの孫として生きるつもりはないとはっきり言って、Uターンしてきました」

「で、こいつはローズブレイド王国に帰ってきたってわけ。国境を越えて真っ直ぐ城に来て、『孫として祖父に会うという義理は果たした。もう文句を言われる筋合いはない。二度と引き渡しに応じないで欲しい』って、父上にはっきり言ったんだよ。……おっかしいよなあ。ソワレ大公の孫として華々しく帰ってくるっていうのがお前の通る道のはずだったのに」

「私の道を勝手に決めないで下さい。私はお嬢様の世話をするだけで手一杯で、他のことをしている余裕なんてどこにもないんです」

「ソワレ大公っつったら、うちの父上も一目置く大貴族だぜ?」

「だから? 私を生かしてくれたのはお嬢様であって、一度会っただけの祖父ではありません。むしろ、今まで碌に調べもせず放っておいたくせにいきなり身内顔しないで欲しいと思いましたね。調べる機会など今までいくらでもあったはず。それをしなかったくせに、後からしゃしゃり出てこられても困ります」


 侮蔑も露わに言い放ったルークに、ウィルフレッド王子が引き攣った顔で言う。


「うわー……毒舌キャラ全開。そうだよなあ。ルークってそういう奴だったよな……全部ぶっちぎってんのに、そのキャラは変わんねえんだ」

「うるさいですよ、殿下」


 ウィルフレッド王子を叱りつけ、ルークは改めて私と視線を合わせた。


「そういうわけですので、お嬢様。約束通り私は帰って参りました。もちろん、今後もお側においていただけるのですよね?」


 断られるとは思ってもいない口調でルークが聞いてくる。それに私は頷いた。


「あ、当たり前だわ。執事がいなくて困っていたんだから、さっさと仕事に戻ってちょうだい」

「私が、ソワレ大公の孫だとしても?」

「それでルークの何かが変わるの? それなら問題だけど」

「――いいえ」


 私の答えを聞いたルークが満足げに笑う。


「変わりません。私は私のままお嬢様にお仕え致します」

「それなら、何も問題はないわね」

「ええ」


 ルークが頷いてくれたので、私も笑った。

 私たちのやり取りを見ていたウィルフレッド王子が複雑そうな顔をする。


「……なんか最近、マジでリズ・ベルトランの方がヒロインに見えてきた。つーか、ヒロインより質が悪いような気がしてきた。兄上……可哀想」

「……リリ。そろそろ式の時間だ。行くぞ」


 立ち止まったままだった私を、父が促した。ルークに目を向け、口を開く。


「ルーク、で良いのだな?」

「はい、公爵様。私はリズお嬢様の専属執事のルークです」

「分かった。それならそう扱おう。ルーク、今まで通り、リリの世話を頼む」

「承知致しました。それではご案内致します」


 恭しく頭を下げ、ルークが私たちを先導する。ウィルフレッド王子も慌てたようにルークの隣に並んだ。

 二人の背中を見つめながら私は小声で聞いた。


「ねえ、どうしてルークがウィルフレッド殿下と一緒にいるの?」

「陛下からお許しをいただきまして」

「……父上も、ルークには悪いって思ってんだよ。ちょっと今回のは強引だったからな。孫だから連れて帰る。許可をよこせ、はなかったってさ。せめて本人の合意があれば良かったんだけど、これだろう?」


 ルークの答えにウィルフレッド王子が付け足す。

 小声でのやり取りなので、絨毯の両端に立つ兵士たちには聞こえていないのが幸いだった。

 長い廊下を抜け、大広間の前へと立つ。

 ルークとウィルフレッド王子が廊下の両脇に退いた。

 扉の前に私と父が立ったことを確認し、待機していた兵士たちがゆっくりと扉を開く。


「……」


 大広間は、まるで謁見の間のようになっていた。

 中央に赤と金の絨毯。その両脇には国内貴族たちがずらりと並んでいる。大広間の一番奥は二段ほど高くなっており、最上段に玉座が据えられている。もちろんそこには国王と王妃がいた。一段低い場所にはアルがいて、私を見て微笑んでいる。彼は白地に金色の正装姿だったが、眩暈がするほどに麗しかった。

 黄金で彩られた大広間は煌びやかで、まるで夢の世界にでも来たかのようだ。壁には王家の紋章が描かれたタペストリーが掛かっていて、今から重大な式典が行われるのだということをひしひしと感じた。

 圧巻の光景に思わず息を呑む。

 父に手を引かれてなんとか歩きはしたが、一人だったらきっと居竦んで動けなくなっていただろう。王家の威光を感じ、そして自分がこれからその一員になるのだと実感していた。


 ――私、本当にアルと結婚するんだ。


 今から行うのは婚約式で結婚式ではない。だけど、そう思ってしまうような雰囲気がそこにはあった。

 アルが上段から降り、絨毯の真ん中に立つ。父が立ち止まり、私を見た。

 私は小さく頷き、父から離れ、アルの元へと歩く。

 全身が心臓になってしまったのかと思うくらいに、緊張した。


「リリ」


 差し出してくれた掌の上に、自らの手を乗せる。それだけのことに酷く体力を消耗した。


「アル……」


 ホッとしつつもアルを見上げる。彼は目を細め、嬉しそうに笑った。


「やっと婚約式の条件が揃った。これで君は僕から逃げられない。婚約式後の婚約破棄は許されないからね。君は僕と結婚するしかなくなる。困ったね」

「全然困りません。それ、私には嬉しいことなんですけど」

「そう言ってくれる君だから、大好きなんだよ」


 アルが楽しそうに笑う。そうして国王と王妃の方に向いた。


「これより、ローズブレイド王国第一王子、アラン・ローズブレイドとベルトラン公爵家令嬢、リズ・ベルトラン両名の婚約式を執り行う」






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