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◇◇◇


 大公が待っているからと、ヴィエリは話が終わるや否や、ルークを連れていってしまった。

 ずっと側に居た執事がいなくなってしまった喪失感が辛く、私は自分の部屋に戻ると、大きすぎる溜息を吐いた。


「おやおや、ゴシュジンサマはお疲れかな?」

「……ルークが隣国へ行ってしまったの」


 トコトコとやってきた猫の姿のノエルに答える。喪失感が辛い今、話し相手がいることが有り難かった。


「ルークは、ソワレ大公の孫だったんですって。迎えが来て、行ってしまったわ。国の命令なんて言われたら、ルークも拒否はできないし……」


 淡々と事実を告げると、ノエルはひょいとソファの上に飛び乗った。


「へえ。隣国の。じゃ、ゴシュジンサマの執事は誰か別の人物がするのかな」

「……いいえ」


 ノエルの質問に首を横に振った。


「私の執事はルークだけだもの。しばらくは、メイドたちだけで良いわ」

「お嬢様がそれではまずいんじゃないのかい?」


 それはその通りだったが、私は認めなかった。


「……ルークは戻ってくるっていったもの。だから、代わりを置くわけにはいかないわ」

「……知ってはいたけれど、君は随分と彼に傾倒していたんだねえ」

「悪い?」

「いいや」


 ノエルを睨むと、彼は後ろ足で耳を掻きながら言った。


「別にいいんじゃないかな☆ 特定の誰かに捕らわれるという感覚は、私には分からないものだけど、そういうものがあるってことは知っているし。あ、でも、君の場合は、あの王子様がいるからね。え? ってことは、浮気?」

「どうしてそうなるのよ。ルークは私の執事。アルは恋人。全然違うわ。馬鹿なことを言わないでちょうだい」


 ルークとアルでは、向けている感情の種類が全く違う。

 同じだと思われるのは心外だ。

 さすがにムッとすると、ノエルは「ごめんね☆」と全く反省していない口調で言った。


「じゃ、彼がいない間は私が執事のまねごとをしてあげようか? 何をすればいいのかは、彼を見ていたから大体分かるよ」

「遠慮するわ。大体あなたは、すでに私の家庭教師をしているじゃない」

「それもそうだった☆」


 すっかり忘れていたよと笑うノエル。

 適当すぎる彼に心底呆れていると、扉がノックされた。


「お嬢様」


 声はメイドのものだった。


「何?」

「その、アラン殿下とウィルフレッド殿下がお越しになっています」

「え?」


 あり得ない訪問客の名前を聞き、ギョッとした。

 アルだけなら、私を心配して来てくれたのだろうと思えたのだが、どうしてウィルフレッド王子も一緒なのだろう。

 疑問ではあったが、急いで中に入ってもらうようにと許可を出した。

 メイドが扉を開ける。

 アルとウィルフレッド王子が部屋の中へと入ってきた。


「リリ、大丈夫?」

「アル……!」


 アルがおいでとばかりに両手を広げてくれる。私は反射的にその腕の中へと飛び込んだ。


「アル! ルークが……!」

「知ってる。だからここに来たんだよ。僕もさっき父上から話を聞いたんだ。ルークはもう行ったのかな?」

「……はい」


 頷くと、私を抱き締める腕の力が強くなった。


「力になれなくてごめん。ソワレ大公には父上も世話になっているらしくて、孫を迎え入れたいという彼の希望を断ることができなかった」

「そんな……アルのせいではないのに」


 ルークがソワレ大公の孫だなんて、誰にも分からなかったことだ。アルが謝ることではない。


「でも……まさか、こんな風にルークがいなくなるなんて私、思ってもみなくて……」

「うん。それで、ウィルを連れてきたんだけど」

「……? どういうことですか?」


 真意が掴めず、首を傾げる。アルは私の身体を離すと、後ろで呆れたような顔をしているウィルフレッド王子に手招きをした。


「ウィル、さっき僕にした説明をリリにもしてくれ」

「えー。兄上が自分ですればいいじゃん」

「ウィル」

「うっす」


 兄上、怖、という小声が聞こえたが、私もアルも黙殺した。

 ウィルフレッド王子はこちらにやってくると、面倒そうな顔をしながらも口を開いた。


「……あのさ、ルークも攻略対象なんだよ。兄上やオレ、ヴィクターと同じ」

「え……?」


 久しぶりに出てきた攻略対象という言葉に目を見開く。アルを見ると、彼は黙って頷いた。

 話を聞けと、そういうことなのだろう。


「ルーク・フローレス・ソワレ。ベルトラン公爵家の執事。天涯孤独とされるが、実は隣国の大公の孫。奴のルートは、自分を虐げ続けたお嬢様に復讐するって話なんだけど」

「復讐?」


 ルークが、私に?

 何を言っているのかとウィルフレッド王子を凝視する。アルが静かな口調で言った。


「ルークはリリに絶対の忠誠を誓っている。復讐なんてあり得ない」

「へいへい。それも話が変わってるってことだろ。分かってるよ。ほんと、全然覚えてた話と違うんだもんな。確かに、これだけ違うのに、一人だけゲーム通りにしようって思ってたオレが馬鹿だったんだよなあ……」

「あ、あの……ルークが攻略対象って……」


 思わず口を挟むと、ウィルフレッド王子は「ああ」と頷きながら説明してくれた。


「兄上、オレ、ノエル、ヴィクター、ユーゴ、ルークが攻略対象なんだ。ルークは、執事だと思っていたのが、実は大公の孫だったって話な。大公の孫として戻って来たルークは、今までの恨みを晴らすべく悪役令嬢のリズ・ベルトランに仕返しを……って、もうあんたには関係ないから。これはオレの覚えているゲームの話だから気にすんなよ?」

「は、はい……」


 関係ないと言われても、自分の名前が出るとやはり気になる。そして、ウィルフレッド王子が挙げた名前に青ざめた。

 ヴィクター兄様のことは知っていたが、まさかのユーゴ兄様まで。というか、ほぼ私の知り合い全員ではないか。


「ルークの正体くらい、教えておいてくれても良かったのに。そうすれば、こちらも連れて行かれる前に先手を打てた」


 悔しげにアルが言う。それに対し、ウィルフレッド王子はポリポリと頭を掻いた。


「オレ、自分のことに忙しくて、関係のないルートまで気にしていられなかったんだよ。それに、ルークの正体が明かされるのは、ルークルートだけなんだぜ? ノエルのこともそうだけど、なんで、全員のルートが解放されたみたいになってんだろうな。それともこれが現実ってやつ?」

「お前が知らないことを、僕が知るはずがないだろう。とにかくお前は知っていることを全部話せ」

「大体話したって。あとは都度聞いてくれよ。秘密にする気はないけど、何を話して、何を話していないのか、ぜんっぜん覚えていないんだから。最近、なーんか、ゲームの記憶が曖昧になってきてるっていうのもあるんだけど」


 参ったよなあと嘆くウィルフレッド王子。

 二人の話を聞きながら、私は一人、震えていた。

 もしかして、もしかしてだけれど、私がルークと仲直りできていなければ、彼は私を恨み、その復讐をするため、大公の孫として私の前に現れたのだろうか。

 軽口を交わし、今では唯一無二の存在だと思っているルーク。

 彼に恨まれ、復讐される未来があったなんて信じたくない。


「ルークは……戻って来てくれるって言ったわ。ずっと私と一緒にいてくれるって」


 震えながらも呟くと、アルがすぐに返事をくれた。


「僕も彼を信じているよ。彼の君に対する忠誠は本物だ。きっとすぐに戻ってくる」

「そう……ですよね」


 ルークが約束を破るはずがない。自らの手を握りしめ、頷いていると、下の方から声が聞こえた。


「ねえねえ、いつまで私を無視しているつもりかな☆ この部屋には私もいたというのに無視するなんて酷いじゃないか」

「おっと、一番のイレギュラー要素ノエルのご登場だ」


 ふざけた口調でウィルフレッド王子が言う。しゃがみ込み、ノエルと目を合わせた。


「なあ、なんであんた、いつまでこの屋敷にいんの? 思い出したんだけど、あんた、無理にリズ・ベルトランの側に居なくても――」

「余計なことを言う口はこれかな☆」

「痛え!!」


 ノエルが短い前足で、ウィルフレッド王子の頬をひっかいた。


「君が私の何を知っているのか知らないけど、お喋りが過ぎると、後で痛い目を見るのは君だよ☆ 私の邪魔はしないで欲しいな☆」

「……エセ魔法使い」

「アハハ☆ 今度は噛み付いてやろうか」


 ギラリと歯を見せるノエルの姿に本気を見たウィルフレッド王子は震え上がった。


「悪い。悪かった。もう言わない!」

「ほんと頼むよ。それにね、君だけが他人の秘密を握ってる、なんて思わない方が良い。意外とみられているものなんだからね」

「うえっ!?」


 ギョッとするウィルフレッド王子に向かって、ノエルがにんまりとした笑みを浮かべる。


「例えば昨夜――」

「うわあああああ!! オレが悪かった! もう絶対、あんたのことは言わない!!」

「分かってくれて嬉しいよ☆」

「ウィル。その話、僕にも教えて欲しいな」


 黙って会話を聞いていたアルが、笑顔でウィルフレッド王子に詰め寄った。

 ウィルフレッド王子はぶんぶんと頭を左右に振って、拒否をする。


「何でもない! 兄上には関係のない話だから!」

「ふうん?」

「本当だ! 兄上にも……リズ・ベルトランにも関係ない!!」

「そ……なら、まあいっか」


 あっさりと引き下がったアルに、ウィルフレッド王子が愕然とした顔で言った。


「ええー……。自分で言っておいてなんだけど、本当にそれでいいのか? ……兄上って、時々、すっげえチョロい時があるよな」

「おや? 追及して欲しくなかったんじゃなかったのかな?」

「嘘です! 冗談です! 勘弁して下さい、兄上!」

「本当にお前は……」


 どこか呆れたようにアルは言い、そうして次に私を見た。


「リリ」

「は、はい……!」

「とにかく、僕たちにできることは、ルークを信じることだけだよ。彼が戻ってくると言ったのならきっと戻ってくる。そうでしょう? 大体、君はそんなことよりも考えないといけないことがあるじゃないか」

「考えなければいけないこと、ですか?」


 一体何の話だろう。小首を傾げると、アルは明らかに機嫌を損ねた。

 ウィルフレッド王子とノエルが、ぷっと噴き出す。


「わー、兄上、可哀想」

「おやおや、あの執事くんに負けているみたいだね☆」

「……腹立つなあ。……ねえ、リリ。もうすぐ僕たちの婚約式があること、忘れていないよね?」

「も、勿論です!」


 アルとの結婚が確定する婚約式。私もとても楽しみにしているそれを忘れるなどあるはずがない。

 勢い込んで頷くと、アルは疑わしげな顔をしつつも言った。


「それなら良いけど。でもさ、不公平だよね。僕は君との婚約式のことしか考えたくないくらい浮かれてるっていうのに、君はそれほどでもないんだから」

「そんな! 私、すごく楽しみにしてます!」


 酷い誤解だ。だがアルは懐疑的だった。


「嘘だ。だって、ルークのことばっかり気にしているじゃないか」

「それは……突然だったから」

「でも、今君が考えて、どうにかなる問題でもないよね?」

「……はい」


 それはその通りだったので頷く。

 アルは自らを落ち着かせるように息を吐き、私の頭を優しく撫でた。


「アル?」

「僕はね、心が狭いんだよ」

「?」

「君には僕のこと以外考えて欲しくないって思うくらいにはね。だからさ、あんまりルークのことばっかり言ってると、彼が帰ってきた時、城に迎え入れることを嫌がるかもしれないよ?」

「え? アルが? まさか」


 ピンとこなかったが、アルの後ろにいたウィルフレッド王子はうんうんと頷いていた。


「兄上ならやる」

「え? え?」


 ノエルまで同意した。


「猫の姿の私にまで嫉妬するくらいだからねえ。人間の執事くんに嫉妬しないはずないじゃないか。ゴシュジンサマ、気をつけないと本当に王子様に軟禁されてしまうよ?」

「軟禁って……」


 そんな馬鹿な。

 さすがにそれは言い過ぎではとアルを見る。アルは柔らかく微笑みながら小首を傾げた。

 その姿にホッとする。やはり彼らが少し大袈裟すぎるのだ。


「そ、そうですよね。良かっ――」

「うん? ああ、彼らの言ったことは大体合っていると思ってくれて間違いないよ。君より僕のことを分かってるってあたりは腹立たしいけどね。ね、僕が君を離さないって言った意味、これで分かってくれた?」

「あ……はい」


 首肯するしか選択肢がなかった。

 笑顔のままのアルが怖い。

 時折感じる、彼の恐ろしさに触れた気がした。だけど、と思う。


 ――それでも、良いわ。


 そんなアルに惚れてしまったのは私なのだから。

 軟禁されるかもと言われても、怖い気持ちと同じくらいときめいてしまうのだから、もう私はきっとどうしようもなく彼に嵌まっているのだろう。

 もじもじと恥じらっていると、ウィルフレッド王子が呆れたように言った。


「……今の兄上の台詞で顔を赤くできるって……相当だな。普通、軟禁するとか言われたら怖がるものじゃねえか?」

「リリは僕に惚れきっているからね。当たり前だよ」

「そこまで目当ての女を惚れさせた兄上の手管が恐ろしい。やっぱ、攻略対象の中で一番厄介で怖いのは兄上だよなあ。だからこそ推せるんだけど」


 腕を組み、訳知り顔で頷くウィルフレッド王子の額をアルはぺしりとはたいた。


「何を言っているんだ。……お前も大概じゃないか。最近は、お前は僕の弟なんだなと思うことが増えたよ」

「兄上ほどじゃねえよ」

「そう? でも仕方ないよね。それがローズブレイド王家の男なんだから」

「だよな」

「「惚れた女は逃さない」」


 同時に呟かれた言葉に、絶句した。

 本当に一瞬だけど、ウィルフレッド王子に捕まったクロエの未来がはっきり見えた気がしたのだ。


 ――クロエ。もう遅いかもしれないけど頑張って。


 クロエが嫌がっていないのなら邪魔はしないし、何も言わない。

 どうか、クロエが幸せであるようにと、あとは祈るしかない。

 彼女が納得してウィルフレッド王子に捕まるのなら、素直に祝福できるのだから。

 黒く笑う二人の兄弟を唖然と見つめながら、私はそう思うしかなかった。






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