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◇◇◇


「どうしたのかしら」


 屋敷に帰ると、妙に中がざわついていた。

 とりあえず、ルークを呼ぶ。

 いつもなら、呼ばれる前に待機しているはずの執事がいないことが不思議だった。


「ルーク、ルーク!」


 返事がない。

 どうしたのだろうと思っていると、私が帰ってきたことに気づいた使用人の一人が声を掛けてきた。


「お嬢様!」

「ねえ、ルークを知らない?」


 主人が帰ってきたのに、出迎えないなど専属執事失格だ。一体彼はどこにいるのかと、少し苛つきながらも尋ねてみると、使用人からは「ルークは今、公爵様の元にいます」という答えが返ってきた。


「……お父様の?」

「はい。少し前、城から使者が来て、公爵様にお会いしたいと。しばらくしてルークが呼ばれ――という状況です」

「ふうん。お父様のところにいるんじゃ、仕方ないわね」


 しかも城から来た使者も一緒だというのなら、余計だ。帰宅の挨拶をしたいところだが、今は遠慮するべきだろう。


「じゃ、ルークが出てきたら、私が呼んでたって伝えてくれる? 私は部屋に戻るから」

「いえ。その、公爵様はお嬢様がお戻りになったら、お嬢様も部屋に来るようにと……」

「え? 私も?」


 全く身に覚えはない。

 王宮からの使者。そしてルーク。王宮関連で私に関係ありそうなのはアルのことだとは思うのだが、ルークが関わってくるとなると、分からないとしか言いようがなかった。

 それでも呼ばれているのなら行かねばと、私は父の書斎へ向かった。

 一体何の話なのか、緊張すると思いつつも、ノックをする。父からはすぐに返事があり、中に入るようにと言われた。


「失礼致します……あっ」


 中にいた面々を見て思わず声が出た。

 父の書斎。渋い顔をして立つ父と、その横に気まずそうに控えるルーク。父の目の前には王宮からの使者だと思われる見知らぬ人物。そしてもう一人、以前、街でルークに声を掛けてきた男性がいたのだ。


「あなた……どうして」


 驚き過ぎて、声が掠れる。何故ここに、この人物がいるのか本気で分からなかった。


「またお会いしましたな。ウェズレイ王国の宰相補佐、ヴィエリ・リンヴァードでございます」


 入ってきた私に気づいた壮年の男性――ヴィエリは、実に優雅な仕草で挨拶をした。それに戸惑いつつも、慌てて返す。


「失礼致しましたわ。リズ・ベルトランでございます。それで、お父様、私をお呼びと伺いましたがどのようなご用件でしょう」


 挨拶をし、父に目を向ける。

 外国の宰相補佐が、何故うちの屋敷に来ているのか。

 説明を求めるように父を見ると、父は「うむ」と言いづらそうな顔をした。

 それでも言わなければ始まらないとは分かっているのだろう。諦めたように口を開いた。


「その、だな。使者の方からいただいた王家からの書簡によると、お前の専属執事のルークは、天涯孤独の身などではなく、ウェズレイ王国のソワレ大公の孫という話なのだ」

「は?」


 開いた口がふさがらないとはまさにこのことだった。

 父が何を言い出したのか、他に客がいなければ、おかしくなったのかと真面目に問い返していただろう。

 だって、ソワレ大公の名前は私でも知っている。

 ウェズレイ王国の現国王の王弟。王族の地位を降り、大公の位を得ている方だが、老齢にも関わらず、軍部を纏め上げている鬼将軍としても有名だからだ。

 隣国ウェズレイ王国の兵士たち、特に親衛隊と呼ばれる精鋭は、皆、一騎当千と言われるほど強く、だけど誰一人ソワレ大公には敵わないのだとか。

 そのソワレ大公には一人娘が居たが、市井の男と恋に落ち、怒ったソワレ大公は娘を勘当した。

 娘は男と国を出て行き、その後は行方が分からなかった、はずだ。確か、十五年ほど前の話だったと思う。


「……まさか」


 無意識にルークに視線を移す。ルークは珍しくも泣きそうな顔をしていた。だが、現実は残酷だ。

 ヴィエリが重々しく頷いた。


「はい。間違いなく、ルーク・フローレス様こそ、今は亡きヴェロニカ様の残された一人息子。ソワレ将軍閣下のお孫様でございます」

「嘘……」


 身内は全て亡くしてしまったと言っていたルークが、隣国の大公の孫?

 信じられない話に目を大きく見開いた。ルークがまるで言い訳するように言う。


「その……お嬢様。私も知らなかったんです。父も母も祖父母のことは何も言いませんでしたから。てっきり私には、父母以外に血縁者はいないのだろうと、今の今までずっと信じてきました。それは嘘ではありません」

「そう……」


 ルークが嘘をついていたとは思わなかった。ただ、酷く驚いたのと同時に、どこかで納得している自分もいた。

 だって、ルークはあまりにもできすぎていたから。

 私の優秀な専属執事。

 彼は見目が良いだけではなく頭も良かった。まだ十四才だというのに魔法の才にも優れ、皆に信頼されている。こんな使える男を拾えたことをラッキーだとずっと思っていたけれど。


 ――ソワレ大公の孫。優秀な大公の血筋だというのなら納得だわ。


 そしてそう思うと同時に、どうしてヴィエリがうちの屋敷を訪ねてきたのか気になった。

 ルークの身元が分かったのは良かったと思う。だけど、それなら書簡だけでも済む話ではないだろうか。隣国の重要な役職に就く人物がわざわざ来る意味はなんなのだろう。

 嫌な予感がする。

 それも、とてつもなく嫌な予感が。


「……」


 父もルークも私も、何も言えずに黙っている。そんな中、ヴィエリが感に堪えないという声で言った。


「親書をローズブレイド王国に届ける折り、偶然、街でルーク様をお見かけしたのです。ルーク様は若かりし頃の閣下に生き写しで。それで思わず声を掛けてしまいました。万が一の可能性もある。お名前をお聞きし、国に戻ってから独自に調査致しました。結果、ルーク様は閣下のご息女、ヴェロニカ様のご遺児であることが判明したのです。話を聞いた閣下は泣いておられました。ヴェロニカ様を勘当したことをずっと悔いていらっしゃったと。そして孫がいるのなら、是非引き取って、跡継ぎとして育てたいとおっしゃられました。私は本日、ルーク様を迎えにまいったのです。閣下の代理として」

「っ!」


 ある意味、思った通りの展開に、声を上げそうになったが堪えた。その代わりに唇を噛みしめる。

 ソワレ大公の跡継ぎとしてルークを育てる。

 それはつまり、ルークが私の側から離れてしまうということだ。

 これからもずっと一緒にいてくれるものだと疑いもしなかったルークが、居なくなる。それは想像だけでも酷い喪失感を生み出した。


 ――ルークが、いなくなるなんて、そんなの嫌。


 できることなら、癇癪を起こして叫びたい。それくらい受け入れられないことだった。

 だけど、それが許されないことくらいは分かっている。

 だって、この場で私に発言権なんてない。私を呼んでくれたのは、ルークが私の専属執事だから。ただ、それだけなのだから。


「こちらのリズ様には、死にかけていたルーク様を拾っていただいたそうで。それにつきましても、閣下は大層感謝していらっしゃいました。リズ様に助けていただかなければ、今頃ルーク様はこの世にはいない。本当にあなたにはいくら感謝しても足りません」

「別に……感謝されたくて助けたわけではありませんから」


 ルークを助けたのは、単なる気まぐれ。褒められるようなことではない。


「ルーク……行くの?」


 ボソリと呟く。それに答えたのは父だった。


「……先方はそう望んでいらっしゃるようだな。陛下からも書状をいただいている。ルークを引き渡すようにと。そう、ご命令だ」

「そんな……」

「ソワレ大公には、陛下も色々と世話になっているとおっしゃっておられてな。孫なら引き取りたいだろうとのことだ」

「……」


 国王がそう命令を下したということは、もう話は決まっていると同義。

 ルークに目を向けると、彼は途方に暮れた顔で私を見ていた。


「ルーク……」

「お嬢様――」

「これまで、ルーク様を預かっていただいたことに感謝します。大公の孫であるルーク様を執事として雇っていたというのは許しがたい暴挙ですが、あなた方は知らなかったことですし、それについては目を瞑ると閣下はおっしゃっておられました」

「目を瞑る……?」


 その言葉に真っ先に反応したのは、ルークだった。

 ルークはヴィエリを睨み、声を荒らげる。


「誰が、誰に目を瞑ると言うんですか。私は、お嬢様の執事として雇っていただいたことを心から感謝しています。それこそ、お嬢様に拾われていなければ私はあの日、間違いなく死んでいたのですから。あの時、一番助けて欲しかったあの時、私を救ってくれたのはお嬢様だ。そのお嬢様に対し、目を瞑る? 私の祖父だというのなら、感謝以外の言葉は出ないと思います。それとも大公という地位がその傲慢な台詞を言わせるのですか? もしそうだとしたら、私はそんな人の元になど行きたくない。私の願いは、お嬢様と終生共に在ること。お嬢様の執事として、生きることです。私の決意を、誰にも邪魔などさせないっ……!」

「ルーク……」


 ルークの叫びに、目頭が熱くなった。

 彼から言葉を投げかけられたヴィエリはといえば、唖然としている。


「ルーク様……」

「お嬢様と公爵様に対する暴言、撤回して下さい。でなければ私は、いくら陛下のご命令といえど、あなたとなんて絶対に行きません」


 断固とした口調に、ヴィエリは己の失言をようやく悟ったのか、慌てて口を開いた。


「も、申し訳ありません。ルーク様のお気を悪くさせるつもりはありませんでした」

「その謝罪は私に向けられるべきものではない。あなたは使者のくせにそんなことも分からないのですか」

「……失礼致しました。発言を撤回致します」


 ルークに冷たく言われ、ヴィエリは私と父に向かって深々と頭を下げた。

 ただ、呆気にとられるしかない。

 謝罪を済ませたヴィエリが、ルークに恐る恐る尋ねる。


「それでその……ルーク様は私どもと……」

「……私がいくら嫌だと言ったところで連れて行くつもりのくせに。……お嬢様と話をさせて下さい。出発はその後でも構いませんよね?」

「は、はい……!」


 慌てて頷くヴィエリ。ルークは彼を冷たく睥睨すると、「お嬢様」と私を呼び、側へやってきた。


「ルーク」

「申し訳ありません。まさかこんなことになるなんて思ってもみませんでした」


 まず、頭を下げたルークを見て、彼らしいなとこんな時なのに思ってしまった。


「私には身内なんてもういないと思っていたのに……祖父がいたなんて。それも隣国の大公なんて人物が出てくるなんて思ってもみませんでした」

「そうよね。私も驚いたわ」


 ルークの言葉に同意する。彼の服をキュッと掴んだ。


「ねえ、ルーク。本当に行ってしまうの?」


 私と一緒に来てくれると約束してくれたのは、つい最近のことだというのに。

 こんな簡単に破られるものだとは想像もしなかった。

 ルークは苦笑し、「はい」と頷いた。


「どうやら、国の命令らしいですから。私の祖父が圧力を掛けたようで、私が行かなければ、ローズブレイド王国に迷惑がかかってしまいます」

「そんな……」

「お嬢様のアラン殿下にもご迷惑がかかる。それは私の本意ではありません」


 静かに告げ、ルークは「でも」と言った。


「来いと言われましたから、とりあえずは行きます。ですが、お嬢様。信じて下さい。私は必ずお嬢様の元に戻ってきますから」

「ルーク……」

「大体、お嬢様みたいに危うい方を一人になんてできませんよ。祖父か何か知りませんが、一言挨拶したら、Uターンしてすぐにでも帰ってきます。今まで私を放置し続けてきて、今更、祖父だなんて言われても何も思えませんよ。一番助けて欲しい時に助けてくれなかったくせに、どの面下げて私に帰ってこい、なんて言うんでしょうね?」

「そ、そうね」

「――私を助けてくれたのは、他でもないお嬢様です」


 ルークの真剣な声音にハッとした。

 彼の目を見る。


「だから私はお嬢様のために生きたい。……許して下さいますよね?」


 その目が、頼むから肯定してくれと言っていた。それに気づいたから、私はいつものように宣言する。


「……そうでなければ困るわ。何のためにあなたを拾ったと思っているのよ」

「私を専属執事にするため、ですよね」

「そうよ。分かっているなら――さっさと帰ってきなさいよね」


 ふん、と顔を背ける。ルークは小さく笑った。


「承知致しました。お嬢様。少し時間はかかるかと思いますが、必ず戻って来ますから、それまでお嬢様の専属執事の座は空けておいて下さいね」

「当たり前だわ。ルーク以外なんて考えたこともないんだから」


 そう言うと、ルークは満足げな顔で、「結構です」と答えてくれた。






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