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4


 ルークに謝る段取りを必死で考えていると、アルがボソリと言った。


「そういえば、弟が、『悪役令嬢』は家族や使用人にも嫌われていることが多いって言ってたな……」

「ひぃっ!」


 何と恐ろしい話を言ってくれるのだ。全く笑い飛ばせない。特に『使用人にも嫌われている』というあたりが、ひしひしと身に染みる。

 ああ、『悪役令嬢』という言葉が心に突き刺さってくる。キツい。

 私は涙目になりつつも、アルに宣言した。


「私、早速今日にでもルークに謝りますっ! ええ! 許してもらえるまで謝り倒しますとも! だって、私は! 『悪役令嬢』なんかではありませんからねっ!」

「ふふっ……うん、そうだね。君はちゃんと悪いことをしたら謝ることができる子だ。そうだろう?」

「はいっ! もちろんですともっ!」


 半分自棄になりながらも頷くと、何故かアルは手を伸ばし、私の頭を撫でてきた。


「うんうん、リリは良い子だね」

「ア、アル?」


 温かい掌の感触が頭に伝わり、心臓が口から飛び出るかと思った。

 突然の行動に驚いていると、アルは苦笑しながら手を引いた。


「あ、ごめん。子供扱いしたわけではないんだ。ただ、可愛いなあと思ってね」

「え、ええと」

「嫌だった?」

「い、いえ、そんなことは。大丈夫です」


 ただ、いきなりでびっくりしただけだ。


「そう、良かった」


 ふわりと微笑み、アルは「そうそう」と少々わざとらしくはあったが話題を戻した。


「あと、弟が言っていたのは、何故か『悪役令嬢』の周りには『攻略対象』が多いらしく、大概『悪役令嬢』はその『攻略対象』たちに嫌われているのだとか。『悪役令嬢』が成敗される時、その『攻略対象』たちに酷い言葉を投げつけられたり見捨てられたりするそうだよ」

「こ、『攻略対象』ですか。先ほどもおっしゃられておりましたね。『悪役令嬢』は『攻略対象』と婚約している、とか」


 思い出しながら言うと、アルは頷いた。


「うん。まあ、君も気づいたと思うけど、弟曰く、僕は複数人いる『攻略対象』の一人らしい。『攻略対象』というのは『ヒロイン』のために用意された、顔が良く、地位が高い男性のことなんだそうだよ。『ヒロイン』は、この『攻略対象』たちの中から自分の相手を選ぶらしい。あ、『ヒロイン』というのは、『悪役令嬢』と真逆に位置する存在で、大抵は『攻略対象』皆に愛される、可愛らしくも優しい女性だそうだ。……ねえ、リリ、大丈夫? 着いてきている?」

「な、何とか……」


 一応頷きはしたが、与えられる情報量が多すぎて頭が破裂しそうだ。


『悪役令嬢』だけでなく、『攻略対象』に『ヒロイン』。全く意味が分からない。

 混乱しながらも頭の中で情報を整理していると、アルが言った。


「僕としては、全部弟の作り話だって思いたいんだけどね。だって、君の『悪役令嬢』もそうだけど、自分が『攻略対象』なんて言われても困ってしまうよ」

「そ、そうですよね」


 私の『悪役令嬢』ほどではないが、それでも自分が『ヒロイン』と呼ばれる存在に選ばれるなんて聞かされて嬉しいはずがない。


「僕は選ばれるのではなく、自分で好きな人を選びたいよ。見も知らぬ誰かに『攻略』されるのではなく、どうせなら自分が好きになった人を自分の意志で『攻略』したい」

「はい。私も、『悪役令嬢』になんてなりたくありません」

「だよね」


 うんうんと何度も同意するアル。

 そんな彼に私はおそるおそる尋ねてみた。


「でも、本当にウィルフレッド殿下はすごいですね。何と言うか設定が懲りすぎているというか……あの、もしかして殿下は『予言』の魔法が使えたりなさるのでしょうか」


『予言』とは、使えるものが殆どいない、未来を予知する魔法のことだ。ウィルフレッド王子がその魔法を使えるなんて聞いたことはないが、アルの話を聞けば、可能性はあると思ってしまう。

 だがアルは、あっさりと否定した。


「実際にいる人物についての話ばかりだから、僕も考えたことはあるけどね。本人曰く、違うってさ」

「そう、ですか」

「でも、時折、弟の言うことが当たっていることもある。だから、馬鹿らしいと一笑に付したりはできないんだ」

「はい」


 実際、彼の言う『悪役令嬢』象に、私は見事に嵌まっていた。

 それに気づいてしまえば、あり得ないと無視することはできなかった。


「気をつけます。その……色々ありがとうございました。私一人では、気づけなかったと思います。助かりました」


 感謝を込めて頭を下げる。アルが教えてくれなければ、私は色々なことに気づけなかった。

 ドレスのこともそうだし、ルークのこともそう。『悪役令嬢』のなんたるかだって、分からなかった。

 知らないままなら、きっと私はウィルフレッド王子がいうところの『悪役令嬢』になっていただろう。その未来は、酷く恐ろしいことに私には思えた。


「ありがとう、ございます。本当に」


 心から告げると、アルは柔らかく微笑んだ。


「……良いんだよ。僕は、君が弟の言うような酷い女性だとは思っていないしね。だって君はこうして反省することができている。自分の間違いを認めるのはとても大変なことだ。それができる君は、とても良い子だと僕は思うよ」

「いいえ。良い子だなんて……」


 そんな風に言ってもらえる資格は私にはない。本当に、指摘されなければ自分が間違っていたと気づけないなんて情けなさ過ぎる。


「同じミスを繰り返さなければいい。大丈夫。これからも僕が側にいてあげるから。一つ一つ、一緒に解決していこう?」

「はい。ありがとうございます」


 優しい言葉を掛けてくれるアルに、涙が零れそうになってしまう。

 ああ、この人は本当に優しい人だ。この人に着いていけば大丈夫だ。

 熱い思いが胸の奥から込み上げてくる。その思いを私は自然と口にした。


「アル、あなたがいてくれて良かった。昨日、ああしてあなたが声を掛けてくれたから、私はこうして自分を変えようと思えたんです」

「言い過ぎだよ。僕でなくても良かったはずだ。他の誰でも、あの場所に居さえすればきっと君を助けたと思う」

「いいえ」


 否定は、するりと口から零れた。


「いいえ、あなた以外では駄目だったと思います。あなた以外では、私はきっと、話すらまともに聞こうとしなかった」


 誰でも良かったわけではない。

 王子である、婚約者となる、一目惚れをしてしまったアルが差し伸べてくれた手だったからこそ、私は握ろうと思ったのだ。他の誰かなら、きっと撥ね除けていただろう。

 自分のことだ。それくらいは分かる。


「私、面食いだし、プライド高いし……その、面倒な女だから。あなたの言うことだから素直に聞こうと思うのであって……」


 何とかアルに説明しようと色々言っているうちに分からなくなってきた。混乱する私に、アルが優しく目を細める。


「分かってるよ。僕じゃないと駄目だったって、それを君は説明しようとしてくれているんだよね」

「……はい」

「ありがとう。そう言ってもらえると、僕も嬉しいよ」


 そう言って笑ったアルは、本当に嬉しそうで、私は思わず彼に見惚れてしまった。


「アル……」


 笑みを浮かべたまま、アルが立ち上がる。

 彼は暖炉の上に置かれた時計を見ながら言った。


「ごめんね。本当はもう少し一緒にいたいんだけど、執務があるからそろそろ失礼するよ」

「あ、申し訳ありません。私のせいで……」


 慌てて私も立ち上がった。

 そうだ、アルは第一王子。単なる公爵令嬢である私とは違い、様々な執務を行っているのだ。暇なはずがない。

 だが、アルは、緩く首を横に振った。


「僕がきたかっただけだからリリは気にしないで。それに、今日はとても良い話ができたと思うんだ。とっても楽しかったしね。それは僕だけかな?」

「い、いえ。私も有意義な時間を過ごせたと思っています」


 嘘はどこにもなかったので頷いた。


「うん。ならそれで良いじゃないか。仕事は帰ってからすれば済む話だし、緊急案件はちゃんと先に片付けてきたから、君が気にすることは本当にないんだよ」

「それなら……良いのですが」

「でも、仕事が残っているのは本当だから、帰るね」

「はい」


 頷くと、アルは言った。


「見送りは良いよ。公爵には僕から話しておくから。じゃあね、リリ」

「……はい」


 さよならと手を振られ、胸がつんと痛んだ。当たり前の行動のはずなのに、どうしてそんな気持ちにならなくてはいけないのだろう。

 その場に立ち尽くす私を見て、アルが困った顔をする。


「リリ、そんな顔をしないでよ。立ち去りがたくなるじゃないか」

「えっ……そんな顔って……」


 自分ではよく分からない。思わず頬に手を当てると、アルは言った。


「ものすごく寂しいって、顔に書いてある」

「っ!」


 感情が顔に出ていたと知らされ、羞恥でボッと顔が赤くなった。アルがクスクスと笑う。


「本当、リリはいちいち可愛いんだから。大丈夫だよ。今は帰るけど、また時間を見て、ここに来るから。約束する」

「っ! 本当ですか」

「うん。指切りげんまん」


 すっと小指を立て、アルが笑う。


 ――指切りげんまん。


 これは、小さな子供が良くする呪いの一種だ。小指同士を絡めて約束をする。私も昔、父や母とした覚えがある。

 そのことを思い出し、私は口元を綻ばせた。


「ふふっ……懐かしい」

「ほら、リリ。君も指を出して」

「はい」


 アルに促され、小指同士を絡める。

 何だか酷く気恥ずかしい気がしたが、同時に心が温かくもなった。


「指切りげんまん、嘘吐いたら……うーん、どうしようか? リリは何をして欲しい?」

「えっ……きゅ、急に言われても」


 困ってしまう。

 戸惑う私を見て、アルが「じゃあ」と言った。


「嘘吐いたら、僕が君にキスすることにしよう」

「えっ?」

「指切った!」


 パッと小指が離される。アルの言った言葉が頭の中でグルグルと回る。

 え? キスする? 私に? アルが?

 嘘でしょう!?


「あ、アル! き、キスって……」

「動揺しないでよ、可愛いなあ。キスって言っても、頬にだよ。それともリリ、違うところに期待した?」

「~~~~!!」


 じっと唇を見つめられ、恥ずかしさで頭に血が上るかと思った。


「わ、私! そんなこと思ってませんっ!」

「残念。君が期待してくれるのなら、是非と思ったんだけどね? でも、それは約束を破った場合になるから……うーん。君との約束は破りたくないし、難しいところだ」

「難しくなんてありませんっ!」

「君はそうだろうね。でも、僕は違うんだ。……じゃあね」


 ヒラヒラと手を振り、今度こそアルは部屋を出て行った。

 一人残された私は、これ以上無く赤くなった頬を両手で押さえた。


「~~! もう、アルってば!」


 冗談にしても性質が悪すぎる。


「こんな顔じゃ、外に出られない」


 少なくとも、茹だった気持ちと頬の赤みが消えるまで、ここにいた方が良さそうだ。


「……」


 アルが消えた扉を見つめる。

 不安な気持ちはいつの間にか消えていた。

 






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