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第九章 やってきた使者



 屋敷の中庭が元の……いや、それ以上の姿を取り戻した頃、ユーゴ兄様はついに城へと上がることになった。

 ヴィクター兄様は最後までごねたが、結局、ユーゴ兄様は兄様が希望していた通り、城の図書室の司書として勤めることが決まった。

 見学と称して連れて行かれたヴィクター兄様の部署を見たユーゴ兄様が真顔で「ここで働けって言うなら、僕はもう二度と城になんて行かない」と言ったからだ。

 せっかく重い腰を上げた次男のやる気を削ぐことは好ましくない。そう考えた父は、ユーゴ兄様の希望を叶える方向で行くことにしたのだ。

 父の決断は正しかったと私も思う。

 ユーゴ兄様は、古書の香りと静謐な空気が漂う城の図書室が甚く気に入ったらしく、毎日、特に文句を言うこともなく城へ上がっている。

 当初はサボるのではと目を光らせていたヴィクター兄様も、毎日真面目に仕事をしているらしいユーゴ兄様を見て、今は司書で良かったのかもしれないと言い始めていた。


「ユーゴが真面目に仕事をするとは思わなかった」


 ライブラリーでする兄妹のお茶会。

 ルークの淹れてくれたお茶を飲みながら、ヴィクター兄様が感慨深げに言った。

 それを隣に座ったユーゴ兄様がとても嫌そうな顔で見る。


「あのね、兄上。僕だって子供じゃないんだよ。だから、お願いだから、一日に何度も僕の様子を見に来ないでくれるかな? 気持ち悪いんだよ」

「慣れない王城でお前が困っていないか気になるだけだ」


 しれっと答えたヴィクター兄様に、ユーゴ兄様は我慢できないとばかりに立ち上がった。


「だから! 兄上は目立つんだよ! 毎日毎日、暇なのかって思うほど図書室までやってきてさ。僕、どんな過保護だと思われてるか分かってるの? いくらなんでも恥ずかしいから! 僕は! 成人した男だって言ってるんだよ!」

「ヴィクター兄様……一体何をしていらっしゃるんですか」


 ユーゴ兄様の訴えを聞き、私は思わずヴィクター兄様を凝視してしまった。

 そのヴィクター兄様といえば、澄ました顔で、平然と紅茶を飲んでいた。


「弟を兄が心配して何が悪い」

「兄様の場合はその心配が度を超しているんだよ……もう、勘弁して欲しいよ」


 がっくりと項垂れ、ユーゴ兄様は疲れたように椅子に腰掛けた。

 最近、ヴィクター兄様の家族好きがエスカレートしている気がする。これは絶対に気のせいではない。

 数ヶ月前までは、私やユーゴ兄様、そして両親さえも疎んでいるところがあった兄だったが、私たちと徐々に交流を取るようになり、今では別人のように変わった。

 私たち弟妹と三日に一度はお茶をし、両親とも穏やかな表情で話すようになった兄を、皆歓迎していたのだが――どうやら長い間、家族に対する愛を拗らせていたらしい兄は、今度はやたらと家族に対し、干渉してくるようになったのだ。

 家族を思い遣ってくれるのは良い。

 だが、行きすぎた愛情はちょっと……鬱陶しい。ヴィクター兄様には悪いけど。

 ヴィクター兄様の愛情の矛先は、どこか浮世離れしたユーゴ兄様に向かうことが多く(私はアルと結婚が決まっているから、そこまで心配する必要はないと思われているらしい。ホッとした)ユーゴ兄様は、最近では毎日のように私に泣きついていた。

 今も助けを求めるように私を見ていたが、こちらに矛先が向かうことを恐れた私は、気づかないふりをしてお茶菓子を手に取った。


 ――ごめんなさい、兄様。でも、私も嫌だから。


 つまりは面倒くさいのだ。

 最初は構ってくれることが嬉しくても、慣れてしまえば過干渉は鬱陶しい。

 私は元々ベタベタするのは好きではない方だし(アルは別)適度な距離感で過ごしたいと思っていた。

 もちろんそれはユーゴ兄様もなのだろうけれど。

 芸術家肌のユーゴ兄様は、以前よりしっかりしたとは言っても、やはりどこかふわふわとしている。それがヴィクター兄様の庇護欲を誘うのだろう。

 ユーゴ兄様は心根の優しい人なので、鬱陶しそうにしてはいるが、結局ヴィクター兄様を突き放せていない。最終的にはいつも、「兄上はもう……仕方ないよね」というのが、最近の決まり文句だ。

 二人のやり取りを楽しく眺めていると、後ろに控えていたルークが近寄ってきた。


「お嬢様。そろそろ家庭教師が来られる時間かと……」

「あら、もうそんな時間? 兄様方、私は勉強がありますので、お先に失礼いたしますわね」


 家庭教師というのは、例の魔力制御を教えてくれる先生のことだ。

 父が見つけてきてくれたというその先生と、私は今日、初めて対面することになっていた。

 兄たちと別れ、自分の部屋へと戻る。

 私の後ろにいるルークに尋ねた。


「ねえ、ルーク。あなたは私の先生について何か聞いていないの?」


 情報くらいないかと期待したのだが、ルークは申し訳なさそうに言った。


「残念ながら。公爵様は『素晴らしいお方だ』と心酔なさっているようでしたが、実際の人となりなどは……」

「そう。お父様のことだから、妙な人には引っかかってはないと思うけど」


 一体どんな人を連れてくるつもりなのだろう。

 部屋で待っているようにと言われていたので、主室にある勉強用の机で待機することに決める。

 約束の時間から五分ほどが過ぎたところで、ノックと父の声が聞こえた。


「リリ。家庭教師の先生を連れてきたぞ」

「少々お待ちください」


 ルークに目配せすると、彼は頷き、部屋の扉を開けにいった。

 私も立ち上がり、先生を迎えるべく、扉の近くまで歩いていった。

 まずは父が部屋の中へと入ってくる。


「ああ、リリ。お前の先生を連れてきたぞ」


 私に気づいた父が、笑顔で話しかけてきた。返事をしようとしたが、父の後に続いてやってきた人物の顔を見て、私は硬直した。


「えっ!?」

「どうした。先生に挨拶をしなさい」

「で、でも……」


 不審な顔をした父に促されたが、私は思わず助けを求めるようにルークを見た。

 ルークも対応できないというようにこちらを見てくる。


「お嬢様……」


 一向に動こうとしない私に痺れを切らせたのか、父が『家庭教師』を紹介してくる。


「どうした、二人とも。変な顔をして。こちらは『あなぐら』に所属する魔法使い、ルーノ先生だ」

「ルーノです☆ よろしくね☆」

「……」

「リリ!」


 絶句していた私を父が叱りつける。その声にハッとして私はなんとか挨拶をした。


「リ、リズ・ベルトランです。……その、よろしく……お願いいたします」


 どうしたって言葉に詰まる。

 だって、父が連れてきたのは、よりによってハイ・エルフの姿に戻ったノエルだったのだから。


 ――あり得ない。


 気さくにこちらに向かって手を振ってくるノエル。ノエルはクリーム色のだぼっとした、いかにも魔法使いが着るような床まで丈のあるロングローブを着ていた。金色の縁取りがされているので、意外と華やかに見える。ローブを止めている太いベルトも金色で、複雑な彫刻がとても綺麗だった。

 ノエルは顔も良いから、確かにちゃんとした格好をすれば教師に見えないこともない。

 だが、一体何をどうしたら、彼が私の家庭教師なんてことになるのだ。





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