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◇◇◇
話は済んだということで、アルはウィルフレッド王子を連れて城へと帰っていった。
どうやら城では仕事が山積みになっているらしい。嫌がるウィルフレッド王子の首根っこを掴んで、馬車に放り込んだアルはにっこりと笑った。
「あとは二人でお茶でもしておくといいよ。今回の用事は終わったからね。今日は帰るよ」
「はい、アル。わざわざご足労いただきありがとうございました」
「君にお礼を言われるようなことはしていないよ。今日は僕も弟のために一肌脱いだ。それだけのこと。あ、修繕費用についてはあとで人を向かわせるから。その際、僕とウィルからの手紙も持たせるようにするよ。公爵に伝えておいてくれるかな?」
「はい、分かりました」
「じゃあ、また。最近はずっとバタバタしているからね。今度はゆっくり二人で話そう」
「……はい」
二人で、というところに力がこもった。それに気づき、顔が勝手に赤くなる。
馬車を見送り、私は少し後ろで待っていたクロエと、さきほど呼び出したルークのところに戻った。
ルークにはノエルの見張りをしてもらっていたのだ。事情を知っているものが他にいないから仕方のないことなのだが、貧乏くじを引かせたみたいで申し訳ないと思ってしまう。
「クロエ、先に私の部屋に行って、待ってて。ルーク、クロエを案内して。あと、お茶の用意をお願い。私はお父様のところへよっていくから」
「承知致しました」
クロエは父に謝りたいと言ったが、それは断り、一人で父に説明をする。
事情を聞いた父は、やはり「精霊のしたことを言っても仕方ない」といかにも上位貴族らしいことを言って納得していた。修繕について、あとからアルたちから連絡があることを告げると、それについては「気を遣っていただかなくてもいいのに」と眉根を寄せていたが、王族の厚意を無にすることもできない。手紙を受け取り次第、返事をしたためると了承した。
父へ報告を済ませ、部屋に戻る。
今日は二人の兄は屋敷にいない。ヴィクター兄様がユーゴ兄様を連れて、城に行ったのだ。
何をしにいったのかというと――城の案内らしい。
もうすぐ城勤めになるユーゴ兄様のためという話らしいが、自分の部署の良さをアピールするためだろうということは私にもユーゴ兄様にも分かる。
嫌がるユーゴ兄様を連れて行った時のヴィクター兄様は生き生きとしていて……それを見た私は助けを求めるユーゴ兄様を見捨てる決断をしたのだ。
ヴィクター兄様が楽しそうだから、我慢して下さい、と。
恨めしげな視線を向けられたが仕方ない。あんな嬉しそうなヴィクター兄様を見て、邪魔をすることなどできるはずがないからだ。
「待たせたわね」
部屋に戻ると、ちょうどルークが紅茶をサーブしているところだった。
今日のお茶の匂いを嗅ぎ、薔薇のお茶であることに気づく。
「良い匂いがするわ。今日はローズティーなのね」
「はい。お疲れだと思いましたから。香りと風味が気持ちを落ち着かせてくれます」
「そう。お茶菓子は?」
「新作のチョコレートを」
ルークの言葉に頷き、クロエの正面の席に座る。クロエはキョロキョロと周りを見回していた。
「クロエ? どうしたの?」
「……ノエルがいないと思って」
「ノエルなら別の部屋におります。ちょっとおイタが過ぎましたので」
ルークが平然と答える。それを聞いたクロエが眉を寄せた。
「猫が悪戯をするのは当たり前のことよ。……可哀想だわ」
その言葉を聞いて、そういえばまだクロエにはノエルのことを話していないことに気がついた。
クロエが契約している精霊のこともある。どうせいずれは彼女も知ることになるだろう。それにノエルの正体を知ってしまった今、無邪気にノエルを抱き上げるクロエを平常心で見られないと思うのだ。
「クロエ、ちょっと私の話を聞いて欲しいんだけど」
「? 何?」
きょとんとするクロエに、ノエルの正体を話す。ハイ・エルフの大魔法使いノエルだと告げると、さすがにクロエは目を見張っていた。
「そう……だったの。それで、リリは精霊契約できなかったし、ソラは暴走してしまったのね」
「当たり前だけど、うちの屋敷にはノエルの気配がそこかしこにあるもの。ノエルのことが苦手な精霊が暴走しても当たり前だと思うわ。それもあるから、私はあなたの精霊が暴走したことを責めることはできない」
ノエルは精霊にとって天敵のような存在。そのノエルがいるところで精霊が現れればどうなるか。
火を見るより明らかだ。
「――光の精霊に嫌われるような真似、した覚えはないんだけどなあ」
「ノエル!」
ちょうど説明を終えたところで、猫の姿のノエルが扉の隙間からするりとすり抜けるようにして入ってきた。そのあまりに堂々とした態度に、ルークが眉を吊り上げる。
「閉じ込めておいたのに! 一体どこから!」
「この姿で魔法を使うのも大分となれてきたからね。魔法でチョイチョイと☆」
悪びれない態度でそう言い、ノエルがソファの上に飛び乗ってくる。そうして吃驚しているクロエに向かって「にゃーん」とわざとらしく鳴いた。
「やあ、クロエ。いつもゴシュジンサマと仲良くしてくれてありがとう。君の魔力もなかなか美味だ。良かったら今度、私とデートでもしないかい?」
「えっ……えっ……? ノエル? 本当にノエルなの? 人の言葉を話してるけど」
「ええ」
頷くと、クロエはまじまじとノエルを見つめた。そうして躊躇なく抱き上げる。
「わあああ! 人の言葉を話す猫とか素敵! リリ、いいなあ!」
「ちょっとクロエ。私の話を聞いていた?」
予想外の行動にギョッとする。ルークも驚き過ぎて動けないのか、その場に固まっていた。
クロエはスリスリと猫に頬ずりをする。
その様を呆然と見ていたが、慌てて我に返り、クロエに言った。
「クロエ、分かってる? 大魔法使いノエルよ? あなたの契約精霊が暴走した原因!」
「分かってるわ。でもやっぱり私には猫が喋ってるようにしか見えないし……可愛い」
「ははは☆ 照れるね。君は私の魅力を分かってくれる女性みたいだ、クロエ」
褒められたのが嬉しかったのか、ノエルの声まで弾んでいる。
事情を話せば、クロエもさすがにノエルを気味悪がったりするのだろうかと思っていたのだが、誤算だ。逆にものすごく喜んでいる。
「魔法を使える猫なんて、童話の世界みたい~」
クロエは立ち上がり、ノエルを持ち上げ、高い高いと両手を高く上げた。その様子を見て、思わず言ってしまう。
「……最初、クロエがノエルの相手役だってウィルフレッド殿下から聞かされていたの。あの時はどうしてと思ったけど、今、少しだけ納得している自分がいるわ」
「……同意致します」
私の言葉に、後ろに下がっていたルークが実感の籠もった声で同意する。
二人はキャッキャと楽しげで、なんだか妙に現実逃避したくなってしまった。
「はあ~。まさか猫と意思疎通が図れる日が来るとは思わなかったわ。リリ、教えてくれてありがとう!」
「……喜んでもらえて良かったわ」
十分にノエルを満喫した後、クロエはやりきった顔で微笑んだ。ノエルはといえばやはり猫だからだろうか。疲れてしまったようで、ソファの上で丸まり、眠っている。
その姿はどう見てもただの猫で、これが大魔法使いノエルだとは誰も思わないだろうなとぼんやり思った。
クロエはソファから立ち上がると、ひどく残念そうに言った。
「そろそろ帰らなきゃいけないから、私も行くわね。お茶をごちそうさま、リリ。今日はウィルとも話ができたし、来て良かったわ。本当にありがとう」
「そう言ってもらえると嬉しい。私も、まさかクロエがウィルフレッド殿下と友人になるとは思ってもみなかったけど」
私もソファから立ち上がる。正直なところを告げると、クロエは真顔で肯定した。
「ええ、私もよ。最悪、口先だけの心の籠もらない『ごめん』を聞くことになるものだとばかり思っていたもの。そうでなくて本当に良かった」
「ウィルフレッド殿下、ちゃんと反省していたって感じがしたものね」
感じた印象を告げると、クロエも同意した。
「ええ。それは私も思ったわ。だからこそ、謝罪を受け入れようって思えたし、私も謝らなきゃってすごく思ったの」
「……今のウィルフレッド殿下なら、付き合っていけそう?」
冗談っぽく尋ねる。クロエは楽しそうに笑った。
「友人としてなら。今まで私、あの方のこと、何も知らなかったのだもの。お互い少しずつ知って行ければいいと思っているわ」
「ええ、そうね。それが良いと思う」
「本当にありがとう。じゃあ」
すっきりした顔でクロエは自分の屋敷に帰っていった。馬車を見送り、部屋に戻る。
ソファにぐったりと伸びていたノエルが億劫そうに口を開いた。
「クロエ、帰ったのかい? 全く、この私を相手に良い度胸をしているなあ……」
「だって、クロエだもの」
言いながら、ノエルの隣に座り、その頭を撫でる。ノエルは気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らした後、たった今気づいたかのように言った。
「そういえば、君も私の正体を知っても態度を変えない女性だよね。特に君は、ハイ・エルフに戻った姿も見ているのにどうして変わらないんだい? 普通、ほら、『ノエル様』とか言って、口調も改まってさ、私に色々な貢ぎ物を持ってくるもんじゃないの?」
「馬鹿なことを言わないでちょうだい」
あまりの愚かさに、本当にノエルは、大魔法使いなんて呼ばれていたのかと思ってしまう。
私はノエルの頬を両手で思いきり抓りながら言い聞かせるように言った。
「いい? 正体はどうあれ、今のあなたは私の屋敷で飼われている飼い猫なの。どうして飼い猫のご機嫌を伺って、貢ぎ物を捧げなきゃいけないのよ。おかしいでしょ」
だが、それには、ルークから指摘が入った。
「いえ、お嬢様。猫相手だと考えると、大体合っているような気がしますけど」
「……言われてみれば」
なるほど、と私は顎に手を当て、頷いた。
機嫌を取り、美味しいおやつやご飯を貢ぎ、ブラッシングや爪切りといったお世話をさせてもらう。
考えてみれば、ルークの言う通りだ。
「……ある意味、あなたって猫になって正解だったのかもしれないわね。その、貢ぎ物を持ってきてもらう生活が基本だったのだったら、今とあまり変わらないじゃない」
「ひどいな、君は! 全然、大違いだよ!」
「そうかしら」
「そうだよ!」
「じゃあ、ブラッシングはもう要らない?」
いつでも手に取れるよう近くに置いてあった猫用のブラシを取り上げる。豚毛でできたそれが、ノエルは大のお気に入りだった。
案の定ノエルは、うっと言葉を詰まらせた。
「そ、それはずるいぞ!」
「ずるくないわ。飼い猫だから世話をしているのだもの。その扱いが不満だっていうのなら、止めるしか選択はないと思わない?」
これ見よがしにブラシを振る。
私のブラッシングにとても弱いノエルは「うぐぐ」と悔しそうに呻いた。そうして猫の本能に負けたかのように、ごろんと腹を見せて横になる。
「さあ! 私をお世話したまえよ! くそう……ブラッシングがこんなに癖になるものなんて、知りたくなかった……! 野良だった頃に戻りたい」
「野良に戻ったらお腹いっぱい食べられないわよ」
「……それも嫌だ」
むすっとするノエルに苦笑しながら、私は慣れた手つきで、彼の毛並みを整え始めた。今の季節は抜け毛が多く、毎日のブラッシングは欠かせない。それに、丁寧にブラッシングをすればするだけ、毛並みは美しくなるから、達成感が半端ないのだ。
「ううう……悔しいけど、気持ち良い。……君って、魔法の才能はそこまでではないけど、ブラッシングの技術だけは超一流だって認めてあげるよ。このブラッシングのない生活とか耐えられない……」
「はいはい、ありがとう」
クスクス笑いながらも、ブラシを掛ける手は止めない。それを見ていたルークが感心したように言った。
「……お嬢様って、別に首輪なんてなくてもノエルを掌の上で転がせそうですよね。完全に猫扱いで、しかも向こうもそれで喜んじゃってるじゃないですか」
「動物は昔から好きだもの」
「そういう問題じゃありませんけど、でも、今のノエルとお嬢様のやり取りを聞いてると、殿下の心配は八割方思い過ごしだと伝えることができそうです」
「そう?」
よく分からないけど、アルが安心してくれるというのなら何よりだ。
ノエルを飼い続けると言ったこと、後悔はしていないけれど、アルに心配を掛けたことに関しては申し訳ないなと思っていたからだ。
「ちょっと! ブラシが止まってる! しっかりやってくれよ! 今度はこっち!」
「はいはい」
考え事をしていたせいで、手が止まってしまったようだ。
それをノエルに指摘された私は、苦笑しながらも身体の向きを変え、次にブラッシングをして欲しい場所をアピールしてきた彼のリクエストに応えてあげた。




