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「アル! ウィルフレッド殿下が!」

「分かってる。カーライル嬢、治療するから退いて!」

「は……はい……!」


 涙を拭い、クロエが場所をアルに譲る。

 アルは口の中で呪文を唱え、右手をウィルフレッド王子の身体の上に翳した。

 黄色い光がウィルフレッド王子を包む。みるみるうちに傷口が塞がっていった。


「すごい……」


 ショックが抜けないのか、私にしがみ付いていたクロエがポツリと呟く。それに私も頷いた。

 あとはただ、黙ってウィルフレッド王子を見つめるだけ。

 やがて、大きな傷口が塞がり、残すところ小さな切り傷だけとなった頃、アルは魔法を停止した。

 ウィルフレッド王子を包んでいた黄色い光が消えていく。

 それを息を詰めるように見つめていたが、完全に光が消えたところでアルを見た。

 まだ傷が残っているのに、治療を止める理由が分からなかったのだ。


「アル?」

「魔法ではここまで。あとは、自然治癒力。ここまで大きな怪我だと、全部魔法で治すのはあまり良くないんだ」

「そう……なんですか」

「人は自分で傷を治す力を持っているからね。むやみやたらにそれを奪うと、その治癒力がなくなってしまう。人間の身体は怠けることを覚えると、すぐに怠けてしまうから、その加減は気をつけなくちゃいけないんだ」


 アルの説明に頷く。ウィルフレッド王子は、格好こそかなりボロボロだったが、傷は殆ど癒えたようで、ゆっくりと自ら身体を起こした。


「あー……痛かった。兄上、ありがとな」

「まだ傷は残っているからね。あとで侍医に診せるんだよ」

「分かってる。うわ、上着がボロボロだ」


 上衣を脱ぎ、確認したウィルフレッド王子は顔を歪めた。


「うーん、これはもう処分かなあ」

「さすがに僕の魔法でも服までは直せないからね」

「分かってるよ。大きな傷を治してもらっただけでも助かった。マジで気絶しそうなくらい痛かったんだ」


 ふうーと大きな息を吐き、ウィルフレッド王子は地面にあぐらを掻いて座り込んだ。

 呆然とウィルフレッド王子を見つめていたクロエがハッとした様子で彼に駆け寄っていく。


「ウィルフレッド殿下……! どうして……どうして私を?」

「ん? ああ、無事だったのか。良かった」


 クロエに目を向け、ウィルフレッド王子は安堵したように笑った。その言葉に、クロエの目から涙が溢れる。


「良かったなんて……わ、私を庇う必要なんてなかったのに……あなたは第二王子なんですよ? ご自分の身体を第一に考えなくちゃいけないのに……」

「そう言われてもな。身体が勝手に動いたから仕方ない」

「仕方ないとか言わないで下さい……!」

「ははっ……」


 クロエに叱られたウィルフレッド王子が小さく笑う。そうしてクロエを見つめ、何とも言えない表情で言った。


「ごめんな、今まで」

「っ……!」


 クロエが両手で自らの口を押さえる。目を見開き、ウィルフレッド王子を凝視した。

 ウィルフレッド王子はクロエから視線を外さない。


「悪かった。オレの勝手な思い込みに付き合わせたこと、謝るよ。あんたは何も間違っていない。あんたがオレに言ったことは全部正しかった。オレはずっとあんたではない誰かを見ていたんだと思う」

「ウィルフレッド殿下……」


 わなわなと震えるクロエにウィルフレッド王子は微笑みかけた。


「もう、婚約前提で付き合ってくれ、なんて言わない。その代わり、改めて友達になってくれないかな。オレ、まあ大体想像がつくだろうけど、友達が少なくてさ。あんたみたいに本気でオレを叱ってくれる人が友達になってくれたら嬉しいと思うんだ」

「……殿下」

「ウィルって呼んでくれよ。あんたが、オレを友達だと思ってくれるんならさ」


 穏やかに告げられる言葉を聞き、クロエは涙を流した。その涙を必死で拭いながら口を開く。


「私……私も……ごめんなさい。酷い言葉であなたを傷つけて……。そして、守ってくれてありがとう……ウィル」

「あんたのこともクロエって呼んで良いかな」

「はい」


 クロエがコクリと頷く。そうして涙に濡れた顔でウィルフレッド王子を見つめた。


「……初めて、あなたと言葉が通じた気がします」

「ああ。あんたと……兄上のおかげで目が覚めたんだ。今まで悪かったな」


 謝罪の言葉を聞いたクロエは首を横に振った。


「もう良いんです。あなたはこうして私を見てくれたのだから。友達になってくれるんですよね?」

「ああ」

「嬉しい。異性の友達は二人目だわ」

「は? 二人目?」


 本当に嬉しげに目を細めたクロエ。それに対し、ウィルフレッド王子の表情は酷く冷たいものへと変わった。


「二人目って? 一人目は誰なわけ?」

「えっ……リリの執事のルーク、ですけど」

「ふーん……」


 ――えっ。なんか睨まれてるんだけど!


 チラリと私を睨んでくるウィルフレッド王子が怖い。思わず顔を引き攣らせると、アルが私を庇ってくれた。


「大丈夫だよ、リリ。リリのことは僕が守ってあげるから。あれはね、ちょっと大人げないだけだから気にしないで」

「は、はあ……」


 ちょっと大人げないどころの騒ぎではない殺気じみたものを感じた気がするが、基本ウィルフレッド王子がアルに頭が上がらないことは知っている。

 まあ、大丈夫なんだろうと納得していると、クロエがウィルフレッド王子に尋ねていた。


「さっきから思っていたのですけど……もしかして、そっちがあなたの素なのですか?」

「え? ああ、まあ。……バレちまったら仕方ないか。でも……クロエが嫌なら今からでも戻すけど」

「いえ。その方が自然な感じがしますし、取り繕っていない方が私は好ましく思います」

「そ、そうか……」


 クロエの言葉を聞き、ウィルフレッド王子は俯いた。その耳が少し赤い。


「――なんか、妙に上手くいっていません?」

「そうだね。というか……うん、最初からそうしておけば良かったんだよ。そっちの方が得意分野のくせに」

「? どういうことですか?」

「ん? 君は知らなくても良いことだよ。ただね、あいつは僕の弟だってだけ」

「? はあ……」


 さっぱり分からない。首を傾げていると、アルは「まあ、本気なら邪魔をするのは野暮だからね」と言って笑っていた。そうして話を元に戻す。


「じゃあまあ、あれは放置しておいても大丈夫として……今からの問題は――その精霊たちだね」

「あ」


 ウィルフレッド王子の怪我や、二人のやり取りの方にばかり気を取られ、すっかりそのことを忘れていた。

 ことの元凶である精霊はと、慌てて探す。彼らは特に姿を消すこともなく、宙に浮かんでいる――だけではなく、クロエの精霊がウィルフレッド王子の精霊にこってりと絞られていた。


『だから! あんたはどうしてすぐにパニックを引き起こすの! それで契約主を傷つけたら意味がないでしょう?』

『だ、だって……ノエルの匂いがしたから……』

『確かに匂いはするけど本体がいないことくらい分かるでしょう。過剰反応しすぎ。それにノエルの件は闇の精霊が見張るということで話は決まったじゃない。それであんたも納得したでしょ。あとはもう、そいつに任せて知らんふりしておけば済む話でしょうに』

『ううう……分かっていたけど、反射的に……それともブランは平気だったの?』

『平気とは言い難いけど、前よりはマシ。それにね、今のノエルには首輪もついているし、危険度は低い。闇の上級精霊の見張りもいる。それでまだ怯えているなんて、精霊のプライドが許さないのよ。あんたは違うの?』

『……違わない。次はちゃんとする』


 硬い口調ではあるがはっきりと告げた光の精霊に、土の精霊は大きく頷く。そして光の精霊の背中をドンと押した。


『それなら、謝りなさい。あんたが暴走したせいで怪我人が出てるのよ。私の主のウィルなんてね、あんたの主人を庇って大怪我したんだから! まあ、そこの規格外の王子のおかげで助かったみたいだけど』

『規格外……ああ、二体の上級精霊と契約してるっていう……うう、ごめんね。ブラン。私、誰かを傷つけるつもりなんて……』

『光の精霊のあんたが、積極的に誰かを傷つけたいなんて思うはずがないでしょ。そんなの分かってるから、ほら! 早く!』


 土の精霊の勢いに負け、光の精霊がしょぼんとしながらもこちらを向いた。私やアル、そして彼女の主であるクロエと、そのクロエを庇ったウィルフレッド王子を見て、泣きそうに顔を歪める。


『……ごめんなさい』


 その言葉にどう答えれば良いのかと思っていると、アルが口を開いた。


「だって。どうする? まずは怪我をした張本人であるウィル」

「えっ、オレ? オレは別に。精霊が暴走するなんて別に珍しいことじゃないし、オレも無事だったしな」


 いきなりアルに振られたウィルフレッド王子があっさりとそう答える。

 アルは頷き、次に私に尋ねてきた。


「君は? リリ。この屋敷は君の家だ。今の精霊の攻撃で、庭はかなりやられてしまったけど……」

「……ああ、そうですね」


 あちらこちら土は盛り上がり、花は吹き飛ばされ、かなり酷い惨状だ。ユーゴ兄様が見れば発狂するかもしれない有様。だけど、この事態が引き起こされたのは、元はノエルが原因だというし、それなら、飼い主である私にも責任があるだろう。


「……お父様と庭師に謝ります。精霊が行ったことだと言えば、父たちも何も言わないとは思いますし、ノエルが原因なら、私にも責任の一端はありますから」


 この国は、精霊から加護や庇護を強く受けている関係もあり、精霊の起こす悪戯や暴走などには酷く寛容なところがある。

 正直に精霊が行ったと言えば、父が怒らないのは分かっていた。

 アルは頷き、最後にクロエに目を向けた。


「君は? カーライル嬢。これは君の契約精霊が引き起こしたことなんだけど。何か言うことはある?」

「……ありません」


 目を伏せ、それでもきっぱりとクロエは言った。


「私の契約精霊がウィルフレッド殿下やアラン殿下に傷を負わせたことは事実です。私はそれを止めることすらできず、それどころかウィルフレッド殿下に庇われてしまいました。契約主として情けないと思います。申し訳ありませんでした」

「クロエ! なあ、兄上! オレの怪我は、オレが勝手にしたことだ。クロエに罰を与えたりしないよな?」


 顔色を変え、ウィルフレッド王子がクロエを庇う。契約精霊である光の精霊も真っ青になった。


『わ、私、クロエに迷惑を掛けるつもりなんて……』

「……まるで僕が悪者みたいだ。嫌な役だね」


 皆の焦ったような視線を受け、アルが溜息を吐いた。


「僕は皆の意見を聞いただけだよ。被害を受けたウィルは気にしないって言ってるし、問題はリリの屋敷の庭が荒らされたってことになるけど――うん。僕の方から修繕費用を出しておくよ」

「殿下のお手を煩わせるなんて」


 クロエが顔色を変える。


「わ、私の精霊がしたことです。私が――!」

「なら、オレが出す! オレの金を使ってくれ、兄上!」


 最後までクロエが話す前に、ウィルフレッド王子が大声で叫んだ。アルはじっとウィルフレッド王子を見つめている。


「お前が? どうして? お前は被害者だろう」

「庇ったのはオレの意志だし、クロエ一人でこの規模の修繕費用は難しいと思う。それに……クロエとはさっき友達になったんだ。助けられるなら助けるのが友達だろう?」

「ウィル……」


 クロエが泣きそうな顔でウィルフレッド王子を見た。彼女にウィルフレッド王子はしっかりと頷いてみせる。


「良いんだ。オレにとっては大した金じゃないし、その、今までの詫びだと思ってくれれば」

「詫びだなんて。私の態度も悪かったですから」

「それはオレが酷いことばかりしてきたからだろう」

「……先ほどに引き続き、なんか良い感じに話がまとまってる感じなんですけど」


 私の感情のないツッコミに、アルは深く同意した。


「全くだよ。わざわざお膳立てする必要はなかったよね」

「はい。すっかり仲良しです……クロエは私の友達なのに……」


 一番の、というか、唯一の友達を取られた気分になった私はすっかり拗ねていたが、アルは笑ってポンポンと私の頭を軽く叩いた。


「良いじゃないか。いがみ合っているより、仲が良い方が良いからね。まあ、これで二人のことは気にしなくても大丈夫かな」

「それはそうなんですけど、複雑です……」


 それが正直なところだ。

 すっかり仲良くなった様子のウィルフレッド王子とクロエは、楽しそうに話している。二人の精霊は元々知り合いだったのだろうか。話がまとまったことにホッとしているようだった。

 クロエとウィルフレッド王子は精霊たちを彼らの世界に戻し、私たちの方へとやってきた。

 クロエが神妙な顔で私に頭を下げる。


「ごめんなさい、リリ。あなたの屋敷の庭を台無しにしてしまって」

「こんなの不可抗力よ。気にしないで。ウィルフレッド殿下がしっかり修繕費用を出して下さるそうだし、せっかくだからユーゴ兄様にお願いして、以前よりももっと立派な庭にしてもらうわ」

「うえっ? オレかよ……」


 私とクロエの話が聞こえていたらしいウィルフレッド王子が顔を歪める。だけど嫌だとは言わなかった。どちらかというとクロエの方が申し訳なさそうな顔をしている。


「私の契約精霊のことなのに……ウィルに負担を掛けてしまって……やっぱり私も……」

「言い方は悪いけど、あなた個人に支払いきれるような額ではないと思うわ。だから、ここはウィルフレッド殿下のお気持ちに甘えておいたら良いと思う」

「そうそう。オレにとっては痛くもかゆくもないし、気にすんなって」


 私の言葉にウィルフレッド王子も同意した。

 ようやくクロエの顔に生気が戻る。


「ウィル……ありがとうございます」

「……いや、良いんだ」

「……」


 照れたように笑うウィルフレッド王子を私はじっと見つめた。

 間違いなく、この一連の話でクロエのウィルフレッド王子に対する好感度は上がっているだろう。

 マイナスからのスタートのくせに、好感度を上げるのがちょっと早すぎはしないだろうか。


「……アル。私、ウィルフレッド殿下は、ゲームがどうとか言っていた時より、よっぽど今の方が危険に思えます」


 本気で呟いた私にアルは「だからあいつは僕の弟だって言ったでしょう?」と呆れたように笑った。







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