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◇◇◇


 ウィルフレッド王子からクロエと会えるよう取り持って欲しいと頼まれた私は、早速彼女と会い、その意向を伝えた。

 場所は、伯爵邸だ。

 孤児院に行っても確実に会えるとは限らないし、きちんと連絡を取りたい時は、屋敷に訪問する旨を伝える手紙を先に送る方が確実。

 話があると手紙に書くと、すぐにクロエは訪問可能な日時を書いた返事をくれた。私はその日に、彼女を訪ねたというわけだった。

 彼女の部屋に通される。

 窓際に置かれた小さなテーブルにはすでにお茶の準備が整えられていた。

 着席し、少し茶菓子を楽しんでから私はクロエに話を切り出した。


「実はね――」


 そうして、ウィルフレッド王子の伝言を彼女に余すところなく伝えた。

 最初は驚いていた様子のクロエだったが、やがて真剣な顔になり、最後には深く頷いていた。


「ありがとう。ウィルフレッド殿下のこと、教えてくれて」


 ウィルフレッド王子の件はクロエもかなり気にしていたようで、向こうが謝りたいと言っていることを告げると、「私もお会いしたいわ」と積極的な答えが返ってきた。


「良いの? 無理しなくても良いんだけど」


 無理強いをする気はない。そう伝えたが、クロエは首を横に振った。


「無理なんてしてない。だって、本当に我ながら失礼な発言だったと思うもの。確かにあの時はかなり追い詰められていたけれども、国の第二王子である方に言って良い言葉ではなかったわ。私、反省しているの。謝る機会があるのなら謝りたい」


 彼女の目は嘘を吐いていなかった。


「そう。それなら、ウィルフレッド殿下と会えるように手配するわね。その席には私とアルも同席することになると思うのだけど、どうかしら?」


 もしクロエが嫌だと言うのなら、遠慮しよう。

 そう思っていたのだが、クロエは私の両手を握って喜んだ。


「そうしてくれると嬉しいわ。二人きりで会うというのはその……まだ心の準備ができていなくって」


 ウィルフレッド王子の考えは当たっていたということだ。


「分かったわ。じゃ、当日は私たちも参加させてもらうわね」


 クロエが喜んでくれるのなら否やはない。

 そうして、話が一段落ついたところで、私は「あのね」と切り出した。


「私、やっと精霊契約をすることができたわ」


 クロエには精霊契約ができなかったことを前回伝えている。成功したのなら教えないと、と思っていたのだ。

 私の話を聞いたクロエはポカンと口を開け、それからすぐに満面の笑みを浮かべると私に飛びついてきた。


「おめでとう!!」

「きゃあっ!」


 危うく椅子ごと後ろに倒れてしまうところだった。だけどクロエが、私が契約できたことを心から喜んでくれているのはヒシヒシと伝わってきたので、怒る気にはなれない。

 クロエは私をギュウギュウに抱き締めると、「良かった……本当に良かった!」と何度も涙声で言った。


「クロエ……その、心配掛けたわ。私はもう大丈夫だから」

「当事者のあなたが一番辛かったと思うもの。本当に良かったわ。その……どんな精霊か聞いてもいい?」

「闇の上級精霊なの。ノワールって言うんだけど」


 自身の契約精霊について教えると、クロエは目を輝かせた。


「上級精霊! すごい! やっぱりリリはすごいわね!」

「何を言っているの。クロエだって光の上級精霊と契約しているでしょう」

「でも……なんていうか、すごいっていう言葉しか出てこないの!」


 彼女が本心から言っているのが分かるから、嫌味だとは思わない。

 だけどあまりのテンションの上昇ぶりに驚いてしまう。クロエは目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。


「だって、本当に嬉しくて。リリがどれだけアラン殿下をお慕いしているのか知っていたから、私、絶対二人には幸せになって欲しいって思っていたの。契約できて本当に良かったわね」

「クロエ……」


 私までじんときてしまった。


「ありがとう……」

「私は何もしていないわ。でも、リリの願いが叶ったのは本当に嬉しいの。これで殿下との結婚は本決まりなのよね? また別の条件……なんて話にはならないのよね?」


 心配そうに尋ねてくるクロエに頷いた。


「ならないわ。その……もう婚約破棄とか、そういう可能性はなくなったと思う」

「そう、良かった」


 安堵の表情を見せてくれる友人の存在が嬉しい。

 あとはいつも通りの何でもない話をし、彼女の屋敷を後にした。


◇◇◇


 それから数日後、私は城でアルと会い、彼と相談しながら二人が会う場所を決めた。

 開放感のある場所が良いのではないかというアルの提案を受け、私は、私の屋敷の中庭を使ってはどうかと彼に言った。


「君の屋敷?」

「はい。城だとクロエが緊張するでしょうし、クロエの屋敷では今度は伯爵様の目が気になります。その点、我が家ならウィルフレッド殿下が来られても不審には思われませんし、警備の面でも安心していただけると思うのですが」


 私とアルが婚約していることは、もはや国中が知っている事実。

 そのアルと一緒にウィルフレッド王子が来ても、誰も不思議には思わないから余計な噂は立たない。私がクロエと友人であることも最近は知られ始めているから、それについても特に問題はないと思う。

 そして何より、うちは公爵家なのだ。私兵はもちろんたくさん置いているし、質も良い。警備の面で不足はないはず。

 少し考えたあと、アルは頷いた。


「そうだね。それなら君の屋敷を借りようかな。僕から公爵にお願いの手紙を書くよ」

「私もお父様にお願いします。……その、もちろん詳細は教えられませんけど、これは友達のためだからって」


 そうして、アルの手紙を受け取り、私の話を聞いた父は、二つ返事で屋敷の中庭の使用を許可してくれた。私が友人のために何かするというのが父には嬉しかったらしい。


 そして当日――。


 私はクロエを。アルはウィルフレッド王子を連れて、屋敷の中庭に集まった。

 うちの中庭は、ユーゴ兄様がこだわりにこだわったせいで、ちょっとすごいことになっている。

 兄様の美的感覚に合わせた庭の景観は美しく完璧だ。庭を眺めることができる一番良い場所には白いテーブルと自然色のソファが置かれていて、お茶会ができるようになっている。そのソファとテーブルも兄が隣国から取り寄せたこだわりの逸品で、まさか兄が使用許可を出してくれるとは思いもしなかった。

「美しいお前たちには、やはり美しい家具が似合うと思うからね。あ、もちろん邪魔をする気はないけど、部屋から眺めるくらいは許して欲しいな! ああ、創作意欲がかき立てられる! 久しぶりに筆を取ろうかな」

 そんなこと言っていたと思い出し、思わず兄の部屋がある辺りに視線を移してしまったが、そういえば兄は、今日は留守にしているのだった。


「リリ、どうしたの?」


 挙動不審な行動を取っていた私に気づいたのか、クロエが尋ねてくる。私はなんでもないと首を横に振った。


「身内のことを考えていただけだから気にしないで。それよりクロエ、今日のドレス、とても素敵だわ」

「嬉しい。ありがとう。でも、リリもとっても可愛いと思うわ」


 クロエが嬉しげに微笑む。

 彼女が着ていたのは、ベビーピンクの可愛らしいドレスだった。私やアル、そしてウィルフレッド王子と会うと聞いたクロエの父伯爵が急いで誂えてくれたようだ。ふんわりとした雰囲気がクロエにぴったりはまっている。

 私はといえば、今日は、黒のドレスだ。黒は力強いイメージがあるのでずっと避けていたのだが、元々好きな色だということもあり、新しく設えたのだ。

 専属のデザイナーにはできるだけ上品に仕上げてくれと頼んだ。落ち着いた印象ではあるが、袖や襟には飾り紐やレースが使われており、遊び心もある。白と黒の組み合わせは大好きなので、できあがったこのドレスはとても気に入っていた。


「ありがとう。アルも気に入ってくださると良いのだけれど」


 本音をチラリと零すと、クロエはクスクスと笑った。


「気にする必要はないと思うわ。だって殿下ってば、さっきからずっとあなたを見ていらっしゃるじゃない」

「そうだと嬉しいけど」

「あら、嘘なんて吐かないわ」


 気心の知れた友人とのお喋りは、緊張を和らげる。最初はかなり緊張していた様子のクロエだったが、私と軽口を叩いているうちに、随分とリラックスしてきたようだ。

 少し離れた場所には、こちらを窺っているウィルフレッド王子と、彼を呆れたような顔で見ているアルがいる。

 二人は今日も双子らしく、お揃いの格好をしていた。とはいっても、全部同じというわけではない。デザインはほぼ同じだが、アルはクリーム色。ウィルフレッド王子はダークレッドを基調とした上衣を羽織っている。アルには私とお揃いの蝶のブローチがついている分、華やかに見えた。


 ――アル、今日も素敵。


 私の王子様は、いつ見ても麗しく、彼と婚約できた喜びを噛みしめてしまう。

 私の視線に気づいたのか、アルがこちらに目を向けた。





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