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「私からもお願いします。その、アル。今日は様子を見に来て下さってありがとうございました」
元は私を心配して来てくれたのだということを思い出し、お礼を言うと、アルは素早く私の額に口づけを落とした。
「可愛い婚約者が心配だからね。当たり前だよ。リリ、あの首輪があるから妙なことにはならないと思ってはいるけど、本当に気をつけてね。何かあったら、すぐに僕に連絡を入れて。分かった?」
「はい」
何もあるわけないと思ってはいるが、心配してくれるのは嬉しい。小さく笑みを浮かべていると、私たちのやり取りを見ていたルークが言った。
「最近、殿下のお嬢様に対する過保護が増していませんか?」
「ノエルなんていう異分子がいるからね。それも仕方ないだろう。ルーク、君だけが頼りだ。ノエルが妙なことをしていたら、容赦なく排除して構わないから。よろしく頼むよ」
アルの目が笑っていない。
紛れもなく本気で言っているのだと気づいたルークが姿勢を正す。ルークの顔は真顔だった。
「ご心配なく。お嬢様に畜生ごときを近づけさせる気はありませんから。私が目を見張っておくと約束します」
「助かるよ」
互いに頷き合った後、アルは足早に屋敷を出て行った。馬車を見送り、後ろについてきていたルークに尋ねる。
「ねえ、ルークとアルっていつの間にそんなに仲良くなったの? 前までは、そこまでではなかったような気がするけど」
今まで仲が悪かったとは言わないが、先ほどのアルは、明らかにルークを信頼しているように見えた。
不思議に思って首を傾げていると、ルークは笑顔で発言した。
「共通の敵がいることが分かったからでしょうか。ああ。そうだ。実はお嬢様が城に行かれている間に、改めて大魔法使いノエルについて書かれた書物を紐解いてみたのです。彼は本にまで書かれるくらいには女好きだそうで。恋愛感情がない分、質が悪いとも言えます。嫁入り前のお嬢様を傷物にするわけにはいきませんからね。あれが公爵家にいる間は、ひとときも目を離すつもりはありません。お嬢様はどうぞいつも通り安心して日々をお過ごし下さい」
「あ、ありがとう……」
そこまで警戒しなくてもと思ったが、私に文句を言える権利がないことは分かっていたので、有り難く礼を言っておくことにする。ルークがボソリと呟いた。
「まあ、殿下からいただいた首輪があるので、さほど心配はしていませんが」
「あの首輪ってそんなにすごいものだったの?」
よく分からないと思って聞いてみると、ルークは私を屋敷の中に戻るように促しながらも教えてくれた。
「ええ。あれは国宝の一つですよ。たとえ大魔法使いノエルであろうと、あの首輪を付けられれば、その所有者には絶対逆らえません。ですから、殿下は不本意ではあっても、ノエルをお嬢様に預けたままであることをお許しになられたのです」
「国宝!?」
単なる赤い首輪にしか見えなかったあれが、まさかの国宝だと聞き、目を見開いた。
「そ、そんな大切なものをお借りして良かったのかしら……」
「殿下が良いとおっしゃったのですから、お嬢様がお気になさる必要はありませんよ。大体、アレは殿下の精神安定剤のようなものです。アレを付けていれば、絶対にお嬢様は無事だという、ね。良かったですね。お嬢様。お嬢様は殿下に本当に大切にされていらっしゃいますよ」
「そ、そんなの分かっているわ……」
アルの笑顔が脳裏に浮かぶ。顔が勝手に赤くなった。
それを誤魔化すように言う。
「で、でもよくあの首輪が国宝だなんて知っていたわね」
「猫になっているとはいえ、いくらなんでも大魔法使いノエルに言うことを聞かせられるマジックアイテムなんてどう考えても稀少なものだと思いましたからね。調べました」
「そう」
「おかげで私も安心できます。もちろん殿下にお伝えした通り、基本、ノエルから目を離す気はありませんが、それでも首輪があるのとないのでは全然違いますからね」
「そう……ね」
自分の我が儘でノエルを置きたいと言っているのは分かっていたので、大人しく頷く。
本当に、アルにもルークにも迷惑を掛けているのだ。
二人が私のために骨を折ってくれていることが申し訳ない。
ルークが、私の顔を見ながら聞いてきた。
「で? 実際のところ、どうしてノエルを追い出さないんですか? ノエルは猫ではない。それなのに追い出さない理由は? まさか本当に助けられたから、というだけということはないでしょう?」
「え? それが殆ど全てだけど……。あとはやっぱり、ずっと飼っていて情も湧いてしまったし、今更見捨てることなんてできないって思ったからよ」
色々気づいたし、反省もしたが、その部分は変わらない。
ノエルが昔、酷いことをしていたと理解していても、その性格が変わっていないと分かっていても、彼に助けられたこともまた事実なのだ。それを見なかったことにしたくはない。
「だって、ノエルが居なければ私は破落戸に襲われていたかもしれないし、屋敷を半壊させてアルを怪我させてしまっていたかもしれないのよ? そんな恩人をあなたなら追い出したりできるの? 私には無理だわ」
「お嬢様……」
何故かルークが絶句した。
私を凝視し、重苦しい溜息を吐く。
「はあ……分かりました。お嬢様ってそういう人でしたね。分かってます? 今の台詞、殿下と婚約なさる前のお嬢様なら絶対に言わなかったと思いますよ?」
「そんなこと言われても……」
そう言いつつも、ルークの言っていることは当たっているかもしれないと思っていた。
「これも、アラン殿下効果ですか? しかし私は最近不安になって来ましたよ。お嬢様がどんどん素直になって、そのうち誰かに騙されても『騙すより良いじゃない』と笑って許してしまいそうな気がするんです」
「そ、そんなことしないわよ!」
「本当ですか?」
「た、多分?」
ちょっと自信がなくなってきた。
だって、自分が騙される方が騙すよりは気持ちが楽だと思うから。
私の考えを読み取ったのか、ルークがこれ見よがしな溜息を吐いた。
「……やっぱりお嬢様には私がついていないと駄目ですね。分かりました。お嬢様が結婚なさったらこの先どうしようかと思っていたのですけど、仕方ありませんからついていってあげます」
「あ、当たり前だわ! ルークには一緒に来てもらわないと!」
慌ててルークの袖口を掴んだ。
ルークは私のもの。私だけの専属執事。
だから、当然私が結婚するなら、同じように城に来てくれるものと思い込んでいたのだ。
それが、そうではなかったかもと言われ、突然怖くなった。
「……つ、ついてきてくれるわよね? 来ないとか許さないわよ?」
「もうお一人でも大丈夫かと思っていましたが、先ほどの言動で大変不安になりましたので、何を言われてもついていくことにしました。将来の王太子妃が騙されやすいようでは国が困りますからね」
「もう……! 私、アルを困らせるようなことはしないわ!」
ぽかぽかとルークを叩く。
だけど同時にホッとしていた。
――ルークがついてきてくれる。
それだけのことが、どうしようもなく私を安堵させていた。
彼の存在が自分にとってどれほど大きかったのか、改めて知った気分だ。
――ルークがついていてくれるのなら、少しくらい騙されやすくなっても、まあ、良いのかしら。
これをルークが聞けば「良いわけないでしょう」と怒るとは思うし、駄目だとは分かっているのだが、つい、思ってしまった。
「ルークがいないと困るんだから。一緒にいてくれなくちゃ駄目よ」
「ええ、お嬢様。もちろんですとも」
念を押すと、望んだ答えが返ってきた。その返事に満足した私は、足取りも軽く、自分の部屋へと戻った。




