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愕然としていると、アルが私を慰めるように言った。
「大丈夫だよ。安心して。僕は信じていないから」
「アル……」
縋るようにアルを見上げる。彼は私の目を見てしっかりと頷いてくれた。
「ウィルは昔からこの話をし続けてきたけれど、僕は信じていないし、君を『悪役令嬢』なんかにしたりもしない。だけど悲しいことに共通点はあるよね。名前もそうだし、立ち位置もそうだ。だから、全てを無視することはできないと思うし、それは賢くない」
「はい」
「僕たちにできることは何か。真偽は分からないけど、せっかく弟から情報を得られるんだ。最大限にそれを生かせば良い。『悪役令嬢』にならないようにそれとは真逆の行動を取る。そうすれば、君が『悪役令嬢』になることはない」
コクコクと何度も頷いた。
アルの言う通りだ。
まだ、何も始まってはいない。私は何も――いや、ドレスの件は反省したけれども――していないのだから、『悪役令嬢』が取る行動を取らないようにすれば済むだけの話なのだ。
つまり、昨日決意したのと同じ。完璧な令嬢になればいい。
そうすれば、私は『悪役令嬢』にはならないし、今後酷い目に遭うこともない。
「頑張ります……」
心から告げると、アルは頷いた。
「うん。僕も協力する。といっても君は大丈夫だと思うんだけどね。本当、君みたいに素直で可愛い子のどこが『悪役』だって言うんだろう」
「あ、ありがとうございます……」
気づかなかった時なら、「そうですよね!」と心から同意しただろうが、今となっては視線を逸らすしかない。本当に、心臓が痛い。
今までの私、一体何をしていたのか。
あまりにも自分の行動が見えていなさすぎて、今更ながらに溜息が漏れる。
「アルをがっかりさせないように務めます。それで、ですね。早速なんですけど、一つご相談したいことがありまして」
「何?」
首を傾げ方に色気を感じる。思わずドキッとしてしまった。それを押し隠し、私は昨日のことを話した。元々相談しようとは思っていたが、こんな話を聞けば、より一層一人で太刀打ちなどできないと思ってしまう。アルが協力者になってくれて本当に良かった。
「あの、私には、専属の執事がいます。先ほどもお茶を運んでくれたのですが、その、彼との付き合い方について悩んでいまして」
「ああ、さっきの。まだ若そうだったよね、彼」
思い出すように頷くアルに、私は同意した。
「はい。本人の申告ではありますが、今年で十四歳になるそうです。名前はルーク。そしてその……私の悩みなのですが、どうにも彼と意思の疎通ができていないような、そんな気がするのです」
「意思の疎通? 具体的には?」
「私の顔を見るだけで怯えるというか……それでつい、私の方もカッとなってしまって当たってしまうんです。あ、もちろん手は挙げていません。言葉、だけなのですけど……」
「言葉だけ、か。それは最近の話? それともずっと?」
細かく尋ねてくる様子から、真剣に話を聞いてくれているのが伝わってくる。それを有り難いと思いつつ私は答えた。
「……お恥ずかしながら、その……わりと長い期間にわたり、この状態です。言い訳のしようもありませんが、昨日になって初めて、彼の様子が普通ではないと違和感を覚えました」
「昨日、突然態度が変わったということはないの?」
当然の疑問だったが私は首を横に振った。
「いいえ。ありません。不思議な話なのですが、思い返してみればいつもルークは、私に対し、あんな態度だったように思います。そしてそれを一度も疑問には思いませんでした」
「なのに、昨日は気になったの?」
「その……『悪役令嬢』のことがありまして。私も色々なことに過敏になっていたのだと思います。普段は気にならないところまで気になったというか……」
正直なところを告げる。アルは少し考える素振りをみせた後、真面目に私に言った。
「その執事に君が言った言葉というのは、どんなものなの? 僕に教えることはできる?」
「それ、は……」
アルの言葉に、私は思いきり動揺してしまった。
私がルークに言った数々の言葉。それを思い出すことはできるが、アルに教えられるのかと言われれば答えは『いいえ』だ。私が何を彼に言ったのか、それをアルには知られたくない。
――ああ、そうか。
それで、ようやく気がついた。
私は、他人に知られては困るようなことをルークに言っていたのか。
唇を噛みしめる。
黙りこくってしまった私を見て、アルが静かに告げた。
「その様子だと気づいたかな? 一応言っておくけど、もし君が僕に詳細を教えられないというのなら、それは『悪いこと』だよ、リリ。君は、君の執事に悪いことをし続けていたんだ。言葉は暴力になり得る。時には、殴るよりもね。君も昨日、経験したから分かるだろう?」
「あ……」
アルの言っているのは、ウィルフレッド王子のことだ。
私はウィルフレッド王子の言葉に、酷く傷つきはしなかったか。
言葉だけ、なんて言って笑い飛ばせないほどのショックを受けたから、今こうしてアルの協力を得ようとしているのではなかったか。
そしてよく考えてみれば、ルークは私に直接棘のある言葉を投げつけられていたのだ。話を盗み聞きしていただけの私より傷ついたのは間違いない。しかも、長い間。
「……」
自分のやってきたことに気づき、絶句した。
先ほどのドレスの比ではない。手を出していないのだからなんて言い訳にもならないと思った。
「わ、私……どうしたら……」
「今までのことを謝るしかないね。君が、悪いことをしたという自覚があるのなら、なおさらだ」
「謝る。そ、そうですね」
それでルークが許してくれるかは分からないが、とりあえずはそうするしかない。