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「あなぐら……ですか」
魔法に対し、特別な才能を持つものだけが集まる場所、魔法専門機関、通称『あなぐら』。
そこは奇人変人しかいない、魔の巣窟。魔法に対する理解は深いし、専門家の集まりであることは確かなのだが、普通なら絶対に近づきたくないところだ。
そんな危険な場所にアルが行くと聞き、自然と眉間に皺が寄った。私の顔を見たアルが額を突く。
「ほら、そんな険しい顔をしないの。大丈夫だよ。あそこにいる皆は、確かに変人ばかりだけれど、能力は確かだから。きっと良い案を教えてくれる」
「それはそうでしょうけど……」
良い噂を聞かない場所だ。ただ、訪ねるだけと分かっていても心配になってしまう。
「アル……」
「そんな顔をしないでよ。本当に大丈夫だから。なんだったら君も一緒に行く? そうしたら怖い場所ではないって分かると思うよ」
「本当ですか? 是非!」
アルの提案に飛びついた。
本音を言えば、近寄りたくないとさえ思っていた『あなぐら』になんて行きたくない。だけどアルが行く場所を、この目で確認しておきたいという気持ちの方が勝ったのだ。
アルが私の手を取り、ソファから立たせる。ルークを見て、ウィンクをした。
「じゃ、早速出掛けようか。ああ、そうだ。一応、機密の多い場所だから、ルーク、君は遠慮してくれるかな」
それに対し、ルークは何とも言えない顔をしながらも頷いた。
「わざわざ言っていただかなくても、邪魔はしませんよ。好きなだけお二人でどうぞ」
「そう、ありがとう」
投げやりなルークの返答に、アルは輝くような笑顔をもって返していた。
◇◇◇
ノワールは召喚を解き、ノエルはルークと一緒に屋敷で留守番をしてもらうことにして、私はアルと二人で『あなぐら』へと向かった。
王家から資金を出してもらっていることもあり、『あなぐら』は王城の敷地内にあり、王家の管轄下に置かれている。研究所は、西棟の一角だ。全員が入れる大きな研究用の部屋と、個人用の部屋がある。あとは、泊まり込みができるよう、寝室などが設けられているようだ。所属する魔法使いたちはそこで日夜研究に励んでいるらしい。
「……」
アルに手を引かれながら王城の廊下を歩く。いつもとは違う道は、妙に緊張感を誘う。特につい最近、近づくまいと決意した場所に早速行く羽目になってしまったことに、運命の悪戯というものを感じていた。
「どうしたの? 緊張してる?」
私の手を引き、少し先を歩いていたアルが振り返る。それに私はぎこちなくではあるが、笑顔を作って答えた。
「少しだけ。噂でしか知らない場所なので、実際はどうなのだろうと思うと、やっぱり無意識のうちに緊張してしまいます」
「そうだろうね。まあ、皆が遠巻きにしているのは事実だし、僕も積極的に関わりたいとは思わないけど。でも、頼りになるから君もいざという時は、彼らを訪ねると良いよ」
「はい……」
いざという時など訪れて欲しくないと思いながらも頷く。
「あれ?」
西棟に入った途端、違和感を覚えて立ち止まった。辺りを見回し、その正体に気づく。
「兵士がいない?」
それまでは数メートルおきに立っていた兵士の姿がどこにも見えないのだ。どういうことかと不思議に思っていると、アルが説明してくれた。
「昔はいたらしいんだけどね。危険だからという理由で、ある時から置かなくなったんだ。『あなぐら』では何らかの事故が起こるのは日常茶飯事だから。無関係な人を巻き込まないためにも、この西棟では『あなぐら』の人間以外、誰もいない」
「え、でも、それって危ないんじゃ……」
彼らの研究成果を盗もうとする者が現れないとも限らない。最低限の警備の兵は必要なのではないだろうか。だが、アルは首を横に振った。
「研究所には二十四時間、常に研究員の誰かがいる。研究成果を狙ってやってきた賊が来たらどうなるか。間違いなく、彼らの研究材料にされるだけだよ」
「研究材料……」
「うん。研究材料が自分からやってきたって大喜びするんだ。実際に言っていたらしいよ。まあ、賊相手なら捕まえる手間が省けるから勝手にすれば良いと思うけど」
「そう……ですか」
ふと、大魔法使いノエルが、精霊を研究材料にしていたという話を思い出した。
それに対し、ノエルは全く罪悪感を持っていない様子だった。
ハイ・エルフである彼にとっては、人間も精霊も実験材料の一つでしかない。そんな倫理観の破綻した彼を庇い、屋敷に置くという選択をした私は、本当はいけなかったのだろう。実際、実験材料と平然と言い放つ彼に、私だって恐ろしさを感じていた。だけど短くない期間、愛猫として飼ったノエルを、そして恩人でもある今は無力な彼を、私はどうしたって見捨てられなかった。そちらに天秤が傾いてしまったのだ。
正直に言えば、今も悩んでいる。
私の選択は間違いだったのかもしれない、と。
私の契約精霊のノワールにも申し訳ないことをしているのだろうと。
私には恩人でも、彼にとってはノエルは憎い仇でしかない。それを理解しているくせに、主人である私が庇うのだから良い気分であるはずがない。当たり前だ。
皆にもたくさん迷惑を掛けている。
「……あ」
「どうしたの、リリ」
アルが不思議そうな声で話しかけてくる。それに私は咄嗟に返事をすることができなかった。
だって今、私はとんでもないことに気づいてしまったからだ。
昨日、私は、ノエルの呪いを解けば、屋敷に置かなくても済むと簡単に思い、ウィルフレッド王子にその方法を尋ねた。
その時は気づけなかったのだ。彼を呪いから解放すれば、ノエルはまた同じことを繰り返すかもしれないということに。
――私は、何をしようとしていたの?
今更気づいた事実に、愕然とした。
ショックのあまり、涙が出そうだ。
結局私は自分のことしか考えていなかった。
何も変わっていない。自分のことばかりで、周囲のことなんて全然考えられていないのだ。
いつだって――いつも私は気づくのがこんなにも遅い。
さっきルークが、ノエルの呪いを解くことに懸念を示した時も、何も思わなかった。あの時、気づけても良かったはずなのに。
――ああ。
せめてもの救いは、ノエルを呪いから解放すると言った時、ノワールが否定しなかったことだ。
そして呪いから解放された場合、ノエルは危険人物ではなくなっていると、先ほどノワールが断言していたという事実。
それならノエルを解放するために頑張っても、危険人物を野放しにすることにはならない。
ノワールたちに、皆にこれ以上申し訳ないと思わなくて済む。
「……」
――頑張るしかないわ。
ノエルの呪いを解くために。
今更だけれども、できることはこれしかないのだから。
これは自分のとった選択の結果だ。
ノエルを庇った私は、その選択の責任を負わなくてはならない。
身体を震わせる私を見て、アルが尋ねてくる。
「リリ、どうしたの、さっきから。様子がおかしいけど」
「い、いえ……なんでもありません」
誤魔化すように笑う。そうして気持ちを入れ直した。
――仕切り直しよ。これから巻き返せば良い。ううん、巻き返してみせる。
「ごめんなさい、アル。少しぼうっとしていたみたいです」
「そう、それなら良いけど。……話を戻すけど、研究さえ邪魔しなければ、彼らも何もしないから。必要以上に怯える必要はないよ」
「はい。大丈夫です」
微笑みを作り言葉を返す。アルは心配そうに私を見ていたが、問題ないと判断してくれたのだろう。再び歩き出した。それにホッとする。
西棟の壁は真っ白で、廊下には絨毯すら敷いていない。簡素な燭台があるだけだ。事故がよく起こると言っていたから、価値のあるものを置いておけないのだろうが、本館やアルのいる王族居住区とのあまりの違いに驚いてしまう。
「この部屋。入るよ」
アルがノックをし、扉を開ける。
中はまるで舞踏会を開催する大広間のように広かった。あちこちに魔法薬の精製に使われると思われる大釜があり、机の上には薬草らしきものが無造作に置かれている。羊皮紙には流れるような筆跡で何かを書き付けたような形跡があり、研究員と思われる人たちが十人ほど、忙しそうに働いていた。何に使うかも分からない道具があちらこちらに散乱している。
私たちが入ってきたことに彼らは気づいたが、すぐに興味をなくしたように自身の研究へと戻っていった。そのあまりの無関心ぶりに驚いてしまう。
アルは呆れたように彼らを見回し、口を開いた。
「昨日、行くって連絡しておいたはずだけど」
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