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本日、『悪役令嬢になりたくないので、王子様と一緒に完璧令嬢を目指します!2』が発売です。
どうぞよろしくお願いいたします。
「助けてもらったのに、こちらは見捨てるなんてできません。……ノエル。お願いだから兄様たちに人間の言葉で話しかけたりしないで。そうしてくれるなら今まで通り、屋敷に置くから」
「いいよ。今まで通り猫のまねごとをすれば良いんだろう。お安いご用さ☆ まあ、君の兄たちに良い顔をできるかは自信がないけどね。私、女性は好きだけど、男は大っ嫌いだからさ」
「……」
最近、ノエルがやたらと男性を避けたがっているように思っていたが、それが気のせいではなかったと知り微妙な顔になった。ノエルがうんざりした顔をする。
「子供も好きじゃないんだよねえ。私の扱いが雑だし、理性的じゃない」
「もしかして、前、孤児院の子供たちに威嚇したのは――」
ふと、少し前に孤児院に行った時のことを思い出し聞いてみると、ノエルは見るからに嫌そうな顔をした。
「ん? 鬱陶しいから触られたくなかったってだけだけど。女の子以外に触られたくないってのが本音だよ」
「……」
大魔法使いノエルが女好きという話を思い出し、深いため息を吐いた。
どうやら女好きというより、女性以外は嫌いという認識で間違いなさそうだ。
しかし――とノエルを見る。
この分では、二度と孤児院にノエルを連れてはいけなさそうだ。ノエルとまた仲良く過ごせると信じている子供たちを裏切ることになるのが分かっていて、できるはずもない。
アルが微妙な顔で私を見てきた。
「……リリ、これでもまだノエルを屋敷で飼う、なんて言うの? 僕の個人的感情を置いておくにしても、本気でお勧めできないんだけど」
「うっ……で、でも、助けてもらったのは本当ですから……」
ちょっぴり不安にはなってしまったが、助けられた恩を仇で返すような真似はしたくない。
私が意見を変えないことに気づいたアルは納得できないという顔をしながらも、結局は諦めたように頷いた。
「分かった。確かに恩人だと知ったあとでは、いくら僕でも見捨てにくい。だけどね、やっぱり婚約者の屋敷に男がっていうのは心配なんだ。だから、一つ保険を掛けさせてもらおうと思う」
「保険、ですか?」
「そう、ちょっと待ってて。今、持って来るから」
アルがソファから立ち上がり、外へ出て行く。残されたのは私とノエル、ノワール。そして先ほどから全く発言していないウィルフレッド王子だ。
「兄上、何をするつもりなんだろうな」
ウィルフレッド王子がアルの出て行った扉をぼんやりと見つめながら言った。
「殿下……あの」
声を掛けると、ウィルフレッド王子は私に視線を移した。首を傾げながら聞いてくる。
「ん? 何? 兄上を攻略したのに、さらにノエルルートを突き進んでいるリズ・ベルトランがオレに何の用があるんだ? まさかあんたが隠しルートを開いているとはオレも知らなかったな」
「隠し? よく分かりませんが、私はアル以外は興味ありません」
そこははっきりしておかねばという気持ちで告げるとウィルフレッド王子は呆れたような顔をした。
「そんなの言われなくても分かってるって。兄上に愛されておいて、浮気とか無理に決まってんだろ。バッドエンドに行きたいってなら勝手にすればいいけど、基本はそのまま大人しく兄上に愛されていれば大丈夫だからさ」
「は……はあ」
ウィルフレッド王子が何を言っているのか分からないと思いながらも頷くと、彼はハッとしたような顔をした。
「……あー……今の話は忘れてくれ。それで? わざわざオレに話しかけてくるとか、何の用なんだ?」
「その、ノエルには呪いがかかってるって話でしたよね。……もしかして解き方などご存じないかと思って」
「解き方?」
「はい」
素っ頓狂な声を上げたウィルフレッド王子。私はコクリと首を縦に振った。
このままノエルを屋敷から追い出すなんて私にはできない。だけどアルの言うことも一理あると思うのだ。だから助けられた恩を別で返せないかと思った。
ノエルの呪いを解く。それができれば、ノエルを庇護する必要もなくなるから、彼を屋敷に住まわせなくて済む。アルも安心するだろうと考えたのだ。
だが、ウィルフレッド王子は難しい顔をした。
「あんたが、兄上に余計な嫉妬をさせないためにって考えたのは分かる。悪くない手段だ。でもさ、覚えていないんだよ。だってさ、考えても見ろよ。いくら大好きだったからと言って、普通、何十年、いやもっと前にプレイしたゲームの詳細なんていつまでも覚えていると思うか? そんなことできたら、普通にキモイんだけど」
「よく分かりませんが……分からないってことですか?」
ゲームに例えられても、それが何か分からない私には理解できない。でも、彼が覚えていないという台詞から、分からないのだと推測を立ててみた。それにウィルフレッド王子は頷く。
「ここで隠しキャラとか、どう考えてもおかしいから、できればオレも協力してやりたいけどな。マジで覚えていない。悪いな」
「いえ……ありがとうございました」
分からないのが当たり前なのだから、ウィルフレッド王子が謝ることではない。それではと思い、チラリとノワールを見る。私の視線に気づいた彼はすっと視線を逸らした。
「ノワール」
『我は言わない。いくら主の命だろうと、アレの呪いを解くことに協力する精霊はいない。これは我だけではなく、どの精霊でも基本同じだと言っておこう。解きたければ勝手にすれば良いが、協力は諦めてくれ』
「そうなんだ。じゃあ、ノエル。ノエルは知らないの? 自分の呪いが解ける方法」
話を振られたノエルは首を横に振った。
「意識がまだあった時に色々試したけど、全然。どうにも精霊王のオリジナルの呪いらしくてね。本格的に研究すれば分かるかもしれないけど、殆ど元の姿に戻れない今の状態では難しいかな」
「そっか……」
「そこの精霊くんが教えてくれれば別なんだけどね~」
ノエルがノワールにわざとらしく視線を送る。ノワールは嫌そうに顔を歪めた。
『誰がお前のためになるようなことをするか。これは全精霊の総意だと思え』
「ね? この通りだからねえ、難しいかも☆」
どうやら呪いを解くというのはなかなかに前途多難のようだ。
溜息を吐いていると、「どうしたの?」と言いながら、アルが戻ってきた。その手には赤い首輪のようなものを持っている。
「うわっ……」
首輪を見たノエルが、毛を逆立てた。逃げようとするのを慌てて留める。
「どうしたの、ノエル」
「ああ、リリ。ちょうどいい。そのままノエルを抑えていて。よし、これで……」
「嫌だぁあああ!」
カチッと音がして、ノエルの首に首輪が嵌まった。赤い首輪には小さな鈴がついており、ノエルには良く似合っている。
「最悪だ! なんでこんなものがローズブレイド王国に保管されてるんだよ!」
ノエルが首輪を外そうと私の腕の中から逃げ、跳ね回る。だが、首輪は外れない。これは一体と思っていると、アルが笑いながら言った。
「それは、従属の輪っていうアイテム。うちの宝物庫にあったんだけど、父上に許可をもらって持ちだしてきた。これを付けられた者は、登録してある主人の命令には絶対に逆らえないんだよ。主人はリリに設定するから。リリ、鈴の部分に魔力を込めて触れてごらん」
「……はい」
言われたとおり、首輪についていた小さな鈴に触れる。少しだけ魔力を通すと、鈴の色が変化した。黄色だったのが、金色に輝きだしたのだ。
「アル……これ」
「うん。これでノエルはもう君に逆らえない。ごめんね。これくらいしておかないと僕もやっぱり心配で。ノエルが襲ってきたら、遠慮なく命令をするんだよ。『死ね』でも『自害しろ』でも構わないから」
「それ、二つとも同じ意味だよね! 君、ローズブレイド王国の王太子君! ローズブレイド王国の王族が代々腹黒なのは知ってるけど、君、かなりひどくないかい?」
「お褒めにあずかり光栄だよ。大魔法使いノエル」
「ぜんっぜん、褒めてないから! ゴシュジンサマ、こんなのが相手で本当に良いのかい? 今ならまだやり直せるから、なんだったら私がもっと良い男を紹介してあげるよ!」
シャーと威嚇するノエルを、アルは鬱陶しそうに睨んだ。
「余計な世話だ。リリは僕と結婚するんだから、他の男なんていらない。……ね、リリ?」
「は、はい」
こちらに向けられた視線がやけに怖い。何度も首を縦に振ると、アルは「そうだよね」と満足そうに頷いた。機嫌が上昇したことにホッとする。
「ま、とにかく、この首輪をしているのなら良いよ。目を瞑る」
「全然瞑っていないっていう私の訴えは聞いてもらえないのかな……」
「うん? 何か文句でもあるのかい? 大魔法使いノエル」
アルがノエルに笑顔を向ける。その表情を見たノエルは、溜息を吐いた。
「……分かったよ。共存するためだ。私も多少の不便は我慢しよう」
「うん。理解してくれて良かった」
ノワールが感心したように言う。
『あのノエルをやり込めるとは。主、なかなか主は男性を見る目があるな』
「……」
これは褒められているのだろうか。微妙だなと思っていると、ウィルフレッド王子までもが追随した。
「兄上は、攻略キャラの中で、ある意味一番怒らせたらいけないキャラだからなー。頑張れよ、リズ・ベルトラン」
「……」
「ウィル。あとでちょっと僕と話をしようか?」
「兄上! 目が笑ってない! 目が笑ってないってば!」
明らかに余計なことを言ったウィルフレッド王子がアルに頬を引っ張られている。
何だろう。せっかく精霊契約を済ませて、ここからはのんびりと構えていられると思っていたのに、どうもそういうわけにもいかなさそうだ。
現実逃避したくなっていると、ウィルフレッド王子の頬を引っ張っていたアルがこちらを見て、小首を傾げた。
「ん? リリ、どうしたの?」
「……いえ、何でもありません」
アルの顔を見ていたら、全部がどうでもよくなってしまった。
だって、私を見る目が何処までも優しい。それを嬉しいと思うのだから、悩むだけ無駄というものだ。
――きっと何とかなるわ。
私はただ、アルに着いて行けば良い。
つまりのところ、私も大概アルに惚れているということなのだ。




