二人の出会い
「お前は理力は多いんだが、恐らく特性が無い様だ。」
能力者としては大きな欠陥を告げられた仁。しかしその言葉にさして動揺するような事もなく、短く大手町に告げて生徒達の中へと戻っていった。
「別に、いつもの事ですよ。特に気にしていません。」
と。
「……そうか。次!吉田だ!」
それを聞いた大手町は何か言いたくなるのを堪え、次の生徒を呼んだ。そして、仁と入れ替わる様にして次の生徒が測定器の中に入り、仁も大手町も何事も無いかのようにそれぞれの場所に戻った。
「なあ、仁。お前はどうだったんだ?」
「それは僕も気になりますね。教えてくれませんか?」
生徒達の所へ仁が帰ると、仲の良い二人――優斗と竜一が彼を出迎えた。やはり彼らも友人の結果は気になるようで、仁が帰ってくるなり直ぐに彼の結果を知りたがった。
「あー、それより優斗達はどうだったんだ?」
「俺は知っての通り「火」だったな。理力は平均位だってさ。」
「僕は「土」の特性で、理力は人並みよりは多いそうです。仁君はどうなんですか?」
「……そうだな、俺の理力はかなり多い様だが、特性は――」
すると、仁が特性について言及しようとした所で大きな声が湧き上がる。三人が声の方向を向くと、そこには得意げな表情の穂乃果の姿があった。
「家柄で驚き、実力でも驚けってか……」
そう独りごちた仁だが、その横顔には気負いや畏怖などは見られず、むしろ普段と何ら変わらない落ち着いた表情をしていた。すると、測定器の影から大手町が出て来て生徒たちの前に立った。
「さて、全員の測定が終わったな。それでは、次は君達にはこの訓練場を走ってもらう。測定を受けて「能力者」になると、大幅に身体能力が向上するのだがこれは理力のお陰だ。すると、君達の中には何人か疑問に思う者も出てくるだろう。『果たして一般人ではどうなるのだろうか』とな。」
これに関しては、実際多くのの生徒が興味を持った様で大手町の話に耳を傾けていた。
「それは「理力の差」だ。「能力者」と一般人や一般兵士とでは理力の差はとても大きい。そこが身体能力の差に繋がっている。」
「教官、それは理力が多ければ多くなる程強くなるのですか?」
生徒の内の誰かが質問をする。
「良い質問だ。不思議な事だが、理力が一定以上あれば個人差は有るが大体同じような物になるそうだ。つまり、俺と君達は底上げされてる身体能力は大体同じだが、元の力に差がある為身体能力のは隔たりが有るという事だな。まぁ、これで分かっただろう。」
「さて、それでは先程も言ったようにこの訓練場を走ってもらおう。大体周囲が600メートル以上あるから……そうだな、10周を12分で完走しろ。笛を吹いたらスタートしてくれ。」
大手町がそう言うと、生徒達は慌ただしくスタート位置に並ぶ。
「さぁ、走れ!」
乾いた笛の音が訓練場に響いた。
「なぁ、竜一。」
「な、なんですか、優斗。」
「なんで…あいつら、あんなに速いんだ…?」
優斗が顎をしゃくった先には仁と穂乃果がいた。結局彼らは第一訓練場を30周走る事になった。周囲は死屍累々、息も絶え絶えの様相で竜一はトレードマークの眼鏡が半ばずり落ちていた。そんな中でも仁と穂乃果の二人は息を切らす事無くトップでゴールした。
「確かに、和田来さんは、分かりますが、仁は、速すぎません?」
「アイツ、武術やってた、から、じゃないのか?」
「武術とは……」
仁の親友二人が武術の存在に疑問を抱く中、大手町は授業を進める。
「暫くは毎授業同じ事をするつもりだから、しっかりと体力を付けておくように。さて、次は理力の操作について説明しよう。理力は当然の事だが、操作が出来ないと使うことは出来ない。理力を身体の部位に集める事でその部位の身体能力を強化する、そう言った事も出来るので理力の操作はしっかりと出来るようにしてくれ。出来ると出来ないとでは違いが大きいぞ?主に生還率とかがな。」
最後の一言は脅しか忠告か。そのどちらとも取れるニュアンスで彼は生徒達に説明する。尚、冒頭で述べた事に苦悶の声が一部から漏れたようだが彼は黙殺した。
「初めは理力を感知する所から始めよう。先ずは足を肩幅に開いて、楽な姿勢で立ってくれ。余分な力は抜いて、あくまでも自然体だ。必死になって力みすぎると逆に感知することは難しくなるぞ。」
「次に、胸の前で両手を少し離して三角の形に構え《動け》と声に出せ。呟き程度でも、大きめの声でも構わないが他人には配慮した声量ですること。手本を見せると――」
ここで彼は言葉を切り、小声で《動け》と唱えると右の掌の上には山吹色の光の様な物が出現した。
「これが理力だ。上手く出来れば、この様に自身の属性の色をした光が掌の間に出現するだろう。これを言葉無しで出せるようにするのが「理力を感知する」という事だ。君達は最初にここを目標に頑張ってくれ。それと、この中の何人かは理力の感知が既に出来るだろうから他の生徒のサポートに回るように。」
彼がそう言うと生徒達は思い思いのやり方で理力を感知し始めた。サポートには、穂乃果はもちろん数人の生徒が交ざっていた。意外にもその中には優斗と竜一も入っていた。
「……言葉だけでエネルギーを動かせるとは考えにくい、となると動かしているのは端末の方か。」
仁はと言うと、他の生徒とは少し離れた場所で一人理力について考えていた。彼は理力と言うエネルギーについて疑問を持っていた。
「どう考えても発生場所とか、感知の方法が『気』と一致するんだよなぁ……、でもそれなら唯でさえ低い俺の『気』と多い『理力』の説明が付かない。まぁ、やってみないと分からんか。」
仁は彼なりに一区切りをつけると、他の生徒と同じように手を胸の前に翳し《動け》と小声で唱えた。
制御端末がその声を識別し、本体にセットされたそれに応じた式を展開する。端末から発生した淡い銀色の光が彼の左腕を駆け抜け、微かな閃光は心臓と思われる部位に吸い込まれた。理力を感じようと深く集中しようとする仁だったが、突如他の生徒とは違う感覚が彼を襲った。
「……ッ!、おいおいコレはねぇだろ……!?」
身体の内側から外側に向かって圧迫されるような、内部で何かが膨張しているとも言えるような激しい痛みを堪え、必死に理力を探そうとする仁。しかし、流石の彼でもこれは辛いようで額には汗が浮き、歯を食いしばって耐えている。不幸な事にこの時点で仁を見ている者は誰も居なかった為、彼の異変に気付いた者も居なかった。
それでも、数分にも思えるような苦痛の時間は徐々に終わりを見せてきた。若干の余裕が出てきた仁は身体の内を流れる物を感じ取ろうとする。
「成る程、流れる感覚までも似ている……いや、同じと。何かの陰謀かコレ?」
少々呆れ気味にボヤく彼だが、理力を感じるやいなや勝手知ったる様にしてそれを操作していく。淡く煌めく光は纏まりながら彼の四肢を巡り、最終的にもう一度彼の心臓付近に吸い込まれていった。その直後、彼の所に2人の生徒が歩いて来た。
「どうだ仁、流石に一日では難s…「もう出来たぞ?」何でだよ!」
仁の所へ来たのは彼の友人とも言える優斗と竜一だった。昨日まで理力の使い方を知らなかった為に流石の仁でも感知する事は出来ないだろうと高をくくっていた優斗だが、その考えは一瞬で打ち崩された。後ろでは竜一が半ば諦めた表情を浮かべている。
「そうだ、聞きたいことが有るんだが良いか?」
「ええ、大丈夫ですけど……」
「竜一達がをコレを感じた時にどんな感じがしたか?」
彼らは数瞬考え、その時の感覚を思い出そうとする。
「そうだな、俺は血管を通る血液の感覚が鮮明になったと言うか、そんな感じだ。」
「僕も大体そんな感じですね。言葉には表しにくいですが……。」
「なあ、ところで仁はどれ位出来るんだ?ほら、さっき教官がやった所なのかそれともまだ感知した程度なのかさ。」
彼らは漸くここに来た目的を思い出した様で、仁の進捗を問うてきた。すると仁は一瞬で理力を引き出して彼の右手に纏わせると、貫手の形にしたそれを偶然前に居た優斗の顔面スレスレを狙って目にも留まらぬ速さで突き出した。仁は優斗の顔には傷を残さなかったものの、あまりの鋭さに彼の毛髪を数本切り飛ばしていった。
「……色々言いたい事は有るけどさ、まさかお前どっかの名門の隠し子だったりしない?」
「しないな。ただの一般人だが?」
「「そんなのうそだ!!」」
この時、この一連の行為に気付いた者は誰一人として居らず、大手町も他の生徒もただのじゃれ合いとして認識していた。仁の異常性とも言える物に気が付いていたのはこの時点では2人のみだった。
「いいか!?今お前がやった、いややらかしたのは前線……要は外殻生命体と戦っている兵士達と同じ事をしたんだ。それがどれだけの事か分かるだろ!」
「よく分からんがコレは優斗達でも難しい物なのか?」
「この歳で出来たら天才扱いですね。多分生徒会長――鳥谷部先輩や三兎屋先輩、それと和田来さん位じゃ無いですかね、出来るのは。」
「……もしかしたら偶然かもしれん。もう一回やってみても良いか?」
「おう。なんならコイツ使えよ。」
そう言って優斗は暗い笑みとともに竜一を差し出す。竜一も抵抗しているのだが、体格の方では彼の方が勝るようだ。
「流石にやらねーよ。俺を何だと。」
「んーと、常識の破壊者的な何か。」
「なんかヤバい奴ですかね。」
「聞いた俺が悪かった……」
弁解しようとした所自爆してしまった仁だが、気を取り直すようにして今度は四肢に理力を行き渡らせる。2人がそれを確認したのを横目でみた彼は先程よりも少し速く手刀を突き出し――勿論誰も居ない方向へ向かってだが――更にその場で右足を軸に身体を捻り、逆の足で上段を蹴り上げた。今回は手のみならず左足の踵にも理力を纏わせていた。
「んで、どうなんだ?」
仁が後ろの2人を振り返ると、その2人は頭痛が痛いとでも言うように頭を抑えていた。そして彼らは何やら相談すると、お互いに目配せし合ってから竜一が大手町の方に走って行った。
「……コレやらかしたやつ?」
「そうだな。」
「そうか。」
やらかした側もやらかされた側も遠い目をして会話すると言う中々に珍妙な光景が広がる中、竜一が大手町を伴って戻ってきた。更には大手町が呼び寄せたようで穂乃果も付いてきている。
「雪杜。話に聞いたが、『固形化』が出来たのは本当だな?何処で、誰からそれを教わったんだ?」
一般人が理力の扱いについて知る筈はないので、大手町はやや焦りながらも仁にそれを知った経路を聞く。仁もそれを分かっていた様ですこし思い出す様にしながら説明を始めた。
「確か今日の自己紹介で武術をやっていたと言いましたよね?日本の幾つかの古武術の流派では『気』と呼ばれる、理力によく似た物を使用しています。自分はその感覚で理力を使いました。」
「……そうか。俄には信じがたいが、本人が言うのならばそういう事なのだろうな。しかし、俺はそのような類の話は聞いた事が無いな。」
「恐らくですが、そもそも『気』を使える人間には理力が宿らないのではないのでしょう。『気』も理力の様に総量がとても多い人と、全く無い人に分かれています。『気』の総量が多い者、つまり『気』を使うことの出来る人間は理力を使うことが出来ず、」
「逆に一般人は理力を使える、と言う事か。だが雪杜、それだとお前はその『気』とやらを使えて理力の総量がかなり多い事になるが?」
「それは自分の『気』の総量が「使えるのが奇跡」と言われる程には少なかったからでしょう。」
一通り彼が説明を終えると、大手町は少しの時間一人で考え込むと意を決したように仁と背後に控える穂乃果にあることを伝えた。
「これからの授業では四人一組を作らせて課題に取り組んで貰おうと思っていたが、俺はお前達2人は別にした方が良いと考えた。よって、雪杜と和田来には2人でチームを組んでもらう。と言う訳でよくお互いのことを話し合っておけ。」
そう言い残すと、彼は神妙な顔付きの穂乃果と呆気に取られた表情の優斗と竜一を残して他の生徒達の所へと戻っていった。対応を仁に放り投げたとも言う。
「まぁ、その、……雪杜仁だ。よろしく。」
彼はそう言ってぎこちないながらも穂乃果に手を伸ばし、彼女もその手を取るのだった。