入学
「……何だよ、コレ……」
ソレは彼らの知らない世界で、きっと少年以外見たことのないであろう景色。
深く、暗い空に無数に煌めく星々。彼らには未知であり、神秘に満ち溢れたこの世界。
故に、少年はもう一度この地を目指す。あの輝きは何たるかを知る為に。
この世界とは別の世界の存在が確認されてから50年程経った現在。地球の人々は別世界から流れ着いた「外殻生命体」と戦っている。
彼らが最初に現れたのは西暦2074年、つまり今から46年前の事。日本の大都市の一つ、渋谷に出現した。この事は後に「渋谷事件」と呼ばれるようになる。
当時「外殻生命体」について誰も知らなかった事、昼間に現れた事など色々な要因はあるが、その「外殻生命体」によって2万人を超える死者が発生した。
政府は発生後直ぐに自衛隊を派遣したが、そこで彼らが目にしたのはナニカによって斜めに切断されたビル、散乱した瓦礫やそれらに飛び散った血や人だった物。正に地獄絵図の渋谷だった。
最終的に自衛隊は戦車や戦闘機、更には米軍の戦力を動員して「外殻生命体」を撃破したが、残された爪痕は大きく、渋谷の復興には長い時間を必要とした。
各国の政府はこの事件を受け止め、国際連合に「世界防衛機関」を設置し、次なる襲撃に備え、戦力を増やしたり、銃器の製造量を増加させた。
日本では渋谷事件の後、生存者からの調査や「外殻生命体」の死骸を調査した事で多くの情報を各国にもたらした。この情報があった事で、「外殻生命体」の被害は2分の1に減ったと言っても過言ではないだろう。
また、いち早く情報を入手した日本は「外殻生命体」の研究機関を設立し、そこで得た情報を使い「外殻生命体」に対抗し得る人材を育成する機関を設立した――
国立対外殻生命体学園――通称「学園」などと呼ばれている、「外殻生命体」に対抗し得る人材を育成する施設。
桜咲く4月に、ここで新入生を迎え入れる行事が行われようとしていた。
桜の木の下に立つ少年、雪杜 仁もその中の1人。彼は感慨深そうに校舎を眺め、呟く。
「何時になったら、もう一度……」
その呟きの意味を知る者はまだ居ない。
その後、彼は他の新入生に紛れるようにして講堂の様な施設へと向かって行った。通り過ぎた桜並木は彼等を祝福している様であった。
ここは「学園」の敷地内にある講堂。ここでは新入生を迎え入れる儀式が執り行われている。
「――諸君は日本を護るべき人材である。どうか、諸君が持つであろう力を正しく使う事を願っている。以上だ。」
壇上に上がっていた男、湯浅 平二の話が終わる。彼が壇上から降りると、入れ替わる様にして舞台袖から1人の女生徒が出て来る。
「こんにちは、新入生の皆さん。私は国立対外殻生命体学園、生徒会長の鳥谷部 凜子です。」
挨拶の口上だけで会場の雰囲気が揺れる中、黒髪の生徒会長は笑顔を崩さない。
「私からは手短に二つ。一つ目は、先程湯浅校長も仰られましたが、皆さんの力を正しく使う、つまりは人の為に使われる事を望んでいます。また、決して力が有るからと驕らず、日々の努力を大切にして欲しいです。
二つ目ですが、私達は学園を卒業すると同時に、大抵の場合何らかの外殻生命体に関連した機関に配属されます。ですので、この学園にいる間は皆さんが青春を謳歌出来る事を願っています。」
一礼すると、会場が拍手で溢れる。その拍手が収まらない内にステージに幕が下りて壇上の全てが隠れ、やがて拍手も疎らになり、多少のざわめきの残る講堂内になる。すると、数分も立たない内に進行役の教員が現れ
る。
「それでは、各クラスごとに分かれ教員の指示に従い、教室に移動して下さい。」
そのアナウンスを言い終わると同時に、クラスごとに纏まっている生徒達の前に各クラスの教員が移動する。
「これから一年間、諸君らの担任をする1−B担任の大手町 条治だ。それでは私に付いてきてくれ。」
仁のクラスの担任、大手町は彼が担当する生徒達を引き連れて教室まで先導する。生徒達も緊張していたり、考え事をしていたりと、一言も言葉を発しない。
やがて、校舎の二階にある教室の内の一つに彼らは辿り着く。入り口には「1−B」と書かれたプレートを吊り下げている。
「ここが諸君らが使う教室だ。場所を覚えておくようにな。それでは入ってくれ。」
教室に入ると34個の、整然と並べられた机と椅子があった。椅子の背には番号が振られていて、生徒達はそれぞれ自分の番号が振られた席に座っていく。中には、既に近くの席の生徒と挨拶を交わす生徒も居る。
「諸君にはこれから自己紹介をして貰い、その後にこの学園での諸注意等を伝える。それでは赤森から――」
大手町がそう言って最初の生徒に促す。因みに彼は近くの席の生徒と挨拶を交わしていた生徒の1人だ。
「――次、雪杜だ。」
「はい。」
大手町に呼ばれて仁は返事をしながら立ち上がる。
「どうも、雪杜 仁です。特技はこれといった物は無いですが、少しばかり武術をしていました。これから宜しくお願いします。」
仁が言い終わると、疎らな拍手が起こる。又、仁が武術をしていた事を話した時に大手町の目がキラリと光ったように見えた事も記しておく。仁は気付いていないようであったが。
「それでは最後、和田来だ。」
仁の自己紹介の後、吉田、渡部と二人飛んで大手町に和田来と呼ばれた女生徒が立ち上がった。
「和田来 穂乃果です。父からは剣術を習っていました。夢は祖父を超えた兵士になることです!宜しくお願いします!」
穂乃果が自己紹介を終えて席に着くと、仁の時よりも大きな拍手が起こる。と言うも、穂乃果が美少女と呼べる容姿をしていることも有るのだが、何よりも彼女の祖父、和田来 源蔵が国防――得に外殻生命体に関する人間ならば誰でも知っている程の有名人というのが大きい。
「それでは、諸注意の方に移るぞ。」
しかし、穂乃果の自己紹介で沸き立っていた教室も大手町の声で一斉に静まり返る。仁の場合、他人の自己紹介をそこまで気にしていなかったが、大手町の声を聞いて現実に戻って来たようだ。
「最初に、君達生徒同士の私闘を禁ずる。何か理由があるなら、教官を通してから、教員立ち会いのもとでする事。上級生になると当然君達の技術も上がって来る為、生徒では仲裁に入れない可能性がある。
次に、外出の許可が出なかった場合、外出はなるべく控えること。候補生とは言え、君達は国家機密の近いから拉致されることも有る為だ。
最後に、これから配布される理力制御端末、通称「LCT」を紛失或いは破損してしまった場合、直ちに教員に申し出ること。レクトが無いと訓練を受ける事が出来ない上、学園の生活ではほぼ全ての場面でレクトを使う。万一レクトを紛失、破損した場合直ちに申し出るように。
以上だ、何か質問は有るか?」
大手町が辺りを見渡すと、諸注意を理解であろう生徒達の中に一つだけ挙がる手が。
「雪杜か。なんだ?」
「はい、教官。授業外での訓練場の使用は許可されていますか?」
仁の質問に大手町は若干顔を綻ばせて答える。
「学園には屋外に一つ、屋内に2つの訓練場が有る。俺はそのうちの第三屋内訓練場を勧める。一つ上の学年の生徒もいるだろうから、学ぶことは有るだろう。」
「ありがとうございます。」
一礼して仁は席に着く。
「……他には無い様だな。では、学生寮の説明に移る。
寮の部屋は基本的には二人一部屋だが、人数の都合上一人部屋が存在する。まぁ、ここは良いだろう。寮は女子寮と男子寮に別れているが、決してもう一方の寮に行こうなどとは考えないように。もしそのような行為が見られた場合、厳罰に処すので十分に注意する事。
風呂は部屋に備え付けられている物を使う様に。洗濯物は各階にランドリールームが有るのでそこを使用する事。又、制服以外の学用品などは既に各部屋に送られているが不足が発生した場合はレクトを通じて購買部に注文してくれ。
食事は毎朝六時から午後九時まで食堂が開いているのでそこを利用するように。その他の物については、毎月レクトに入金される金額内で購入する事。
最後に、ルームキーは各々に配布された生徒証、もしくはレクトが鍵となっている。重ねて伝えるが、決して紛失しないように。パンフレットを読んでも解らないことが有るのならば俺の所に来るように。
これで諸注意は終わりだ。明日の授業については、朝八時四十五分にこの教室に集合してくれ。持ち物はレクトと学習道具、服装については制服で来る事。」
大手町の話が終わると、生徒達は三々五々と移動を開始する。元からの知り合い同士で移動していたり、今日知り合った者同士で移動している所もある。既に部屋の話で盛り上がっている集団もある。そんな中、仁はと言うと……
「あれ、俺もしかして一人部屋じゃね?」
と呟き、軽く肩を落としていた。
仁の懸念通り、一人部屋の部屋に届けられた荷物などを確認した仁は暇を持て余していた。一人部屋なので他に誰か居る訳でもない。レクトの使い方を一通り確認しても、それでも余る時間は、この一人部屋だと言うのに無駄に広い仁の部屋も相まってとてももどかしい。
「……体でも動かすか。別に『初日から使ってはいけない』なんて言われてないから良いよね?」
徐に立ち上がると、即決即断がモットーらしい仁は小奇麗に整理された荷物の中から運動用の動きやすい洋服を取り出し着替え、第三屋内訓練場へと歩いて行った。
訓練場への道中はやはりと言うべきか、生徒――取り分け新入生の姿は少なかった。と言うか居ない。すれ違う上級生は軽く目を見開き、驚いたような態度を取る。
「別に変な事でも無いでしょうよ、っと!」
寮から第三訓場まではそれなりに遠い為、道中何回か奇異の視線で見られた事に少し苛立ちが溜まっていたのか、仁はやや乱暴に重厚な扉を開ける。
そこには100メートル四方の、ドーム型球場の様な土の地面が姿を現した。訓練場には誰一人として存在せず、完全に仁の貸切状態となっていた。
仁は第三訓練場を壁に沿って一周し、準備運動と軽い瞑想を終える。すると、彼は座禅を組んだ姿勢のまま下腹部の辺りに意識を軽く集中させてから立ち上がる。
徐に地面を蹴った仁はその勢いを使い、手刀の形にした手を見えない相手に向かって突き出す。その相手は仁の手刀を避けて彼の懐まで接近し、同じ様に仁を突こうとするが、仁はその手を左手で裏拳打ちを繰り出すことで弾き、更には突き出された手を掴み投げようとする。
しかし、相手は受け身を取りながら足払いをした様で仁は後ろに跳ぶことで足を躱す。一瞬の停滞の後、先に仕掛けてきたのは見えない相手の方の様だ。相手は仁に接近して左、右と貫手を繰り出すが仁はいずれも身体を捻って回避する。相手はまだ止まらない。避けた直後の仁に対して右足を軸として回し蹴りを顔面に叩き込もうとする。
仁は蹴りを右腕で受けると、お返しと言わんばかりに空いた左手で何発か突きや掌底を相手に向かって打ち込むが、いずれも弾かれるか受け流されるかで通らない。それでも見えない相手はこのままでは分が悪いと見たのか、左足で仁の右腕を蹴りつけその反動で後ろへと下がった。
お互いに距離を取り、静かに睨み合う中先に動き出したのは仁だった。5メートル程あった距離を詰めて勢いの乗る掌底を顔狙って叩き込むが、相手は慌てながらも腕をクロスさせて受け止める。それでも仁の掌底の威力は強く、相手が少し押し込まれる程であった。
仁はここで勝負を決めに掛かる。掌底を叩き込んだ姿勢から右足で強く地面を踏み付けて身体を回し、蹴り上げた左足で見えない相手の身体を強制的に浮かす。更に左足の勢いをそのままに踏み込み、ピンと伸ばした右足で相手の浮いた顎を狙って蹴りつけた。
勝負が決まったように見えたが、仁はまだ構えを解かない。どうやら仁の脳内では、相手は仁が蹴りを出す一瞬に同じ様に腕でガードしていた様で、未だ組手は続いている。尤も相手側の動きは少し緩慢なものになっているが。
がらんどうの訓練場で一人踏み込み、拳を突き出す等と、傍から見たら十分に不思議な事をしている仁だが、本人からしたら至って真面目であり、実力のある者から見てもそれは高い技術を持つ証明となる。
仁の組手を入口付近のバルコニーから見ていた生徒、三兎屋 初音もそんな実力のある生徒の内の一人だ。彼女は偶然にも第三訓練場付近を通り掛かった時、窓から動き回る仁の姿を見て惹かれるように訓練場に入ってきたのだった。
仁は、一回目の組手を終わらせてから一息つき、鍛錬を再開しようとした所で誰かから話し掛けられる――いや、呼び止められる。
「うおおおぉぉーーーーーい!!!そこの君ぃーーーーー!ちょっと良いかなぁーーー!!」
「……はぁ。ん、大丈夫です!今そっち行きまーす!」
身体にエンジンが掛かり始め、気分も高揚してきた矢先に大声で呼ばれ、更には集中を乱されるなど、仁にとっては邪魔でしか無い。それでも仁が初音と話そうとするのは彼女の持つ力が、少なくとも現時点では捨て置ける物では無い為。だから仁は半ば嫌々ながら――勿論それを表に出す事はしないが――初音の所へと歩いて行く。
「邪魔しちゃってごめんね。私は兵士科二年、特別部隊所属の三兎屋初音だよ!君の名前を聞いてもいいかな?」
「えー、自分は普通科一年、雪杜仁です。」
「一年生!?ッ君、特別部隊に加入してみない!?」
学園入学一日目、仁は特別部隊への勧誘を受けたようだ。