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眼鏡を掛けたおかげで、死んだ恋人が蘇りました。  作者: 近藤近道
君がいるせいで、物語が始まってしまう。
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君がいるせいで、物語が始まってしまう。(3)

 受け取った眼鏡ケースを開けてみる。

「これは、眼鏡?」

 中には折りたたまれた紫色の眼鏡が入っていた。

 でも僕は両目ともに不自由はなかった。

「僕、視力いいんだけど」

 と言うと、朱里は呆れた顔をする。

「お前ね、仮にも死んだ恋人がだよ、目が悪くなったからって眼鏡をプレゼントしに来るわけないでしょ」

 ごもっともだった。

「しかも目悪くなってないしね」

「この眼鏡を掛けて死ねば、人は不死身になれる」

 と朱里は言った。

 僕の心中を読み取ろうとする視線が、私はこれで蘇った、と語る。

「そして私は怜を殺しに来たんだ」

 そう言うなり朱里の鋭い拳が僕の頭上すれすれを通り、木の幹を穿った。

 重く鈍い音だった。

 衝撃は太い木を揺さぶって、枝同士のこすれる音が余韻として残った。

「まだ僕、眼鏡掛けてないんですけど!?」

「冗談だぴょん」

 朱里は引き戻した手を、兎の耳を模して頭の上に置いた。

「だぴょんで済むパンチじゃないでしょう、今のは」

 木を殴った音が相当だったのか、トラックを周回するクラスメイトたちが僕と朱里の方を見ていた。

 でも先生を含めて見ているだけで、僕の傍に立っているのが朱里だとは気付いていないようだ。

 ケースから眼鏡を出そうとすると、朱里は僕の手を制した。

「待った。それを掛けるのは今じゃない」

「え?」

「実はまだ、私以外の人が不死身になれるかわかっていないんだ」

 と朱里は言った。

 この奇跡はただのイレギュラーで、私以外には起こらないことなのかもしれない。

 心配する一方で、不死身になれるはずだと強い確信もあるのだと朱里は言う。

「私は信じている。人間は美しい存在で、無限の可能性があって、だから望みさえすれば永遠の命にだって手が届くって」

 無限の可能性。

 そんなものがあるなら、確かに朱里はその体現者だった。

 朱里が死んで、僕は人の可能性なんて当てにしなくなったけれど、可能性を持っていた朱里はこうして蘇って僕の前に立っている。

「だから、ちゃんと不死身になれることを確認できたら、そうしたら迎えに来る。それまではその眼鏡、大事に持ってて」

「うん」

 と僕はうなずく。

 朱里は首を傾げる。

 僕の反応がいまいち薄いことに朱里は不満を持ったみたいだった。

「あんまり嬉しそうじゃないね? 不老不死、なりたくない?」

「どちらかで言うなら、なりたいんだけど。でも不老不死って、実現しない前提の話の種だったから。無人島になにを持っていく、みたいな」

 無人島に一つだけ物を持っていけるなら、船を持っていくと小学生の僕は考えた。

 今もそれはなかなかいいアンサーだと思っている。

 そもそも船に乗って脱出できるんなら、無人島に漂流していないはずなんだけども、そんなことまで気にするのは面倒だ。

「私はいつか現実に起こるんじゃないかと思ってた。不老不死も、無人島も」

 と朱里は言った。

「それは……」

「馬鹿かな?」

「いや」

 なんて言おう。

「別に無理してフォローしなくてもいいよ」

「じゃなくてね。もっと別の罵倒ができないか考えてた」

「酷い!?」

「冗談だよ」

 朱里って結構夢想家だから、朱里らしいって思ったのだ。

 綺麗な言い方でそれを言えたらよかったけれど、どんな表現も浮かんでこなかった。

「酷い冗談。じゃあこっちもとっておきの酷い冗談で返すね。これまでの話、全部冗談でした」

 と朱里は言い放った。

 固まった僕に、したり顔をする。

「って言ったら、どうする? どう思う?」

「朱里がそういう言い方をする時は、冗談じゃないってことだね」

「即答つまんねえ」

 朱里はわざとらしく舌を打つ音を鳴らす。

「でも、そうだな。君が朱里によく似た他人だったら、こんな話は全部冗談になるんだろうけど、でも君はどう考えたって朱里だよ」

「一年も付き合いないのによくわかるね。私が私だって」

「愛の力だよ」

 僕もしたり顔をした。

「かっこいいね」

 と呆れたような言い方を朱里はする。

 その後五秒溜めて、

「好きだわ。お前のこと」

 と彼女は言った。

「僕もだよ」

 朱里は素早い動作でしゃがんで、僕に顔を寄せた。

 最後の数センチをゆっくりと運んで、朱里と僕はまた口づけをする。

 僕たちの心はしっかりとつながっている。

 そう確信した上でのキスは、心をひたすらに穏やかにさせた。

「もう一年は待てないよ」

 と落ち着いた気持ちで僕は言った。

 本当は一年でも待てる気がした。

 朱里は口角を上げて、

「私もそんなに待たせるつもりはない」

 と立ち上がる。

 そして朱里はなにかに気が付いたように空を見上げた。

「げ」

 と声を漏らす。

 反射的な動きで朱里は僕の胸ぐらを掴むと、立ち上がりながら片手で僕をグラウンド側に放った。

 僕はまるで小さなボールのように放物線を描いてすっ飛ぶ。

「うえええ!?」

「上から来る!」

 朱里も走って逃げようとする。

 僕は尻を打ち、さらに転がった。

 空から、僕たちがさっきまでいた桜の木に、炎の滝が落ちてきた。

 一瞬で枝が燃え落ちて、太い幹が崩れるように溶ける。

 仰向けの体勢で止まった僕は、上からなにが来たのかまでは見られなかった。

 しかしさっきまで桜の木があった所に巨大なサイのような生き物が降ってきた。

 だけどその生物には背中に大きな翼が生えていて、しかも異様に大きいのだから、いくらサイっぽく見えても決して僕の知っている生き物ではない様子だ。

 その巨大生物の前肢に潰されたのか、それによってもぎ取られてしまったのか、朱里の体は上半身と下半身に分断されて、上半身だけが僕の方へと飛んでくる。

「朱里!?」

「逃げろ怜!」

「そんなこと」

 言ってる場合じゃないでしょ、その体。

 と叫ぼうとしたのだけど、僕は息を呑んだ。

 まるで手品で杖の先から花が咲くみたいに一瞬で、朱里の体は履いていたミニスカートやブーツごと再生した。

 もう死なないって、こういうことなのか。

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