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眼鏡を掛けたおかげで、死んだ恋人が蘇りました。  作者: 近藤近道
君がいるせいで、物語が始まってしまう。
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君がいるせいで、物語が始まってしまう。(2)

 目の前にいる朱里は制服でも体育着でもなく黒いライダースジャケットを着ていて、校内では異質な存在感がある。

「生き返ったって、どうやって」

 仰天するばかりの僕がおかしいらしい。

 朱里は平静に笑みを浮かべている。

「不思議な力で生き返った。とっても不思議なことにね」

 冗談を言う時の調子で、愉快そうに目を細めて彼女は言った。

 その笑い方は間違いなく朱里だった。

 ちょっとコンビニまで走って昼飯買ってきてよ。

 私たち三人の誰かと付き合えるんなら、誰と付き合いたい?

 過去に見た、そっくりな表情を僕は思い出す。

 確信するのと一緒に、当時のドキドキした気持ちも蘇ってきて、僕の頬は熱くなる。

「不思議なことに、じゃなくてね。ちゃんと説明して」

「そうだなあ」

 朱里は考え事をするふうに上を見た。

 そして僕たちの頭上を覆う、傘のような桜の枝に目を留める。

「知ってる? 桜の花言葉って、あの美しい日々が蘇る、なんだよ」

 朱里がそう言った一瞬、彼女の視線が注がれた一本の枝にだけ花が連なって咲く幻想を僕は見た。

 桜の花びらの一つ一つ、白に近い薄いピンク色の中に思い出を投影するのは簡単なことに思えた。

 用事がないのに教室に残って、アイスを食べながらくだらない話をしていた放課後、とか。

 だけどその幻想は本当に一瞬だけのことだった。

 朱里は僕と目を合わせて、

「まあ嘘なんだけどね」

 と笑った。

「嘘なのかよ」

 朱里は声を殺して、くっくと笑う。

「それで本当のところは?」

「え? 桜の花言葉? 知らない」

「じゃなくて、朱里がどうして生き返ったのか」

「そっちか。粘るねえ」

「そりゃあそうでしょう。ってか今のしょうもない嘘で誤魔化し切れると思ったの?」

「もちろん」

 と朱里はうなずく。

「もちろん無理だから。で、本当のところは?」

「んーとね」

 朱里はグラウンドの方に目を逸らした。

 彼女の瞳には、希望の色が濃く混ざっていた。

 目が合うと、朱里がなにかを僕に望んでいることが伝わってくる。

「うまく説明できない。ただ、私はわかった」

「わかった?」

「永遠に生きる方法」

 僕はぽかんと朱里を見つめた。

 なんちゃって、とおどけてくれるのを待つけれど、今度は冗談を言っていないらしかった。

「いきなりそんなこと言われても困るか」

 と朱里は苦笑いする。

 困るよ、と僕は答えた。

「僕は一年も、君がいない一年を過ごしてたんだ」

 一年という長い時間を経ても朱里の死は全く消化できなかった。

「身長は全然伸びなかったし、失恋ソングばかり聞くようになってしまったんだよ。この世には失恋ソングが腐るほどあるってことがわかってしまった」

 町でカップルや若い夫婦を見かけると、どちらか片方だけが近いうちに死んでしまう妄想に襲われた。

 僕の目に見える世界は、僕たちの悲劇と同じ色に染まっていた。

「永遠なんて言ってないで、クリスマスの前に戻ってきてくれればよかったのに」

 去年のクリスマス、僕はせっかく買っておいたプレゼントを渡すことができなかった。

 クリスマスプレゼントはまだ僕の部屋にあるけれど、今更去年のプレゼントを渡せるわけがない。

「ごめん。どうしても時間かかっちゃった。天国から地球への門を開けるのに手間取った」

「そんなに大変なの」

「門を言っても実質穴でね。爆弾使ってこじ開けるんだ。他にも準備が色々と」

「そっか。そうだったのか」

「でも私はもう死なない。また一緒にいられる。安心して」

 嬉しそうに朱里は笑い、僕を慰めようとする。

「また私のお昼を買いにコンビニまで走れるぞ。よかったね」

「ピックアップするとこ、そこじゃないでしょ」

 パシリじゃなくて、恋人っぽいことを言いなさいよ。

 僕は少し笑った。

 朱里はもっと笑った。

「ふはは。またこうやって馬鹿できるってこと」

「まだよく理解できてないけど、でも朱里が戻ってきてくれたのは、それだけは本当によかった」

 朱里を胸に引き寄せるため僕は手を差し伸べた。

 握られた手は温かい。

 彼女はちゃんと生きていた。

 幽霊ではなかった。

 朱里の手を引っ張ると、彼女は吸い寄せられるように僕に抱き付く。

 僕は朱里を強く抱き締めた。

 そして目を三秒合わせ、僕たちは口づけをした。

 僕たちはここからリスタートするのだと思った。

 だけど朱里は、

「ごめん。まだやらなきゃいけないことがあるんだ。だからすぐ行かなきゃいけない」

 と言った。

「また離れ離れは嫌だよ」

「大丈夫。私だってそれは嫌だから。全部済んだら、戻ってくる」

「やらなきゃいけないって、なにを?」

「私はパラダイスを作る」

 優しい動作で僕の肩に触れる彼女の手が、腕に込めた力を解いてしまう。

 腕からすり抜けるように朱里は密着していた体を離す。

「私のための。そして怜と生き続けるための」

 そして彼女は僕の胸に黒いケースを押し付ける。

 真上から見ると細長い楕円形をした薄いケースだった。

「今日はこれを渡しに来た」

 と朱里は言った。

「クリスマスプレゼント? 気が早いね」

 今年のクリスマスはまだ二週間以上先だ。

「じゃねえよバーカ」

 朱里は僕の頭をはたいた。

 じゃあ一体これはなんなんだ。

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