八十三頁目
Dと相談した結果、ふたりで作り上げた偽物の記憶は簡素なものになった。ユリアは事故にあい、記憶喪失になってしまった。悪い人間に連れて行かれてしまったが、売られる直前に助けられることとなる。そして、山奥にある女性だけの聖堂教会で暮らしていた。
と、だいたいそんな流れになった。
「それで、どうやってここまで戻ってきたことに?」
「聖堂が魔物に襲われて、逃げてる途中に記憶を取り戻した、ってことにしよ」
「では、黒術士の女性たちはどうしましょう」
「さらわれたことに変わりはないんでしょう? なら、おんなじ流れで聖堂教会にいたってことでいいじゃない」
「その辺は、曖昧にしておきましょうかね」
人間の記憶とは不思議なもので、間が空いた部分は勝手に補完するものなのだ。麗筆は屋敷中に寝かされていた被害者たちをひとつの場所に集め、術を展開させた。
「こんなことなら、グリちゃんが生み出したあの大きな魔法石、ローレンツに渡すんじゃありませんでした〜」
またも魔力の使いすぎで体がボロボロになりながら、それでも麗筆はやめなかった。心身ともに弄ばれてズタボロの女たちに癒やしの術と記憶操作の術をかけていく。念入りに。小道具である術士の黒衣も纏わせて。
「キレイ……」
丁寧に、丁寧に。
贈り物を包むように。
「いけませんね。緊急用のこの体では、出力の微調整がうまくいきません。操作性も悪いし、魔力の補給も……」
「えっ、普通にすご……ぃいいいやぁあああっ〜〜〜!?」
「……貴女に触れて吸い取ることしかできません」
「動けなくなるまで吸わないでよ〜〜」
魔力を吸われたDはへんにゃりと座り込んだ。
とはいえ、今度はキスではなく、ただ単に触れるだけだったが。
「ほら、息してください。呼吸すれば魔力が満タンになりますから」
「ならない〜〜〜」
「一流の魔術師ならできて当然なのですよ?」
「できない方が普通だもん!」
「やれやれ。まあ、いいでしょう。さぁ、仕上げです!」
麗筆が手を振ると、女性たちの顔色が良くなっていった。荒れていた肌は生まれ変わり、髪もツヤツヤに、そして眉間に皺の寄った疲れ切った寝顔は穏やかなものに変わった。
「これでよし。じゃあ、彼女に見つかる前にお暇しましょう」
「誰?」
「それは、私のことかしら……」
バンッと扉が開け放たれ、Dが振り向くとそこにいたのはマティアスと同じ年代の、かなりキツそうな女性だった。カッと見開かれた目は元がそうなのか長い睫毛に囲まれ吊り上がり、上等そうな紫のドレスも高く結い上げた髪も、必死で走ってきた後のように少し乱れていて、それがさらに迫力を感じさせる。
Dに遅れてゆっくりと振り向いた麗筆は、バツが悪そうに微笑んだ。
「やぁ、これはシンティア。最後にお会いした時よりも、さらに美しさに磨きがかかりましたね」
Dはギョッとした。
つい先日まで四十年間ぶっ続けで眠っていた麗筆なのだ。この女性が本当にシンティアだとして、「四十年前よりお綺麗ですね」なんて言われて嬉しいだろうか? からかわれていると怒り出すのじゃないだろうか。
Dの予想は的中した。
シンティアはこめかみをピクリとさせ、凍りそうなほど冷たい声を出した。
「……ふざけないで。お世辞なんかいらないわ、レイヒ」
そして、その老魔女そのものの女性は、床に寝かされている大勢の女性たちを見つけて最高に眉を吊り上げた。Dは一生懸命首を横に振る。
(ぴえぇぇえぇ! 違うの! 誤解なのぉ!!)
シンティアが足を一歩踏み出した。
「ひゃんっ!」
Dが麗筆の背後に逃げる。
麗筆は逆に一歩踏み出すと、シンティアの前に跪きその左手を取って手の甲に口づけた。
「れいひつっ!?」
「……何の真似?」
「敬意のしるしですよ、妃殿下。ぼくの心はいつだってマティアスの下に。ね? だから、そんなに怒らないでください」
くすりと笑う麗筆と、それを冷ややかに見下ろすシンティアと。
沈黙が支配した何秒間かを、Dはハラハラしながら見守っていた。
やがて、シンティアの方が身を引いた。
「レイヒ、あなたには言いたいことがたくさんあるけれど……」
「ユリアは無事ですよ。今は、辛い記憶もすべて上書きされて、心身へ受けたダメージも回復しています。そろそろ目覚めるでしょう」
「そうなの! 麗筆すごいんだから! 前よりずっと綺麗になったんじゃないかっていうくらい素敵なんだよ!」
Dは大げさに麗筆をほめた。ここで少しでも麗筆への印象を良くしておかないと、麗筆が魔術で攻撃されるんじゃないかと思ったからだった。
(このおばあちゃん、すごく怖いんだもん!)
シンティアが何か言いかけたその時、ユリアが小さく呻いて目を開けた。
「ユリア!」
「……私、どうして……おばあ様?」
「ユリアぁ! 良かった……!」
シンティアはユリアに駆け寄り、その側に膝をついて彼女を助け起こした。ユリアはまだ少し意識がハッキリしないようだったが、シンティアに抱きしめられると、ぎゅっと抱きついて再会を喜んだ。
「D、行ってください。彼女に赤ん坊を見せたくない」
「わかった」
麗筆の囁きに囁きで返して、Dは赤ん坊の入ったカゴを手に、そっとその場を離れた。戸口でもう一度振り返って、Dは麗筆を手招きした。
「なにしてるの。麗筆も行こうよ」
「ぼくは後で向かいます。説明が必要でしょうから」
「でも!」
「さあ、行って。また城で会いましょう」
Dは「いやだ」と言いたかったが、手許の赤ん坊がぐずって泣きそうだ。後ろ髪をひかれる思いで屋敷を出て、その辺から取ってきたほうきにお尻を乗せた。
「私だけだと、飛ぶの遅いのに!」
それでもDと赤ん坊はふんわりと浮かび上がり、風に乗って王都の方へと進み始めた。





