七十頁目
突然の開戦の合図に、盗賊たちは当然驚いた。相手は金属鎧を身に着けた正規軍、約五十人。彼ら全員でかかっても数ではやや不利だ。
「笛を吹け、仲間を呼べ! オレの兵隊もすぐに来る、そうしたら挟み撃ちだ!」
突撃してくる正規軍を弓矢で威嚇しつつユーリは仲間を鼓舞した。後ろは崖、左右の林に散らばりつつ戦うのが正攻法だ。だが、向こうにはいない術士の存在がこちらにはあった。
「ディー、何してる、早く焼き払え!」
「セルビノ、やっちまえ!」
ユーリと盗賊の頭が同時に叫ぶ。
その間にもローレンツ率いる正規軍が矢をつがえて雨のように降らせてきていた。
状況はすでに逼迫。
彼我の距離も近い。
ぐずぐずしている暇はなかった。今すぐにでも魔術の奇蹟が必要だ。
ディーはセルビノを振り返った。
にこりと微笑んで主人の命令を待つ。
だが、その表情はすぐに怪訝なものに変わった。
「へ、へへ……へははははっ! そうだな、ディー、薙ぎ払えっ! いつかの炎の術でも何でもいい、やっちまえよ」
「おい、セルビノ、どうしたんだお前」
「頭ぁ! ユーリの大将も! いやいや、心配御無用でさぁ、今すぐディーが何とかしやすからねぇ、なぁ、そうだろう? 頭のいいアンタならこの状況はよくわかってるはずだ、ディー」
「…………」
「アンタとは『ケテルの王城を陥落させる襲撃の後で魂を渡す契約をする』って約束をしたんだ、だから、今ここでのことは、俺はなんも責任を持たねえ! 魔力切れになろうがどうしようが知ったことか! せいぜい上手く立ち回れよ」
引き攣るような薄ら笑いを浮かべたセルビノは、きつくディーの呪文書を抱きしめながら、林の方へと後ずさりしていく。カーンやユーリは困惑顔だ。
だが、当のディーにはもちろんわかっていた。
この襲撃のせいでセルビノとの契約をし損ねてしまっていたのだ。つまり、以前に交わした約束が有効のまま残っている。それは口約束だったが、一種の契約でもある。ラインは繋がっている。これはセルビノへの強制力を持つ反面、ディーにとっても守らなければならないものなのだった。
ディーは歯噛みする。
契約の大前提である「王城への襲撃」を成功させなければ、セルビノの魂は奪えない。そのためには何とかこの場を切り抜けなければならないが、セルビノからの魔力供給は期待できないし、城の襲撃と合わせるとここで魔力を使いすぎるわけにはいかなくなった。
「おい、セルビノ! 何とかしろ!」
「ディー、さっさとやれ! さもないとお前から斬り殺すぞ!」
もう、刃を交える距離だった。
カーンもユーリも近接武器に持ち替え、タイミングを計っている。
すでに敵の弓矢に射抜かれた盗賊も多い。
援軍の到着まで持ち堪えるだけの余力がない。
必死になるユーリの檄に、ディーの心に初めて知る感情が芽生えた。
(煩い……)
もういっそ、敵味方関係なく焼き払ってやろうかと、そんな考えすら過ぎるほどの煩わしさだった。セルビノとユーリの命さえあれば、後は少しくらい減っても補充が利くだろう、と。
ディーは一歩を踏み出した。
右手には炎、白い美貌には嗜虐的な笑みを浮かべて。
「レイヒ!? 貴っ様、陛下を裏切るつもりかぁっ!」
「……?」
敵隊列の先頭、ローレンツの激高にディーは首を傾げた。
彼は本当にわからなかったのだ、知己であるケテル国王マティアスのことも、その息子であるローレンツのことも。
しかし何故だか気にかかる。心の底で何かが訴えかけている。
その一喝がローレンツの命を救った。
◇◆◇
いきなりの事態に戸惑ったのは盗賊たちだけではなかった。
同じ頃、狼煙の上がった場所に一番近かったバンたち四人は、崖の際、盗賊の根城を覗き込むような場所にいた。
谷になっている場所の、さらに洞窟の中というだけあって、盗賊たちのアジトは上からちょっとやそっと覗き込んだところでまったく見つかりそうもなかったのだが、狼煙のおかげで見つけられたのだった。
とはいえ、踏み込むわけにもいかず、適当な場所へ身を隠して見張っていたのだが、やって来たのは思いがけない団体だった。
「あれは……、王太子殿下!?」
アイが声を抑えて叫ぶ。
ケテル王国の正規軍と言えば、バンたちが王都を発つ頃に「魔女討伐」の名目で軍を編成しているという噂を聞いた。その王太子率いる正規軍が、狼煙の合図で現れた相手なのか!
だが、バンたちの予想はローレンツとユーリの会話によって覆された。
「あれ、ユーリにゃ!」
「険悪な雰囲気っぽいな……」
「じゃあ、もしかしてあの白髪の人がレイヒさんじゃないでしょうか? ほら、奥の人が本を持っています」
「……聞いてた格好とは違うけど、きっとそう。Dちゃんに似てるし」
ああだこうだと言いつつ成り行きを見守っていると、ユーリが矢を射掛け、戦いが始まってしまった。
「ヤバい、どうすれば……」
「バンさん、しっかりしてください! 王太子殿下をお助けしましょう、レイヒさんを止めるんです」
「止めるって言ったってどうするつもりにゃ! 相手は術士にゃよ!」
「呪文書を先に確保するんですよ! それなら、術に巻き込まれないでしょう?」
専門分野においてのアイの判断は的確だった。
その言葉で、バンたちもDの本体があの呪文書であるという話を思い出す。
「よ、よし、じゃああの男から呪文書を奪おう」
「わかったにゃ!」
「行きましょう」
バンたちはセルビノに狙いをつけた。
林へ後退していく彼を、大きく回り込んで襲撃する計画を瞬時に立てる。
「……Dちゃん。どうして来ないの?」
エーメの呟きは戦場のピリピリした空気に溶けて消えた。





