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五十九頁目

 城の窓から抜け出したDは、ひとまず王都の外へ出て人狼と一緒にユーリを探しに行こうとしていたのだが、焼きたてのパンの芳ばしい香りに誘われて寄り道をしていた。


「ちょっとだけ、ちょっとだけ……」


 硬貨の一枚も持ち合わせがないクセに、パン屋のショーウインドウに吸い寄せられていくようにして近づいていく。そこには、押せばパリパリと音を立てそうなバゲットやひまわりの種やドライフルーツを練り込んだパン、真っ白いお砂糖のお化粧をしたねじねじドーナツ、つやつやの胡桃パン……様々な種類のパンが棚に並べられていた。客たちはショーケース越しに注文をして、好きなパンを紙箱や紙袋に入れてもらっている。


「や〜〜ん、美味しそ〜!」

「D、ちゃん……?」

「へ?」


 Dが店の外でぴょんぴょん跳ねていると、後ろから女の子の声がした。ひょいと振り返るD。


「ウィンリア?」

「Dちゃんっ!」

「わとと、どうしたの?」


 いきなり抱きついてきたウィンリアをやんわりと受け止め、Dは理由を尋ねた。ぎゅうとDを抱擁していたウィンリアは、そっと身を離してDを真正面から見つめた。勝ち気な栗色の瞳が涙に濡れている。


「ヴァイゼルを助けて。彼、明け方に酷く殴られて帰ってきて、熱が高いの。なのに、誰にも言うなって……聖堂にいらっしゃる魔導師(マギ)さまの治療も受けてくれないの。何も食べられないから、せめて果物を擦り下ろしたものをと思って……」

「そう、だったんだ」

「このままじゃ、彼、死んじゃうわ! お願い、Dちゃん。レイヒ先生のところへ連れて行って。わたしが先生に頼んでみるから! ヴァイゼルだってきっと、レイヒ先生になら事情を話すはずだわ。だから……お願い」

「泣かないで、ウィンリア〜。貴女が泣くと何だかお胸がそわそわしちゃう」


 Dはすすり泣き始めてしまったウィンリアを抱きしめ、そっと頭を撫でてやりながら言った。


「あのね、今、麗筆は留守にしているの。だから、ヴァイゼルのところへは行けないんだよ」

「そんなぁ」

「だから、私が行ってあげる。熱を下げたり痛みを取ったりすることくらいなら、私にもできるから」

「ありがとう、Dちゃん。本当にありがとう!」


 ようやく笑ってくれたウィンリアに、Dもまた笑顔を返す。ふたりは姉妹のように並んで歩きながら、離れていた間に起こったことを話題に聖堂教会へと向かうのだった。





◇◆◇





 ウィンリアの言う通り、ベッドに寝ているヴァイゼルはかなり酷い有様だった。ユーリの部下はよほど丁重に彼を扱ったのだろう。ヴァイゼルは眠っているのか寝たふりなのか、扉が開いても目を閉じたまま横になっていた。


 ウィンリアが口を開こうとするのを片手で制して、Dはゆっくりとヴァイゼルに近づいていった。そして、一番痛そうな額の上の方のたんこぶに遠慮なく触れた。


「いっってぇええええええ!!!!」


 ヴァイゼルの悲鳴が上がる。


「何しやがる、てめぇ! ……D!?」

「やほ〜、ヴァイゼル。男前になっちゃって〜」

「お前、無事なのか? 酷いことされてねぇか!? あいつつつ……」


 痛みに跳ね起きたヴァイゼルは、まず真っ先にDの心配をしたようだ。そして、体を動かしたり、切れた唇で普段のように喋ったりしたせいで襲いかかってきた痛みに悶絶していた。咄嗟にウィンリアが駆け寄り、ヴァイゼルの体を支えてやる。


「大丈夫、ヴァイゼル?」

「ああ、平気だ。あんがとな」

「ヴァイゼル……」


 ふたりの様子を横で見ていたDは、腰に手をやって嘆息した。


「おふたりさん、そろそろ頼まれてた治療をしても良いかしら?」

「あっ、ごめんなさい。Dちゃん、お願い」

「治療ぉ? お前にできんのか?」

「ちょっと、ヴァイゼル。Dちゃんに失礼でしょ、せっかく来てもらったのに」

「ほんとにほんとに失礼だよ〜〜!」


 Dはぷくっと頬を膨らませた。美少女が台無しである。


「心配してくれたのは感謝しますけどね、でも、ヴァイゼルがおとなしく魔法石を渡してくれてたらあんなことにはならなかったんだから!」

「あれは俺が先生から貰ったんだぞ! なんでお前にやんなきゃいけねんだよ!」

「麗筆に必要だから言ってたの!!」


 顔を寄せて睨み合うDとヴァイゼル。だが、ヴァイゼルの方はすぐに痛みに喘いで肩を縮こまらせた。


「もう! ともかく今は傷を見せて。まずは冷やして腫れを取って、痛みを止めて、浅い傷ならくっつけてあげるから。そしたらたくさん寝てたくさん食べて回復して!」

「……いちゃもんつけてきたのはお前じゃん」

「減らず口を叩かない! ほら、脱いで!」

「どこまで?」

「全部! 私は別にすっぽんぽんに剥いてやっても良いんだからね!」

「げっ! それはよせ!」


 Dは宣言通りヴァイゼルを下着姿にし、テキパキと治療を施していった。とはいえ、麗筆のように完璧にとはいかない。Dにできるのは症状を和らげることくらいで、失った血を増やしたり、新しい細胞を生み出して傷口を塞ぐためには、麗筆の白術の力が必要なのだ。


 ヴァイゼルの傷の中で一番深刻だったのは肋に入ったヒビだった。折れてなかったということは、ユーリの部下、ガイウスも一応手加減してくれたのかもしれない。


(ヒビなら私にも治せる! 正確にくっつけて自然治癒を待てば良いだけだもん)


 治療の最中、あちこちをDに弄くられながらヴァイゼルはポツリポツリとあのときのことを語り始めた。


 まるで荷物のように馬車に押し込められ、食事も与えられずに王都まで運ばれたこと。荷物を探られ、ローレンツ王子に与えられた“赦し”と麗筆の赤い魔法石を奪われたこと。寄ってたかって殴りつけられ、他言無用と約束させられ、幾ばくかの金貨を投げ渡され解放されたこと。


 そこから先はウィンリアがDに語ったことと同じだった。 


「情けねえ。せっかく先生に貰ったもの、全部失っちまった」

「命があっただけでもありがたいと思いなさいな。それに、ひとつだけ良いこともあったじゃない」

「……何だよ」

「ウィンリアが私を見つけたこと。貴方の仇は、私が取ってあげるよ、ヴァイゼル」

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Dちゃんが出演しているコラボです、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
この作品だけで独立して読めます。

『Trip quest to the fairytale world』
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