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失われた頁 6

 翌朝、傷ひとつなく無事なディーを見て、意外にもリーナは眉を吊り上げただけだった。てっきり責められると思っていたセルビノは肩透かしを食らった格好だ。


「良かったな、ディー」

「…………」


 しかし、ディーは怯えた表情のままだった。セルビノは小さく嘆息する。


(無理もねぇ、か。リーナに嫌われてんのに変わりはねぇ、ちょっとでも目ぇ離したら、あっという間にどこかへ引き摺り込まれて殺されかねねぇもんな……)


 頭領に商品としての利用価値を認めさせられれば、リーナによる苛めも表向きは止まるだろう。それまで警戒を怠らないようにしよう、とセルビノは確認するように頷いた。そんな彼の服の裾をディーが引く。


「どうした、ディー」


 指し示されるのは、例の本だ。

 何か言いたいことがあるのだろうと、セルビノはリーナたちに隠れて本の頁をめくってみる。するとそこには、長文でディーからの指示が書かれていた。





◇◆◇





 アジトにはほとんど全員が揃っていた。

 今日は待ちに待った褒賞の山分けの日である。


 しかも今日は彼らの“後援者”、つまりセルビノが「大将」と呼ぶ男がやってくる。彼は先日の襲撃に対する謝礼をここまで運んでくるのだ。この報酬がこれまたデカイ。


 その仕事は、村を丸ごとひとつ焼いて隣国のしわざに見せかけたもので、なかなかに手間だったと聞く。セルビノはその面倒な案件には理由をつけて参加しなかったので、取り分は他の連中より少ない。


 商品となる奴隷を切らしている今、頭領と後援者、両方の覚えを良くするためには、ここで一発ディーの能力を見せつけて自分の価値を高めるしかない。セルビノは舌なめずりをし、震える腿を打って自身を鼓舞した。


「よっしゃ、いっちょ派手に頼むぜ、ディー」

「あぅ」


 セルビノに身を寄せていた白髪の青年は、相変わらず何を考えているのかわからない黒い瞳で曖昧に微笑った。セルビノは無言で頷き返し立ち上がると、一段落していた話の中へ切り出していった。


「お頭ァ、せっかくユーリの大将が来てくださってんだ、ここで俺のとっておきをご披露してもよろしいですかい?」

「おお、セルビノ。そういやそうだったな、それじゃあ頼むぜ!」

「へい!」


 布をかぶせたDを連れたセルビノが脇を通り抜けたとき、頭領はセルビノの肩をきつく掴んでボソリと呟いた。


「リーナから聞いてる。期待外れだったらお前ぇ、容赦しねぇぞ、セルビノ」

「へへっ、わかってますよ……」


 肩の痛みに若干顔を歪めつつセルビノは応えた。そして、聞かされていなかった余興の始まりに警戒しているユーリの前へと、ゆっくりと歩み出た。


「さぁて、今回の俺の拾いものはなんと魔法使いだ。さあ、ディー。皆に見せてやれ、アンタの力を」


 失笑しているユーリの前で、セルビノはディーに被せていた布を取り払う。真っ白な肌に真っ白な長い髪、柔和な微笑みを浮かべたスラリとした細身。異国風の衣に身を包んだ、男とも女ともつかぬ麗人に誰もが目を奪われ感嘆のため息を漏らした。


「ディー、炎の術だ!」


 セルビノの声を合図に、ディーが右手から赤い炎を吹き出しさせた。どよめきが辺りを支配する。ディーの手から飛び出した炎の帯は、思い思い敷物に座っていた男たちの頭を炙るようにして室内を暴れ回った。


「おいっ、セルビノ、てめぇっ!」

「おっと、やりすぎだ、ディー。やめろ」


 まるで水を得た魚のようにくるくると回りながら楽しげに炎を振りまいていたディーだったが、セルビノに止められるとおとなしく炎を消した。


 危うく頭が火事になるところだった男がセルビノに食ってかかる。だが、ユーリが拍手とともに立ち上がったため引き下がった。程よく注目が集まったところで、ユーリは口を開いた。


「確かに素晴らしい腕前だ。だが、炎を放つだけではただの白術士だろう。他には何が使えるんだ?」


 ユーリの言葉にセルビノは大きく頷く。それはすでに予想していた質問だったからだ。だが、ここからは賭けになる。セルビノは腹を括った。


「ああ、もちろん。それで、ディーの術なんだが、リーナ、アンタに受けてもらいたい」

「はあっ!?」


 突然指名されたリーナは眉を吊り上げた。


「嫌だね。なんでアタシがそんなこと!」

「でも、きっとどんな術か聞けば興味が湧くはずさ、リーナ。なんたって、若返りの術なんだからな」

「…………!」


 その言葉に反応を示したのはリーナばかりではなかった。盗賊たちは口々に我も我もと名乗りを上げる。頭領のカーンもそんな魔術が実在するのならとセルビノへ迫った。


「おい、セルビノ! なんでリーナなんだ、そんなすげぇ術があるならまずはオレから若返らせろよ」

「カーン、アンタは引っ込んでて! アタシが先さ!」

「だがよぉ」


 セルビノは慌てて夫婦喧嘩に割り込んだ。そんな物は犬も食わない。それより何より、セルビノにとっては「若返りの術」と聞いてピクリと肩を震わせたユーリの方が気がかりだった。ユーリは無表情で心を(よろ)ってこちらの出方を伺っているようだが、実際はかなり強い関心を寄せているようだ。


(うまくやんねぇとな……。大将に気に入られりゃ一気に道が開けるぜ)


 胸の内でほくそ笑むセルビノの袖をディーが引く。まるで心を読んでいるかのようだ。


(わぁってるって。ちゃんと、考えてるさ……)


 ディーがセルビノに力を貸してくれるのは、彼の魂を自分の物にするためだ。その契約はまだ保留のままになっている。死後の魂とはいえ、そう簡単に譲り渡す気にはなれないが、ディーの方も自分に利得がないのにセルビノに協力し続けてくれるわけがない。


 だが、今はとにかくこの“売り込み”を成功させることが先決だ。セルビノは頭領の説得を試みた。


「頭領、頭領。髭面のアンタより、リーナの方が効果がわかりやすいですぜ? それに、リーナは自分のどこが変わったか、きっとアンタより詳しく言える」

「そうだよ! アタシの方がきっと術のことがよくわかるよ。それに、嘘っぱちだったとしてもアタシならすぐ見抜ける!」

「な、頭領。リーナが今より少し(・ ・)キレイになりゃ、アンタだって嬉しいだろうしよ」

「あらセルビノ、アンタもたまにはいいこと言うじゃないのさ!」


 セルビノはお世辞を言った。

 ここで言葉を間違えるとリーナの怒りを買うのだが、今回はこれで合っていたらしい、リーナがバシンとセルビノの背を叩いた。


 カーンは無言で肩をすくめる。わざわざ妻の機嫌を損ねることはない。きっとここで譲ってやらなければ、後々まで文句を言われることになるのだ。

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Dちゃんが出演しているコラボです、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
この作品だけで独立して読めます。

『Trip quest to the fairytale world』
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