失われた頁 3
※拷問描写があります。ご注意ください。
まさか逃亡奴隷風情に睨みつけられると思っていなかったリーナは激高し、ヒステリックに喚き立てた。
「そんなにこの古ぼけた本が大事かい、ええ? なんなら今すぐこのナイフで切り裂いたっていいんだよ、こっちは! この本にどれだけ価値があろうが構うもんか、お前の目の前でずたずたにしてやるよ!」
「ぐぅぅ……!」
「落ち着け、ディー。リーナはアンタが逆らうから脅してるだけだ。だが、やると決めたら本当にやる女だ……だから、大人しくしろ」
セルビノの説得が効いたのか、それともナイフを手にするリーナの据わった目に根負けしたのか、ディーはふっと力を抜いてされるがままになった。ぼんやりと何を考えているのか分からないような、そんな状態に戻ったかと思えたが、それでも目線はじっと白い革張りの本に注がれている。
「気味が悪い!」
リーナは舌打ちして吐き捨てるように言った。ナイフは一応納めはしたものの、かなり苛ついている。そういうとき、当たられるのはいつも下っ端のルドとゼフなのだった。
今もまた、リーナに命じられた鍵開けがなかなか上手くいかないことで怒鳴り散らされている。だが、それは手際が悪いせいでの叱責ではないことくらいその場に居合わせた全員が全員、分かっていることだった。
「開かないって、そりゃ一体どういうことなのよ、ええ!? 腕が落ちたんじゃないの、それしか取り柄がないくせに!」
「…………」
リーナの言葉に逆らうことは得策ではない。二倍三倍にもなって乱暴な言葉が返ってくるからだ。それはもう耳への暴力と同じことだ。だが、今回に限ってはリーナの怒りを逸らすだけの材料がゼフにはあった。
「これには魔術の鍵が掛かってる。普通のやり方じゃあ、どうあっても開きませんや」
「あぁん!?」
リーナの矛先はまたしても、先ほど彼女が地面に転がしたディーの方へ向く。セルビノに後ろ手で拘束されたまま心ここにあらずのディーに詰め寄り、リーナはその顎を掴んで無理やり上を向かせた。背筋が寒くなるような猫なで声でディーに囁く。
「ねぇ、ディー。可愛いワンちゃん? あの本の鍵を開けられるのはどうやら、あんただけみたいだねぇ。首輪を外してあげるから、今すぐにあれを開いて、あたしたちに中身を見せてちょうだい?」
「…………」
「返事はどうしたんだい? ねぇ?」
胸の悪くなるような沈黙が下りる。
これから行われるであろう苛烈な“仕置き”に男たちの顔色は悪かった。リーナは形の良い唇を吊り上げると、ルドに荒縄と鞭を用意するように言った。
「セルビノ、そいつの服をはだけさせて背中が見えるようにしな」
「リーナ……」
「早く。それともあんたが代わりに食らいたいのかい?」
そう言われてしまってはセルビノとしては引き下がるしかない。ディーの服を半分脱がせ縄を打ちながらも、彼は自分が連れ帰ったこの男奴隷に同情していた。
「なぁ、素直に言うことを聞けよ。中身さえ見りゃ満足するんだ、見せてやりゃいいじゃないか。なぁ、ディー。あの本が大事なら、誰にも傷つけさせないように俺がちゃんとしてやるから。な? だから……」
「時間切れだよ、どきな、セルビノ」
ひゅっと、空気の裂ける高い音がして、鞭がしなった。ディーの痩せた白い背に血の華が咲く。子どもが泣くようなかん高い悲鳴が洞穴の壁にこだました。
「ははっ、良い声で鳴くじゃあないか。素直に言うこと聞く気になったかい?」
「………………」
「ああっそ、んじゃ、好きなだけ鞭をくれてやろうね!」
鞭が生皮を削ぐ重い湿った音と悲鳴はしばらくの間やむことはなかった。懲罰用のリーナの鞭には威力を高めるため、皮膚を裂く骨片が取り付けられている。ともすれば脊椎さえ剥き出しにして相手を死なせてしまう程の殺傷力を持っている凶悪な代物だ。
リーナはそれを力いっぱい、容赦することなくディーに振るったのである。それはもう、自分の要求を飲ませるためというよりはただの鬱憤晴らしでしかなかった。
「もうその辺にしろよ、リーナ。こんなの八つ当たりだろ」
「うるさい! アタシは生意気な奴隷に教育をしてやってるだけさ」
「よせ! このままじゃマジで死んじまうぞ!」
「どうせただの拾いものじゃないか、どうなったって構いやしないんだよ!」
「……それは頭領が決めることだぜ、リーナ」
「ふん……! まぁ今日のところはこれで済ませてやるよ。向こうに帰れば血の気の多いやつらが可愛がってくれるだろうからねぇ、せいぜい今のうちに自分の態度を悔い改めな」
リーナはすでに声も出ないディーを蹴って転がすと、ぬかるんだ足元の泥がたっぷりとついた靴底を傷口に押しつけた。
「ほら、軟膏代わりだよ! ありがたく思いな!」
「リーナ!」
悲痛な叫び声を上げ、今度こそディーは気絶してしまったのだった。





