三十九頁目
マティアスの治めるケテルの王都カクタス、そこにある探索者の“庭”は建国当時から建つ由緒あるものだが、今ではすっかり風通しが良くなってしまっていた。
「すごーい! めっちゃくちゃ!」
「そうですね〜。これを機に耐震の設備にしたら良いと思います」
床と壁しか残っていない建物の残骸に幕屋を張り、探索者たちは強かに、明るく、楽しく過ごしていた。そこには老若男女さまざまな人間がひしめき、赤児は泣き、子どもは笑い、女たちはかしましく、男たちは再建作業に忙しくしていた。
もともと“庭”は、日常的に魔物の群れに襲われていた時代、戦える者たちを同じ場所に集めて待機させ、寝食から装備、娯楽を与えて襲撃に備えさせていたことから生まれた。
やがてそれは王と王を守る騎士団となり、守る対象が自分たちの家族からその土地に生きる民にまで拡大した。人数が多くなると、規律が必要になるが、戦士のために酒や美食、さらには女まで与える彼らのやり方はやがて白い目で見られるようになる。
国が大きくなり世の中が平和になると、さらに批判は集まり、騎士団は「解散」か「改革」かの二択を迫られた。結果、お上品な「改革」に耐えられなかった者たちは、出ていってこれまでと同じやり方で自分たちの身を養うことにした。
それこそが“探索者の庭”である。酒場を中心に「何でも屋」を展開し、金がほしい者と金で厄介事を解決したい者、双方の需要と供給を聞き取り、仲を取り持った。探索者は登録制にし、不正を働いた者は厳しく処罰した。探索者とそれに関わるすべてを“庭”の管轄にすることで彼らは、利益を確保し、統率をはかり、独立した組織として確固たる地位を手に入れたのだった。
「そんなわけで、“庭”は情報を集め、保持し、精査する機関でもあり、犯罪者を捕らえ、不正を暴く側面も持っています。もちろん、裁くのは彼らではありませんが。また、国の施策から漏れた者たちの受け皿のひとつでもあるので、こうして炊き出しや物資の譲渡を求めて難民が集うわけですね。あれ、D?」
麗筆の長すぎる話から、Dはさっさと逃げ出していた。ペロリと舌を出してコソコソ逃げていく様が目に浮かぶようである。ポツンと立ち尽くす青年魔術師。と、そこへいきなり、ぎゃんぎゃん泣き叫ぶ赤ん坊が押しつけられた。
「えっ? なっ、なんですか……」
「ちょっと見ててよお兄ちゃん!」
「ど、どうしてぼくが!」
「ボサッと突っ立ってるからだよ。それとも何かい、コッチのおしめを替えてくれるのかい?」
「抱っこしてます!」
押しの強いオバサンが抱えている三人の赤ん坊を見て麗筆は震えた。オバサンは大きなお尻を揺らして人混みに消えてしまった。
「よーぅ、先生。まぁた子守してんの?」
「ヴァイゼル」
「なんだ、覚えててくれたのかよ」
麗筆が口を開くより先に、赤ん坊がさらに大きく泣きわめき始めてしまった。耳を塞ぐヴァイゼル。
「お黙りなさい」
麗筆が左手を赤ん坊の上にかざすと、赤ん坊がびっくりした顔をして泣き声が収まった。
「すげぇな、あんた」
「ちょっとした工夫です。害はありません。……ふむ、お腹が空きましたか。この子には母親がいないようですね」
「よし、もらい乳しに行こうぜ!」
「邪な意図が見えるので却下です。おっぱいは出ませんが、水分補給は必要でしょう。さぁ、お飲みなさい」
「何してんの?」
麗筆は魔術で左手から水を生み出すことができる。抱えた赤ん坊の口を左の人差し指でちょん、とつつくと、赤ん坊はそれに吸いつき、一生懸命に飲み始めた。
「すげぇな、先生。あんた、指から母乳出んの?」
「出ません」
「俺にも飲まして」
「……嫌です」
お腹がいっぱいになった赤ん坊は、麗筆の腕の中で眠ってしまった。麗筆は優しくその額を撫でながら、小さな命に祝福を与える。
「母が居なくとも子は育ちます。いい大人に恵まれましたね、大きくおなりなさい、坊や」
「……やっぱ子どもが好きなんだな。クリスにも会ってやってくれよ、あいつ、先生のことが好きだからさ」
「そういえば、貴方がたはどこに身を寄せたのです? “庭”ですか? それとも……」
「聖堂教会だぜ。小さい奴らは皆そこで暮らして、勉強させてもらってる。俺とウィンリアも聖堂で寝泊まりして、昼間は働きに出てる。俺は探索者、ウィンリアは子守りだな」
「そうでしたか」
「あと、これ。忘れモン!」
「あっ」
ヴァイゼルが持ち上げて見せたのは、麗筆の薬箱だった。
「さっきあんたの姿が見えたから、ロッカーから取ってきたんだ」
「ありがとうございます、助かりました。大切なものなのです」
麗筆が手を伸ばすと、ヴァイゼルはそれを引っ込めた。
「?」
「あと、もうひとつ。ありがとな、先生。あの孤児院やったの、先生なんだろ?」
「なっ……なんの、ことでしょう……」
「目が泳いでるぜ?」
浮浪児たちのまとめ役だった少年は、実に狡猾そうに笑った。





