三十七頁目
その時、ズドンという爆音と震動が王宮中に響き渡った。マティアスは思わず立ち上がり、急に動いたせいで咳き込み始めてしまった。麗筆は慌てて彼を椅子に座らせ黒術でその咳を鎮めた。
「陛下、ご無事ですか!」
「あ、ああ、大事ない」
「この者は……? おい貴様、下がれ!」
「良い。彼は儂の友人じゃ」
「……はっ! 申し訳ございません!」
見えない位置に控えていた兵士たちが鎧をガチャガチャ言わせてやってきた。麗筆に剣を向けた彼らは、マティアスに制され即座に頭を垂れた。彼らは彼らの仕事をしただけだったので、麗筆も腹を立てたりせず彼らに頭を上げるよう言った。
しかし、急いでやって来たものの、彼らは何の情報も持っていなかった。その間も爆音は続いている。兵士に付き添われて秘密の庭園から城の内部に移動しながら、マティアスは眉間の皺を深くして言った。
「まったく、何が起こっているのだ。魔術による攻撃か? シンティアがいない隙を狙ったか……、まったくクロワ国の救済のことで頭がいっぱいだというのに。おちおち考え事もしていられん」
「おや。ただ、ひなたぼっこしてたわけじゃなかったのですね」
「どっちも似たようなものだ」
麗筆のからかいに、ニヤリと口角を上げて返すマティアス。
ちなみに、シンティアとは彼の恐妻のことで、クロワとは隣国のことである。
「さぁて、ともかく止めに行くとしようか」
「待ってください、マティアス。これはきっと、ぼくの連れの仕業でしょう。ぼくが行って止めてきます」
「だが、儂も行かなくて良いのか?」
「ええ。事態はすぐに収めます。……会えて良かった」
「そうか、行くのか。こちらこそ、久々に話せて良かった。また、会えるだろうか?」
「そうですね、きっと。妃殿下にもよろしくお伝えください。では、また近いうちに」
「ああ。元気でな」
「貴方がたも」
笑みを交わし、二人は別れた。
最初のうちは警戒心を露わにしていた近衛兵たちも、マティアスと麗筆の親しい様子に心の矛を収めたようで、目礼をしてくる者もいた。麗筆もまた彼らに礼を返し、騒ぎの中心へと急いだ。
「まったく。あれはいったい何をしているのやら」
薄い唇からため息と共に零れるのは相棒へ対する呆れと不満である。城の内部は質素堅実ながらも要所要所に上品な装飾が施され、王妃の趣味か生花がたくさん飾られていた。麗筆は窓や吹き抜けなど、通常なら通り道にはならない場所を抜けて、だんだんと音の発生源へと近づいていく。
「も~~っ、しつこ~~~い!」
「何をやっている! 早く打ち落とせ!」
「ははっ!」
「いますぐ!」
何をしてそこまで追い詰められたのやら、Dは高い天井のシャンデリアの上に縮こまっていた。槍を片手に押し寄せる兵士は三十人にも上るだろうか、怒り狂っている文官の指揮の下、彼らはDを捕らえようと網やら縄やら鎖やら、多くの捕獲道具を手にしていた。
「おやおや」
「助けて麗筆! この人たち、私に乱暴しようとしたの!」
「ふざけるな!! この男たちはそういう女絡みのトラブルを無くすために私が選んだ最高の兵士! こいつらは皆、男の体にしか興味がないわ!!」
「……うへぇ~~、知りたくなかったよぉ……」
Dがげんなりした表情で呻く。麗筆もまったくの同感であった。誇らしげなのは男と兵士たちだけである。
「それでD、どうしてこうなったんです?」
「あの陰険オデコがいけないんだよ~~、私に、『牢獄で強制労働させられたくなかったら金貨五千万枚用意しろ』って、イジワル言うんだもん!」
「貴様っ、いい加減にしろよ、このクソガキ!」
拳を振り上げて怒鳴る文官風の中年男(推定、王子)。その額は確かに特徴的であった。
「だから私、言ってやったの! そんなのオカシイって! だって絶対にふっかけてるもん!!」
「死刑じゃないだけありがたく思え! なんなら不敬罪で今すぐ縛り首にしてもいいんだぞ、この魔女めが!」
「ま、魔女じゃないも~~ん……」
麗筆は大きなため息を吐いた。
そしてふわりと濃紺の絨毯の上に降りると、額に青筋を立てている王子の前に歩み出て、跪いた。
「申し訳ございません、ローレンツ殿下。ぼくの連れが大変失礼しました。まだ幼く、人間のしきたりに疎いのです。どうか許してやってくれませんか?」
「だ、誰だお前は……」
いきなり降ってきた白い装いの不審人物にゲイ……いや、兵士たちがたじろぐ。麗筆はふっとよそ行きの微笑みを浮かべて言った。
「これはこれは。ご挨拶が遅れてすみません。ぼくの名は麗筆、しがない旅の魔導師でございます」
「レイヒ……だと。しかし、その魔女もレイヒと名乗っていたはずだが……」
「ええ、そうです。ですが、ぼくがマティアス陛下の言う魔導師なのです。そして彼女はぼくの連れ、Dと申します」
「や~~ん、助けに来てくれてありがとう、パパぁ!」
「こら、D!」
ローレンツはシャンデリアの上の少女と、目の前の青年を見比べた。二人とも雪のような見事な白髪で、青年はオニキスのように黒い瞳を、少女はサファイアのように青い瞳をしている。生意気そうな顔つきは似通っているが、父親と言うにはいささか青年は若すぎた。
「……本当か?」
「いえ、あの。生憎と娘ではありませんが、まぁ、似たようなもの、です……」
ローレンツの鋭い眼光の前に、麗筆の声はだんだんと小さくなっていった。正直に言えばDのために彼と渡り合うのが面倒くさいのである。とはいえ、Dの体は麗筆の体でもあり、このまま彼女が処刑されるのは困る。
「では、お前が代わりに支払うのか?」
「え、ええと、それは……」
麗筆の声はさらに小さくなる。
金貨五千万枚なんて、一生かかったって集められる気がしない。麗筆の四十年前の記憶で言えば、城で働くお針子の平均給与が月に金貨二十枚なのだ。新米兵士だと月に二十五枚、高級文官だって三十枚前後だ。Dが「ぼったくり!」と喚くのも無理はない。
危険な仕事で大きく稼ぐ探索者だって、依頼をこなすのに必要な装備の調整や矢弾などの消耗品を賄う経費を差っ引けば、それほど大儲けしているわけでもない。
であるからして。
これは最初から「不可能」な設定金額なのであった。





