ひみつの頁 5
Dはそっと立ち上がると、テーブルの向こう側のエペの隣まで歩み寄り、その頭を胸に抱きかかえた。
「なっ、D!?」
「ん~? なぁに?」
「なにって、なんのつもりだ!」
顔を胸に抱きこまれてもがくエペだが、Dが怪我をしないようにか、無理やり引き剥がすようなことはしなかった。Dはそれに気を良くして、さらにエペを抱きしめた。
「エペがね~、ギュッとして欲しそうだったから~」
「そ、そんなことはない!」
「え~~~?」
Dはクスクス笑ってエペの抗議を聞き流し、頭を撫で、額にキスを落とした。
「!!」
「私には~、難しいことはわからないし〜、詳しいことは何も知らないけど〜」
Dは歌うようにそう言って、腕をほどくとエペに向かい合いそのアメシストの瞳を覗き込んだ。
「でもね、今、エペが苦しんでるのはわかるよ」
「D……」
「仲間が死んじゃうなんて……。人間って、こんな、簡単に死ぬものだなんて思ってなかった。だって、ついこの間、会ったばっかりだったのにね。私……ビックリしちゃった……」
Dは目を閉じてホテルのロビーで会った子どもたちを思い出す。まだ十歳前後の、肩のあたりも頼りなげな姿を。
人間は脆く、死にやすい生き物だ。
そんなことはわかっていた。
弱いものから死んでいくのがこの世の理だ。
だが、それを言ったところでエペの憂いは晴れない。Dは彼を慰撫してやりたかった。麗筆に似た彼を抱き、甘い言葉を囁き、彼の瞳に自分だけを映してみたかった。
だからこそ言葉を選び、視線に熱を乗せ、彼の心のヒビに手を伸ばす。身を乗り出したDが蠱惑的に微笑むと、エペの紫の瞳が揺れた。
「ね、エペ。私で良ければ話して? 何があったの? 私にも、貴方の苦しみを分けてよ、エペ……」
「それは…ダメだ、Dを巻き込むことになる! これ以上は……!」
その言葉ごと吸い取るように、Dの唇が重ねられる。
「っ!?」
仰け反ろうとするエペの頭は、首に巻き付くDの腕に止められる。いつの間にかエペの膝の間にはDの膝が置かれ、半ば椅子に乗り上げる形でエペに抱きついていた。
「やめっ、D……!」
「エペ……」
逃れようとするエペを、Dは両手で頬を捕まえて唇ごと追いかけた。舌を這わせ、甘く歯で挟んで、名を囁く。
「こんな、こと……!」
「ふふっ。大丈夫だよ、エペ。ちゃんと優しくしてア・ゲ・ル……!」
「何言って」
「私にぜんぶ任せて? 言ったでしょ、苦しみを私にも分けてほしいの。独りで抱え込まないで。私を見て、エペ。私が貴方を癒やしてあげる」
「D……」
アメシストの瞳の奥に、痛みが見える。ヒビ割れた心が震える音が、Dの耳には届いていた。
(あと、もうちょっと……)
Dが頬に額にキスを落とすたび、ただ押し返すだけだったエペの指から力が失われていく。
「今だけでいいの、私を、見て……」
「お、れは……」
そのとき、玄関ドアが大きな音を立てた。息を呑む音と荷物を取り落とす音。三人の子どもがDたちに驚きの視線を注いでいる。
「あっ」
「お、お前たち……これは、その……」
顔を引き攣らせたエペが言い訳の言葉を発するより先に、彼らは口々に騒ぎ始めた。
「エペが女の子とえっちしてる!」
「ちゅーしてる!」
「フケツよ! アルク! アルク〜! エペが〜〜〜!」
「や、やめろフエ! 頼むからやめてくれ!」
囃し立てる男の子がふたりとプンプン怒っている女の子がひとり。エペはDを抱き上げて下ろすと、ショートボブの女の子、フエに懇願した。
「えっちっち〜!」
「ひゅーひゅー!」
「お前らも黙れ!」
エペの雷が落ちるが、年頃の男子はそんなことでは止まらない。さらに大きな声でやり返されるだけだ。
「エペが女とえっちしてる〜!」
「新しいスールとラブラブ〜!」
「ロリコン〜!」
「マルトー! ランス!」
エペの怒っているのか泣いているのかわからない悲鳴が響く。Dはついにこらえきれなくなって大きく口を開けて笑ってしまった。
「あっはは! やだぁ、エペってばロリコンだったのぉ〜〜?」
「ち、違う! 違うから!」
「ロリコンじゃん!」
「ちゅ〜してたクセに!」
「フケツよ!」
「くそっ……お前ら、後で覚えてろよ……! 夕飯、肉抜きにしてやる……!」
大人の権力を存分に発揮した汚い復讐を誓いつつ、エペは玄関口から子どもたちを立ち退かせ、Dに出口を示した。
「今日のことは、忘れることにする。だから、Dも忘れてくれ」
「怒ってないの?」
「……怒っては、ない」
ぎゅうっと顔をしかめながら、エペが言う。それが照れ隠しなのか、それともこの場を悪くしないための嘘なのか、Dにはわからない。だが、それでもいいとDは笑った。
「デートって雰囲気じゃなくなっちゃったし、残念だけど、今日は帰るね。エペの親戚に関することは、実際に家系図とか見せてもらってから、また伝える。それじゃ、またね」
「D。……ありがとう」
「こちらこそ。ゴチソウサマ!」
「!」
Dが唇に指を当てて見上げると、エペはわかりやすく赤面した。意外と純情な魔術師が言葉を失っている間に、Dは彼に背を向けてスキップで路地を行く。
「可愛いんだからぁ! きひひっ!」





