二十頁目
黙り込んだ麗筆を見て、Dはドキリとした。
(踏み込みすぎちゃったかな……?)
麗筆にソックリのエペ。
家族を知らないエペ。
自分自身のルーツを探していた彼のことが気にかかって、肝心の麗筆の気持ちを考えていなかった。麗筆の記憶を勝手に覗くことはできないからこそ、こうやって聞くしかないのだが、それには当然手順を踏んで聞きやすい環境を作ることが大事だ。その一歩でやらかしてしまったのじゃないか、Dはそう思ったのだ。
「もしかして、聞かない方がいい?」
「いえ……ちょっと、ビックリしただけです。ぼくの家族、ですか。この国へ来たのは墓参りを兼ねてでしたので、気になりますよね。……そんなに長い話にはなりませんが、座りますか?」
「うん!」
レジナルドの部屋に備え付けてあるキャビネットを勝手に開け、麗筆は紅茶のカップを取り出した。持ち主の趣味か、簡易なティーバッグではなく気密性の高い缶に保管された茶葉があったため、それを使う。魔術で茶器を温め、湯を沸かし、適切に蒸らす。
「ミルクはありませんが、お砂糖は?」
「わ、かわいい! お花の形してる~!」
砂糖壺の中はまるで色とりどりの花畑だった。Dがキャアキャア言いながら選んでいるのをよそに、麗筆は自分のカップにふたつ、適当な花砂糖を入れていた。
「も~、一緒に楽しもうって気持ちはないの?」
「ありませんね、そんなもの。さて……ぼくの家族の話でしたか」
麗筆が優雅にカップを口へ運ぶのを見て、Dはソファに座り直した。
「まずひとつ、ぼくには兄弟姉妹はいません。父も母も幼くして死にました。おそらく、彼らに他の家族はいなかったでしょうし、いたとしても同じ村に住んでいた血縁は消滅しています」
麗筆は言葉にしなかったが、幼い日の麗筆自身が母親を惨殺したこと、それを悔いていたことをDは知っている。そして、その後悔の感情をDは無断で消してしまった。
(今、「どうしてそんなことがわかるの?」って聞いたら、麗筆、なんて答えるんだろう)
Dの頭に浮かんだ純粋な疑問。
事実を告げるのか、それとも誤魔化すのか、どっちにしても麗筆の人間らしい感情の動きが見られるだろう。Dはワクワクする気持ちを押し隠し、真面目な表情を作って尋ねた。
「どうして、そんなことがわかるの?」
「…………」
麗筆はふっと遠くに目をやったかと思うと、Dに向かってふんわりと微笑んだ。
「あの時代、あの場所での人々は、近隣から嫁を迎えるという形で営みを継承していました。ですから、村に血縁が集まるというのも、そうおかしな話ではありません。ぼくの生まれた村は、ぼく以外の人間がすべて死にましたので、そういう結論になりました」
「そっかぁ。大変な思いをしてきたんだね、麗筆」
「いいえ。父母を殺したのも、村人を殺したのも、すべてぼく自身がやったことですので」
「えっ」
Dは驚きに顔を跳ね上げた。麗筆の答えを聞き、てっきり「隠した」のだと思ったのに、隠し通せるはずだったのに、なぜ自分から白状したのだろうか。Dは不思議に思った。
「麗筆が殺したの? 自分の手で?」
「ええ。といっても、術を行使して、ですけどね」
「……後悔したり、しないの?」
何とも思ってなさそうな口ぶりで麗筆は言う。若干のうしろめたさを感じながらDはさらに尋ねた。
「後悔? していませんでしたね、まったく」
麗筆は微笑みを崩さずそう言って、しかしそっと睫毛を伏せた。
「ただ、今は少しだけ思うところがあります。ぼくを拾ってくれた師匠、そして育ててくれたおばあさま……ふたりを亡くしたとき、ぼくは、何も感じなかったのです。それは夫を亡くしたときも同じでしたが」
「おっ」
(夫!? ポチさん以外にも旦那さんいたことあるの!?)
Dは思わず心の中で叫んだ。
麗筆はそんなDの動揺に気づかず、カップを片手に言葉を続けていた。
「自分には他の人間に通う、情のようなものはないと思っていました。しかし、マティアスのあの老いさらばえた姿を見て、確かに胸が締めつけられたのです。ぼくに何も言わず知らない場所で生を終えた師のことを、思い出しました……。ぼくも年ですね、感傷的になるなんて」
「そ、そうなんだ。えっと、旦那さん、いたの?」
「いました。騙されて結婚させられたのです」
「へぇ~! なんかぁ~、麗筆ってそんなのばっかりじゃない?」
「え」
「レジィとの契約も騙しうちだったし」
「世の中って、悪人ばかりなんですね」
「違うと思うけど。まあいいや」
面倒くさくなったのでDは反論せずに放置した。
「家族と言えば、ぼくの血を分けて生まれた娘は、この国の礎として王の子を産み育てましたよ」
「ええっ! 娘? 娘がいたの? あれ、じゃあ、もしかしてレジィってば、麗筆の孫の孫の孫!?」
「は。そういえば」
「いや、そういえばじゃないし!」
今初めてそのことに気づいた麗筆は目も口も丸くして驚く。
「ビックリですねぇ」
「驚いたのは私だし。なんで気づかないかな、大事なことに」
「大事、なんでしょうかね」
「大事だよ! そっかぁ~~! なるほどね。ちょっとレジィにも色々聞いてみよっと!」
「どうぞお好きに。ぼくは……どうにかこの契約を果たさねばと思っているのですが、難航しそうですから。もしかしたら、しばらくは帰れないかもしれません」
「そうなの? じゃあ、私はひとりで行動するね! バイバ~イ!」
さっとドアへ駆け寄ったかと思うと、Dは大きく手を振って、さっさと出て行ってしまった。それを見ていることしかできなかった麗筆は、重くため息を吐いて空になったカップを置いた。
「やれやれ。薄情なことです」





