山門編-失われた天地の章(27)-根の国の王(1)
<これまでのあらすじ>
光と命が豊かな豊秋島。 そこには天地の八百万の神々と、呪 (まじな) いと鏡の力を駆使する人々とが暮らしていた。
輪熊座の俳優 の御統は、座長の輪熊に育てられながら、黒衣の美少女豊と、山門の御言持の嫡男、春日族の入彦に出会う。
山門では神祝 ぎの馳射や誓約の鏡猟が催され、御統と豊は、持ち前の無謀さと呪能とで、春日族の勝利と混乱を招く。このとき、天孫族の大軍が山門に向かっていた。
かつて、大彦、大日、安彦、陽姫の磯城族の四兄弟妹は、災いの果実とされる剋軸香果実を、斑鳩族の饒速日に手渡していた。安彦は果実の魔力に取り憑かれる。
山門の御言持の大日率いる山門諸族は、孔舎衛坂で天孫族を打ち破る。しかし凱旋した大日は、登美族の登美彦として山門の持傾頭となっていた安彦に政変を起こされ、山門を逐われる。
登美彦の追討から逃れた大日、入彦、御統、豊たちは、山門と敵対関係であったはずの磯城族の邑へ向かう。ここで入彦は、自分が磯城族の氏上の血を引いていることを知り、指導者として成長していく。
大日は昔日を回想し、饒速日にただ一人立ち向かっていたのは、今は登美彦と名のる安彦であったと気づく。安彦は山門を取り戻すため、妹を凌辱した饒速日に復讐するため、そして果実の魔力を得るため、登美族を手中とし、計画をすすめてゆく。
筑紫の日向の五瀬は、豊葦瑞穂原を目指し、天津彦を名乗って天孫族と共に故郷を旅立つが、彼らの真秀場を目前に、山門諸族を率いた大日の前に敗れる。
天津彦五瀬を失った天孫族を狭野姫が鼓舞し、彼女は天津彦の名を継いで新たに豊葦瑞穂原を目指す。室の地に上陸した狭野姫は、名草族の宝剣、韴霊剣の力を得て、室の人々を苦しめていた丹敷族を平定し、室を熊野と名付ける。
狭野姫は再び山門の地に踏み入るが、大日が率いる磯城族は砦を築き、頑強に抵抗する。狭野姫が放った矢が大日に致命傷を与える。死期を悟った大日は、天孫族との講和を入彦に命ずるが、入彦は拒否し、砦を駆け出す。無我夢中で駆けた入彦は鳥見山で禊中の狭野姫と出会う。兄を奪われた狭野姫と父を奪われる入彦。二人は感情を爆発させて剣を交えるが、いつしか心が通い合い、二人は山門の美しい夕景に、天孫族と山門の麗しい明日を見る。その夜、講和の使者として入彦は狭野姫のもとを訪れ、天孫族と磯城族は講和を成す。
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<人物紹介>
御統
俳優の少年。輪熊座の有望株。軽業と戯馬の腕前は抜群。
輪熊
旅芸人一座、輪熊座の親方。山賊のような風貌で、胸に三日月型の傷痕がある。芸と儲けにはがめついが、面倒見はよい。
靫翁
輪熊座の座員。輪熊とは古い付き合い。老人だが肉体は強靭で、強い矢を放つ。
鹿高
妙齢の女性。美形だが口と態度は悪い。女性座員の頭領格で、年端のいかない者には分けへだてなく優しい。
豊
夜色の黒衣の美少女。優れた言霊の術を使う。隠された企図を果たすため、大日に近づこうとする。
大日
山門の御言持にして春日族の氏上。貴人中の貴人だが、輪熊、鹿高、靭翁に一目置いている。清々しい人柄だが、少し好色。
大彦
大日の兄。輪熊たちとも古なじみ。鹿高に一方的に好意を抱いている。豪快な人柄。
入彦
大日の嫡男。豊からの第一印象は、好きになれそうにない人物。輪熊座関係者をどこか見下している。
美茉姫
大彦の娘で、入彦の言い名づけ。元気で小気味よくおしゃべりで少しおませな少女。
石飛
春日族の青年。優れた騎手。入彦を慕っている。
石火
石飛の父。大日の信頼厚い春日族の重臣。
登美彦
山門主の秘書官ともいうべき持傾頭にして、登美族の氏上。大日を敵視している。若き日の名は安彦。
吉備彦
登美彦の嫡男。父親に似ず明朗快活な性格。優れた騎手。
夜姫
呪能に秀でた祝部の長。登美彦に心酔している。若き日の名は陽姫。
御名方
登美彦と共に秘かな企みを進める。出雲族出身。
五百箇
磯城四兄弟妹の友人。優れた鍛冶の腕を持つ渡来人の子。
狭野姫
天孫族の若く美しい指導者。男勝りで、日子と呼ばぬ者には容赦ない。
五瀬
狭野姫の実兄。天津彦を名乗り、天孫族を率いて旅立つ。
手研
五瀬の実子。年下の叔母となる狭野姫を献身的に支える。
珍彦
元は筑紫の漁民。天孫族の壮挙を知り、その先導役を買って出る。狭野姫のお目付け役。
空の玄さが、冬の到来を告げている。
晴れてはいるが、雲は低く、風は冷たい。間もなく、朝には野に霜が下りるようになるだろう。
磐余彦を名乗るようになった狭野姫は、山門南方の三つの大地の隆起のひとつ、畝火山の南麓に天孫族を落ち着けた。黐や樫などの常緑高木の原野が広がっている。そこを切り開き、故郷の高千穂邑に負けない邑を造ってゆくのだ。
畝火山は、土地の古老によれば、上古には火山であったらしい。その名残が高千穂の風景を偲ばせるところが、天孫族の第二の故郷として相応しい。
その新造の邑に、山門の使人が訪れた。
深い朝霧から吐き出されたような使人は黒い影を伴っており、祥瑞を感じさせなかったが、狭野姫は彼を真新しい宮に迎え入れた。
おりしも山門と天孫族との勢力圏の境では小競り合いが続いており、なかでも吉備彦に率いられた登美族の騎馬隊は少数ながら看過できない損害を天孫族に与えている最中だったから、使人引見の会場は殺伐とした雰囲気だった。
ところで、狭野姫は、ただ新しい邑の建造を指揮していただけではなく、天孫族の勢力圏を着実に伸ばす手も打っていた。山門を護る青垣山の外の世界にも、狭野姫は新しく建設する真秀場の敷地を広げた。
山門の西、天孫族が故郷を発って遙々と渡ってきた内つ海に面する平地を川内という。山門から流れ出る山門川と、山門の北を迂回して内つ海に注ぐ大川とに挟まれた肥沃な草原だ。
天孫族が上陸した白肩津がある難波の南方になる。そこを真秀場の敷地内に納めようとした狭野姫の意向は、当然だった。なぜなら、川内から臨む海原に、狭野姫の敬愛する建御子、五瀬が眠っている。孔舎衛坂の戦いで斃れた兄の遺体を、狭野姫はその海原に沈めたのだ。
山門の青垣山の頂に、突如として昇った眩しい日輪に、川内に暮らす諸族の多くが帰順した。邪教を打ち破り、室の諸族を平らげて熊野の名を与え、山門の諸族をも圧倒している磐余彦の威声は、川内の天地を響もしている。その武威を背負った巨大な影の正体が、日輪のごとく光輝く狭野姫であることの事実は、川内の諸族の心を神秘の音色で揺り動かした。
狭野姫は、その姿だけで川内を平定したといえる。
川内のある族の古老から、狭野姫は興味深い話を聞いた。それは、山門主、饒速日の出自に繋がる伝承だった。
天磐舟に乗り、山門川を遡って鵤丘に邑を建設した初代の饒速日は、筑紫の白日から内つ海を渡ってきた、と伝承はいう。白日と日向との違いはあるが、筑紫から海を渡って山門に至った道は天孫族の遠征路に重なる。初代饒速日の真名は火明といい、彼が山門に上陸した日に、真昼にも鮮やかな光尾を引いて、流れ星がひとつ堕ちたという。その天文現象を祥瑞と感じた火明は、饒速日を名乗るようになった。速日とは流れ星だ。
それはそうとして、天孫族の前身の高千穂族は、その始祖の名を火折とする。
白日の火明と日向の火折。二人は血縁であったのかもしれない。
川内の古老から聞いた伝承で、狭野姫は饒速日が拓いた山門に、運命と親近を感じていた。
そんな矢先に、登美彦が発した山門の使人が訪れたのだ。
朝霧からにじみ出てきた影のような山門からの使人を、狭野姫は竣工したばかりの橿原宮の白砂を敷いた庭で迎えた。狭野姫は壇上で、朝議に参集していた主だった臣下が二列をなしている。その間を、山門の使人は静々と進んだ。
孔舎衛坂で激しく戦い、相互に遺恨を骨髄に刻み込んだ山門と天孫族の間柄だ。今現在も小競り合いを繰り返しており、山門の使人を迎えた朝庭の雰囲気は、当然、剣呑としたものである。
山門の使人は己の身に刺さる視線の矢を物ともしない図太い男だったが、居並ぶ人の中に見知った葛城族の氏上を目にしたとき、彼は顔色に鋭いものを走らせた。
葛城族の氏上は、とぼけた顔で山門の使人の無言の詰問をやり過ごした。
山門の使人は両目に複雑な色の光を灯して、葛城族の氏上の前を通り過ぎた。
葛城族は山門諸族の中で、斑鳩族、登美族に次ぐ第三位を占める大族だ。祭政では斑鳩族の、軍事では登美族の風下に立つが、族の規模は決して引けを取らない。山門主饒速日も葛城族には一定の配慮を示し、葛城族が本拠を構える山門南方の長柄邑周辺の経略は、彼らの自治に委ねていた。
そのことは、同時に山門南方の守りを委ねられたことでもあったが、葛城族の氏上は、真っ先に天孫族に尻尾を振ったのだ。その節操のなさを右目であざけると同時に、時代の潮流の転回を見逃さない変わり身の早さを左目でうらやんでもいた。
複雑な感情の錯綜を、しかし山門の使人は、狭野姫が座る壇の真下に立った時には、完全に腹の底に沈めていた。
「我等を親心知らずと言うのですか」
開口一番に山門の使人から親不孝を窘められた狭野姫は、目を丸くした。
「一口で申し上げれば、ということでございます」
山門の使人は深々と腰を屈める山門の礼で恐縮の態を表したが、口調はむしろ強気だった。
てっきり降伏の弁を聞いてやるのだと考えていた居並ぶ臣下たちは山門の使人の慇懃無礼に色めき立ったが、狭野姫は冷静さを失わなかった。川内の古老の伝承を聞いていた彼女は、山門の使人の謎かけの答えに興味を持った。
「おそれながら、磐余彦さまにおかれましては、天津彦、つまりは天津神の後裔を称えておられるとか」
「そうです。天孫族の元である日向の高千穂族は、天照から累を重ね、忍穂と千々姫の御子、高天原から降りたもうた天孫の天津彦瓊瓊杵を祖としています」
「ありがたき御名を耳にいたし、天高原の清々しき風に吹かれた心地がいたします。して、天孫を日向の高千穂にお迎えなされたあなた様方は、なんの由をもって、遙々と山門においでなされたか」
天孫族の侵略行為を、山門の使者は緩やかに非難した。
天孫族が山門の大地に居座り続ける限り、侵略者という糾弾を受け続けなければならないことは、狭野姫は理解し、覚悟している。
侵略者といえば、山門主として山門に君臨する饒速日の初代こそ、その先駆者だ。彼は、川内の古老が伝えるとおり、流星にも例えられる速足の舟で山門川を遡り、鵤丘に斑鳩邑を建てた。天孫族も彼らの真秀場の建設にあたり、先人の跡をなぞったのみだ。
それはそう嘯けるとしても、理想郷を建てる族人たちが大地を均し、舎を建てる労務に誇りを持つには、彼らがそこに拠って立つ明確かつ壮大な正統性を与えてやらなければならない。
「我らの祖である天津彦瓊瓊杵の父は天照の子の忍穂であり、母は高皇産霊の子の千々姫です。御稜威なる天子の父母は天孫に勅されました。すなわち、高天原を降り、葦原中国を治めるように、と。我が祖瓊瓊杵は高千穂に天下り、以来、三代に渡って日向を治めました。我が兄の天津彦五瀬に至って、遥か東の豊葦瑞穂原を治めるようにと再び天命が降されました。我ら天孫族が真秀場を求め、ここに渡り至ったのは、この由なのです」
そこに山門があったのは慮外のことで、共存を求めて使人を遣わしたが拒否されたので、天命を果たすために力を用いた制圧を成さねばならなかった。天孫族の都合だけを述べれば、そういうことになる。自分勝手な言い分であることは狭野姫も重々承知だが、彼女としてはそう主張し続けるしかない。
「さてこそ」
高慢ともいえる天孫族の主張に怒るどころか、山門の使人は手を打って喜悦した。
「それでこそ、我らが主があなた様がたをお諌め申し上げるに理ありと知れました」
「我ら天孫が親心を知らぬ、というお教えのことですか」
「いかにも」
「山門主のお言葉を深く知りたいものです」
「ああ、天津磐余彦様におかれましてはご存知遊ばされませぬか。あなた様がたの御祖と、山門主の祖とが血を分けた兄弟であったことを。あなた様がたの御祖の父母と、我が主である山門主饒速日の祖の父母とは、まさに同じく天照と高皇産霊の御子であるのです。あなた様がたの御祖が天孫であるならば、饒速日の祖もまた天孫。ああ、そして天津磐余彦よ、饒速日の祖の火明も葦原中国を治めるよう勅を授かったのです」
口述を終えると、山門の使人は胸を張った。
その話が真実ならば、山門の支配を高天原から命じられたのは饒速日だ。日向の支配を命じられた瓊瓊杵と饒速日の祖の火明とが兄弟なのだとすれば、その兄弟の事業に横槍をいれる天孫族の行為は、確かに親心知らずとなろう。
もちろん、根拠の確かめようのない話だ。だれもその話を立証しようがない。声高に叫んだ者の勝ちなのだ。
伝承は伝承にすぎない。だがその伝承は土地の支配と歴史の正統性を主張する物語だ。土地所有と歴史の正統性を巡って、人は数千年も争う生き物だ。ただの言葉の羅列ではなく、その一言一句を守るため、人は武器を持つ。伝承はそれほどの重みを持つ。
より高次の伝承を語る者が交渉の優位に立つ。
狭野姫の朝庭がざわめいた。ただ一人の山門の使人の語る伝承に、居並ぶ天孫族の重臣が圧迫された。
狭野姫は冷静だ。山門の使人が語った伝承と、天孫族とに伝わる系譜とを頭の中で整理した。その作業を静かに終えると、彼女は明眸を素知らぬ顔の葛城族氏上の太忍に向けた。
川内の古老を狭野姫に引き合わせたのは太忍だ。古老の伝承をあえて聞かせたのであれば、太忍は天孫族に帰服しながら、密かな山門との糸を隠しているおそれがある。
用心しなければならないが、狭野姫は太忍に嫌悪感を覚えない。むしろ、太忍の好意を感じた。葛城族は、山門と天孫族との平和的な共存を仲介しようというのだろう。共存は望むところだが、狭野姫は主導権を掴みたい。天孫族には、その前身の高千穂族において、糸都族や隈襲族との争いに敗れ、筑紫を弾き出された苦い経験がある。
狭野姫の明眸が、次に手研を見た。彼女の心思が手に取るようにわかる年長の甥は、見つめ返す目で頷いた。
「御身の話はよくわかりました。しかし、高天原におわす天照の御子は数多いると聞き及びます。それゆえ、天照の御子には、その璽が授けられているのです。天孫族が授かった天璽はこの八咫の鏡です」
おもむろに右上肢を動かした狭野姫は、その優美さで頭上の宝鏡を指し示した。狭野姫が座る壇の頂で、清らかな鏡面が澄明な輝きをたたえている。天神の日霊を呪力で封じ込めた始祖伝来の宝鏡だ。
「山門主も天璽をお持ちでしょう。ぜひ、拝見いたしたいものです。話の続きはそのあとで」
伝承での劣勢を挽回するには天璽の霊威で圧倒するしかない。
八咫の鏡以上の霊物はない、と狭野姫は信じている。そう信じていながら山門主の天璽の検分を所望した心意には意地の悪さがあるが、狭野姫の清楚な笑顔は邪気を全く感じさせない。山門の使人も、二つ返事で、山門主に伝わる天璽の披露を約束した。
交渉を無事に終えた山門の使人はすみやかに狭野姫の新宮を去った。
この日以来、山門との境を開拓する天孫族を悩ましていた登美族の襲来は止んだ。
斑鳩邑の支配者になっていた登美彦は、上首尾で帰ってきたら使人を褒めた。報告の終りに、使人が眉を険しくしつつ葛城族の裏切りを伝えたが、登美彦の反応は薄かった。
それはそうだ。葛城族を天孫族に走らせたのは、他ならぬ登美彦だ。むろん、唆しただけだが、葛城族の太忍は登美彦の言外の声をよく聴いてくれた。
葛城族にとって、いつまでも斑鳩族と登美族の後塵を拝する山門の祭政は居心地が悪い。新興の天孫族に荷担したほうが族の発展につながる。山門人がまだ気づかないうちに山門を乗っ取った登美彦にとっても、大族の葛城族は扱いにくい。山門と天孫族の間に入れて、双方の緩衝としたほうが互いにやりやすい。
使人は聡い男で、登美彦の薄い反応から主人の心意を察し、胸の奥に薄笑いを浮かべながら退いた。
結局のところ、登美彦にとって、葛城、磯城、畝火山を含めた山門南部はさほど重要ではない。統治が難しく、足枷になりかねない厄介な地域だ。
今代の饒速日が横着にもしでかしたように、剋軸香果実の霊力を使って、人の心を操る幻霧を発生させることは、登美彦は考えていない。果実の妖力に憑りつかれ、人道を踏み外した自覚のある彼だが、どうせ悪人に堕ちるなら、果実の真実の力を見てみたい。人の心を誑かすためだけに、果実は気の遠くなる歳月、大地の霊力を吸いつづけているわけではないはずだ。
そもそも天地は、なにも山門にだけあるわけではない。たたなづく青垣と詠まれる優美な山峰の連なりは、外界から山門を守る父母ではあるが、その両親は山門人を甘やかしてきたともいえる。
あえて言えば、父母たる青垣山は山門人に開拓心を培わせなかった。外界に踏み出す勇気を育てなかった。外界からの来訪者に妄想的な恐怖心を抱かせた。
山門の諸族が天孫族を拒絶したのは恐怖心からだ。
そのこと自体は孔舎衛坂の戦いを招来し、登美彦が山門を乗っ取るための好機になったわけだが、一人の純粋な山門人として同じ世界の人々を眺めると、その蒙昧さにやきもきもする。
青垣山を北に越えると、そこで山門の天地は尽きるが、新たに山背と呼ばれる天地が開ける。
登美彦は登美族の氏上を継承し、安彦から登美彦へ名をかえた頃から、成熟した祭政体のない山背に注目してきた。饒速日の精神を果実の霊力で崩壊させる作業にいそしむかたわら、登美彦は秘かに山背の大地に影響力の種を植え、育ててきた。
饒速日が恐れていた高志族は結果として山門に襲来せず、さらに西の出雲に食指を向けた。
高志族も出雲族も、海を隔てて大真と向き合っている。大真帝国の高度な文化文明を受け入れる窓口を双方で分け合っているのだが、距離的に近い分、出雲の窓口は高志のものより大きく広い。それを妬んだ高志族は、後進の山門の征服は後回しにして、先に出雲を討伐することにした。
高志族の方針転換が山門にとっての幸いになったのだが、登美彦にとってより幸運であったのは、山門と出雲、そして高志の勢力圏に囲まれた山背の広い天地が空白地帯になったことだ。
登美彦は山門の南部を切り捨て、山背を中心にした新しい天地を創造しようとしている。
そのため、山門の中部から北部、登美族や斑鳩族、春日族や和邇族などの諸族を完全に掌握することが、登美彦の事業の第一段階だった。
手っ取り早いのは、饒速日の名を襲名することだが、饒速日の血族でないことはもちろん、斑鳩族ですらない登美彦にその資格は皆無だ。
磯城族の氏上の三男坊だった安彦が登美彦の名を襲名することができたのは、当時まだ正気だった饒速日の一声があったからだ。
山門で至高である饒速日の名を奪うには、より高次元の存在に宣告してもらわなければならない。大真風にいえば、天意を得る必要がある。
天意を得るのは容易ではなく、人為ではどうしようもない。そう考えた登美彦は、天意に代わる別の奇術を用意した。
その種になるのが、美茉姫だ。
美茉姫は、あの粗暴な兄、大彦の血を継いでいることが奇跡としか思えないほど、清らかな美しさを持つ乙女だ。
美しさに冷たさがなく、むしろ野辺の暖かさと明るさがある。
心映えは無邪気で、誰をも愛し、誰からも愛される。自分を親元から連れ去った登美彦にさえ、思いやりで接しようとする。
登美彦に、表向きはさておき、美茉姫への害意は全くない。大彦が娘を案じながらも暴走せずに磯城に留まり、大日が兄の心痛を察しながらも美茉姫の救出より天孫族への対応を優先させたのは、彼らが、彼らの異母弟がそこまでの悪人ではないことを知っていたからだ。登美彦もむろん、自分にすら清らかな笑顔を向けてくれる美茉姫に手を上げるほどの愚か者になり下げるつもりはない。自身の邪さを痛感するほどに、美茉姫には手が出せなかったともいえる。
ただ、利用はする。
登美彦が美茉姫を奇貨として価値を見出したのは、彼女がまだ幼女の頃だ。
山門の御言持がまだ大日であった頃のある日、春日邑の経営を委ねられていた大彦が状況報告のため山門大宮に上ってきた。大彦は美茉姫を伴っており、彼女は愛くるしい笑顔を初めて会う叔父に見せた。
大彦が娘を登美彦のもとへも連れて行ったのは、道を別ったとはいえ、異母弟にも姪を祝福する機会を与えてやろうと考えたからだ。
その頃まだ持頭持であった登美彦の邸は、職務同様に日陰に埋もれた寂し気な舎だったが、日の当たる房がないわけではなかった。
美茉姫がその房に入ると、まるで大宮に射す陽光が集中したかのように、燦燦とした輝きが房からあふれ出た。野辺に咲き誇る花畑の真ん中に座っているような安らぎを、登美彦は感じた。幼女の明るいまなざしは、登美彦をいっとき、安彦だった頃の純朴な心に戻した。
稚日女のような、と登美彦は幻想の花畑の中でそう思った。若く瑞々しい日の女神を、美茉姫の座り姿に見たのである。
巫女としての資質は一級品である。幻想の日溜まりに目は陶然としながらも、登美彦の心眼は値踏みを忘れていなかった。
登美彦の奇術は、このときに着想を得た。
磯城族の百襲姫が昏睡していなければ、美茉姫は間違いなく、次代の磯城の姫巫女として百襲姫から指名を受けていただろう。饒速日の愚策は、ここでも登美彦の有利に働いた。
美茉姫はより清楚に成長し、山門の影の支配者となった登美彦の大きくも虚ろな邸の一房で、今日も大宮中の陽光を独占したような明るさの中で、野辺の花畑のような笑顔を浮かべている。今の登美彦は、あの時ほど素朴に、幻想の日溜まりに目を陶然とさせることはできない。果実の毒気を吸いすぎている。
美茉姫を、天意を告げる巫女に仕立てる。高天原からの天津神の声を、彼女を通じて山門人に告げるのだ。
日が最初の光を放つ澄明な大気の中で、神も人もたまゆらす優艶な神楽を舞い、神を下ろした清楚な巫女の気高い声を、誰が否定し得ようか。
神の依代となった巫女の声は神の声であり、祖霊の祝福だ。その声に名を告げられた者が、饒速日の名を襲名するのである。
巫女の声に名を呼ばれる者は、登美彦ではない。そこにもうひと工夫がある。
「なにやら良いことと、お困りごとがおありのような」
美茉姫に見つめられた登美彦は苦笑した。自分の娘ほどの年齢の少女に、心の中を見透かされたからだ。
山門大宮の登美彦の邸の奥まった房である。庭に面しており、冬だというのに陽光が降り注ぎ、房の中まで明るい。
「姫がこちらに参られてから、大したもてなしもできず、心苦しく思うていた。さぞ手持ちぶさたなことでもあろうと、舞いなど学ばれてはいかがかな」
「舞い、ですか」
美茉姫は無邪気に目を丸めた。
登美彦が手を打つと、人影が入ってきた。陰鬱さをまとった女だった。
「初見であろうが、夜姫という」
感情を押し殺したような声で、登美彦は美茉姫に叔母にあたる女人を引き合わせた。
「美茉でございます」
美茉姫は折り目ただしくお辞儀したが、夜姫は睨むような眼で上目遣いに見ただけだった。
二人の女人の居ずまいは対照的だ。美茉姫の明と夜姫の暗。
かつて、夜姫が陽姫であったとき、その照り輝く清らかさは美茉姫に劣らなかった。だが白霧の呪いに捕らえられた彼女は、その美貌があだとなって饒速日に玩弄され、その忌まわしき記憶を消し去るために果実の霊力を注入して自我を破壊された挙げ句、信頼していた異母兄に凌辱された。もっとも悲惨であるのは、彼女は二人の強姦者の精により産んだ二人の子の存在をも忘れ去っていることだ。もちろん、忘れるべく処置したのは、登美彦こと安彦だ。
しかし本能には大切なものを奪われた認識があるのか、今の夜姫は愛情に執着している。自分が愛すべきは登美彦であり、彼を奪おうとする者は夜姫にとっての敵となる。
美茉姫は、登美彦の愛を奪いかねない存在だ。
もちろん美茉姫にその気は毛頭なく、敵意むき出しの夜姫の険しい視線すら、朗らかな笑顔で受け止めている。
「怯えることはない。美茉姫は汝の敵ではない」
無表情を装ったつもりの登美彦の目に優しさが浮かんだことを見逃さなかった美茉姫は、おや、と思った。登美彦と夜姫は主従の関係にみえたが、深い縁があるようだ、とも推察した。そういえば、敵意を向けてくる夜姫からたゆたう空気に懐かしい匂いがある。
「夜姫さまは、もしや磯城のお人ですか」
春日邑で生まれ育った美茉姫は、磯城に行ったことはない。それでも父である大彦から磯城邑の話は聞かされた。磯城族の父がなにゆえ春日邑の邑宰をしているのかと尋ねると、
「よくわからん。まぁ、成り行きというやつだろう」
と、父は豪放に笑い飛ばすだけだった。だから美茉姫にとって、磯城は、どこか不思議な世界のように思えた。その不思議さが、夜姫から吹いてくる。
「夜姫は神楽をよくする。美茉姫には夜姫から神楽を学んでいただきたい」
美茉姫の問いかけを無視した登美彦は、言霊を空気に刻印するような強い口調で、美茉姫の行動を確定した。
「ただ日々の慰みに、神楽を学ぶのですか」
愛嬌よく小首を傾げながら、美茉姫は登美彦の秘された心奥を読み取ろうと試みた。
少女だが小娘ではない、と認識している登美彦は、事実だけは伝えておくべきだ、と考えた。
「実は、姫にやってもらいたいことがある」
「と、申されますと」
登美彦は彼女の輝く瞳が苦手である。かつて自分を慕ってきた明るい眼差しの思い出が心に刺さるからだ。
「天神地祇、斑鳩族の祖御霊、そして山門諸族の祖魂の神託を請う大祭を執り行う。姫には、神々の依代となる巫女を務めてもらいたい」
「神楽をよくなされるという、そちらの夜姫さまでなく、わたくしがですか」
美茉姫は喉を鳴らすように笑った。登美彦のまわりくどさが可笑しかったのだ。
「この者では、依代にはなれぬ」
真面目顔で登美彦は返した。
かつて磯城の陽姫であった頃、伯母にあたる今代の百襲姫から手解きをうけており、巫女としての術は修めている。ただ習得しただけでなく、優れた資質を開花させた。磯城がその頃のままの穏やかさであったなら、陽姫は次代の百襲姫として、向こう三十年、磯城の祖霊は祀りを楽しめただろう。
しかし、陽姫は汚れてしまった。
百襲姫に継ぐには、生娘である必要はないが、清らかでなくてはならない。
陽姫を最初に汚したのは饒速日であり、夜姫に変えたのは登美彦だ。異母兄として饒速日への復讐は済ませたが、さて自分への復讐はどうしたものかと思い詰めることがある。
依代になれぬ身に堕としたのはお前ではないか。そう詰る資格のある夜姫の自我は、もうとうに破壊されている。それでも、心奥に残った自我の欠片は登美彦に唾を吐きかけたかもしれないが、夜姫の表情にその波紋は浮かび上がってこなかった。敵意の色は薄れたが、不信を灯した目で美茉姫を見つめ続けている。その非友好的な眼差しの奥に、なにか純粋な結晶が隠されているような気がした美茉姫は、夜姫に興味を抱いた。その純粋な結晶のようなものが耐え難い哀しみの結実であることまでは、人生経験の乏しい美茉姫には見通せなかったが、夜姫から神楽を学ぶことは肯んじた。
美茉姫の心の推移を正確に読み取った自信のない登美彦は、この聡い少女が思惑通りに巫女を務めてくれるか、と案じた。
神楽は、ただ舞えばよいというものではない。目に見えぬ天神地祇はともかく、本当に陶酔させなければならない山門の諸族の心魂をとろかすには、美茉姫に、恍惚状態にまで精神を高めてもらわなければならない。美茉姫が、登美彦のためにそこまでやれぬ、というならば、不本意ながら果実の妖力を用いなければならない。幸いにもいくつかの人体実験により、どれだけの量を注ぎこめば廃人になるのか、という知識がある。陽姫のような失敗はしない。
登美彦は房に美茉姫と夜姫とを残して立ち去った。登美彦に命じられた以上、夜姫は美茉姫へのわだかまりを棄てて、神楽の術の伝授に尽力するだろう。哀れなほどに、夜姫は登美彦に従順だ。
美茉姫から遠ざかると、邸内を斜めによぎる陰が目についた。別の一房に入ると、そこで待っていた人物が登美彦に顔を向けた。
山門随一の実力者となった登美彦に無遠慮な顔を見せたのは、吉備彦だった。
表向き、吉備彦は登美彦の嫡男ということになっているが、実際は饒速日の精を受け、陽姫の腹から産まれた。その秘された事実を知る者は、登美彦ただ一人となった。饒速日はこの世に存在せず、陽姫は夜姫へと変じて我が子の記憶を失った。
真実を悟っているわけではないが、吉備彦は、登美彦をまさしく父であると素直に信じるにはすっきりとしない違和感を、父との距離に感じていた。
登美彦が悪父である、ということではない。吉備彦に登美彦なりの愛情を向けてくれるが、吉備彦からの愛情は拒絶する雰囲気があった。愛されながら疎まれている。そんな自覚が吉備彦にはあった。
「よくやってくれた」
登美彦は吉備彦の前の胡床に座った。吉備彦は床の席である。まだ若いが、彼は有能な指揮官として成長している。
この房は登美彦の執務室だ。柱の間隔の広い八田間の大室である。
吉備彦の何を褒めたかといえば、登美族の騎兵を指揮して、天孫族との境界を荒らしたことだ。神出鬼没の登美族を恐れて、天孫族は勢力圏を北に伸ばそうとしなかった。その天孫族の躊躇に、登美彦が奇術をすり込む隙間が生まれた。
登美彦は一言褒めたきり、しばらく顔を横に向けて、牖から差し込む日光を眩しげに見つめていた。光と影が織りなす明暗を見つめていた。父の心の内がわからない吉備彦は、父が日の光に名残惜しさを感じていることを察することはできなかった。
父子の間にあるまじき沈黙に耐え切れなくなったころ、ようやく登美彦は顔を吉備彦に戻した。
「登美邑に戻りなさい。族人とともに、汝もゆっくりと休むがよい」
それだけ命じた登美彦は、為政者の顔つきになった。
父子の時間は終わったということだ。
吉備彦は立ち上がり、後ろで順番を待っている者に席を譲った。
次々に席については立ち去っていく臣下たちに、登美彦は矢継ぎ早な指示を与えた。中には席に座る暇もない者もいた。
山門の諸族を統制し、山門の神々を祀り、山門の人民の生活を安定させることの他に、登美彦が取り組む事業が二つあった。
一つは、前例のない巨大な墳丘を造ることだ。
それは今代の饒速日が生前から起こしていた事業だが、それを引き継いだ形の登美彦は、その規模をより巨大にした。
氏上は、その族の規模の大小に関わらず、御簾の向こうや宮の奥に籠って、人目に触れぬ隠身となり、死ねば崩って祖霊と一体となって、遺体は山に横穴なり竪穴を掘って冢とする。山それ自体を墳墓とするわけで、山門には氏上の終の棲家となる山に事欠かなかったが、饒速日は山門主の無双の威勢を示すため、山そのものを造ろうとした。その気宇の大きさは累代の饒速日を確かに超えるものだったが、陋劣な手段を用いたことで、彼は最後を見苦しくした。
饒速日の企望を引き継いだ登美彦は、そこに改変を加えた。墳墓を、ただの墳墓とせず、天神地祇と祖霊を祀り、神々を降ろすための神聖なる儀場に仕立てようとした。
参集する人々の肝を抜く巨大壮麗さと、天女のごとき清楚な巫女の舞いとに陶酔しない者はなく、催眠状態におかれた素朴な人々が、巫女の紡ぐ神の言葉と祖霊の祝福とを狐疑するはずはない。もしも醒めた知恵者がいたとしても、彼は酔った人々の同調圧力に屈することになるだろう。
墳墓というより墳丘というべき規模の巨大埋葬兼祭壇施設は、登美彦の計画の根幹事業だ。
もうひとつの事業は、天孫族との講和である。降服や恭順ではなく、対等の立場で、孔舎衛坂以来の血生臭い関係を水に流したい。都合よく話を進めるには、山門側の全責任を饒速日に取ってもらうのがよいが、山門主を通じて天神地祇と祖霊に祭祀を捧げている山門人の信心を、たとえそれが饒速日の陋劣な呪術によるものであったとしても、無下にはできない。そこに工夫が必要で、登美彦は天孫族に使人を遣わすことによって、すでにその初手を打ち終えている。
磐余彦狭野姫に、山門の創始者が高天原から降臨した火明であり、尊貴さにおいて天孫と同等であるとする伝承の存在は認めさせた。その伝承を裏付ける物証、天璽の呈示を求められている。
天孫族に伝わる天璽である八咫の宝鏡に匹敵する神宝が、斑鳩族にも伝わっている。
それは饒速日の宮居の神庫にあった。
斑鳩族では十種の神宝と呼ばれているそれらの天璽は、その名のとおり十種類あるが、登美彦の鑑定では、それほどの神秘を備えた代物とはみえなかった。
かつては溢れるばかりの霊力に満ちていたかもしれないが、いまはその御稜威なる霊力を感じとれない。だからこそ今代の饒速日は神宝に頼らず、果実の妖力を求めたのだ。
十種の神宝の秘された霊力を発動させる言霊が口伝されているのかもしれないが、今はもう失われている。どちらにしろ、登美彦は天璽として十種の神宝を呈示するほかなく、それを天璽と認めるかどうかは、結局、そう主張する声に力があるかどうか、ということになる。
使人に運ばせる言葉に力を添えるため、登美彦はもう一つの荷物を用意した。
一夜の雪が去ったあとの空は、凍雲が垂れ込めているが、大気は澄明だった。
荷物を背負った人々の足跡が、斑鳩から橿原に向けて白い地に穿たれていく。
白い息を吐く登美彦からの使人は、彼の従者たちが背負う荷物に目を向けた。一つだけ異様な雰囲気を漂わせる木箱がある。その中身を背負う従者は知らないが、使人は知っている。冬の寒さだけではない悪寒に身を震わせた使人は、早く役目を終えて自分の邑に帰りたいと思った。彼は今回の役目を首尾良く終わらせれば、自邑において高い位に就くことが約束されている。
視界に、雪を乗せた樫や楡の林が見えてきた。そこに建てられた宮こそ、天孫族の磐余彦狭野姫の橿原宮だ。使人が以前に訪れたときは、まだ槌音が残っていたが、今は雪と静かさの下に佇んでいる。
新造の邑に入ると、やはり新しいだけあって、雪の中でも活気があった。行き交う邑人の顔が明るい。春の到来を知っている顔だ。
良い邑だな、と使人は素直にうらやんだ。
天孫の朝庭の高御座に座る狭野姫の壇下に跪いた使人は、狭野姫から降り注ぐ光量が一月前とは格段に異なっていることに、心中で驚愕した。明度と温度が増している。使人の主である登美彦は、天孫族と対等の立場で山門に並立し
ようと目論んでいるが、いずれはこの光に照らされることになろうだろう、と予感した。自邑に戻り、その日が来ることを心待ちにする自分の姿が想像できる。
「天璽をお持ちになられたのですね」
聞くだけで心が浮き立つような狭野姫の声だ。うっかり本音を吐露せぬよう心を強ばらせた使人は、従者に命じて、運んできた木箱を壇下に並べた。高天原が山門主に授けた天璽が納められた木箱ということで、朝庭に運び込む前の検閲はなされなかったが、狭野姫の前で木箱を開くには、さすがに許可が必要だった。
居並ぶ天孫族の大夫の中で首座にいる手研の指示で、役人が二人ずつ木箱に付いた。手研の合図で木箱の蓋が開かれ、納められていたものが取り出された。まず、豪華な文様の繍が布かれ、その上に、十種の神宝が並べられた。
「これが山門主に伝えられし天璽、瑞宝十種でございます。どうぞ、ご覧くださいませ」
山門の使い人は、繍の後ろにさがって跪いた。
十種の神宝は、鏡が二枚、剣が一振り、玉四箇、比礼3枚である。比礼は、女性が首にかける装飾布だ。
瑞宝十種と恭しく山門の使人が称した品々を、狭野姫はしげしげと眺めた。たしかにどの品も一級品とみえるが、特段の霊威は感じない。期せずして、登美彦と同じ感想を抱いた狭野姫は、手研に目をやった。
手研は目でうなずいた。打合せ通りに、ということだ。
「我らが御祖と山門主の御祖とが高天原の兄弟であるという証の天璽、確かにお示しいただきました。天孫と山門が兄弟であるならば、天璽もまた兄弟。久方ぶりの再会を引き離すのも憐れと思い致せば、しばらく我が宮で預かっておきたいと思いますが、いかがですか」
体よく山門主の天璽を奪ったしまおうというわけだ。そのような詐取行為を狭野姫は嫌ったが、天孫族の宝鏡が日霊の霊力を宿しているように、山門主の天璽にも何らかの霊力が秘められているのなら、将来の禍根となるおそれがある。天孫族の未来について実質的な責任を持つ立場の手研としては、十種の神宝をこの宮に留めおくよう主張するのは当然だった。
結局、山門が天孫族の脅威とならないことを見定めた後に必ず返却するという条件で、狭野姫は手研からの上奏に首肯した。
「御心のままに」
山門の使人は額づいて、狭野姫からの提案をあっさり受入れた。主の登美彦からは、天孫族との対等の講和が成るのであれば、がらくたなど置き捨てても良いと言いつけられている。
「それで、もう一つの木箱には何が入っているのですか」
使人の従者が両手に持ったままの木箱を、狭野姫は視線で指した。
それは他の物に比べて小ぶりな木箱で、天孫の役人が他の木箱と同時に蓋を開けようと近づいた際、静かに拒否されていた。
「これは磐余彦様のお目に触れさせるのも汚らわしいものではございますが、我が主、山門主が是非ともお捧げせよ、と吾に持たせた代物にございます」
山門主からの献上物である、と使人は言明した。山門主饒速日はもはやこの世にいないが、それを知る者はごくわずかだ。
「まずは瑞宝十種を箱に戻してよろしゅうございますか。穢れが天璽に触れてはいけませぬので」
「では、そのように」
山門の使人は従者に瑞宝十種を木箱に戻させ、すっきりとした壇下に足付きの折敷を一つ、置いた。
その上に置かれたのは、なんと人の首であった。
焼けただれ、相当に傷んだ生首である。
朝庭は凍り付いたのち、騒然となった。
天孫族も山門の諸族も、死の穢れを嫌う。人の生首は、穢れそのものだ。
悲鳴をあげ、怒声をあげる者もいたが、沈着な手研は表情を険しくしつつも、殺気立った朝庭を鎮めた。
「どなたの御首ですか」
狭野姫には、首だけになった者への憐みがある。
「磐余彦様を悩まし奉った登美の長髄彦の首でございます」
登美族を煽り、騎兵をもって天孫族を襲った首謀者が長髄彦である、と山門の使人は説明を添えた。
「経緯を述べよ」
叱声に近い険しさで、手研は使人に回答を迫った。冷静さを失っていないが、狭野姫に穢れを見せつけた山門の行為は許しがたい。返答次第では、使人の首も山門大宮に運ばれることになるだろう。
「はい、もちろんでございます。長髄彦は持て余し者でございました」
平然とした顔で、使人は話し始めた。登美の長髄彦は、孔舎衛坂の戦いで親族を天孫族に討たれたことを恨み、山門主の制止を振り払って、勝手自儘に天孫族の集落を襲った。磐余彦が天璽を示し、高天原から山門の共同統治を正統に命じられた天孫であることを知っても、長髄彦は山門主の説諭を聞こうとしなかった。やむなく山門主饒速日は長髄彦を討ち、長髄彦の狼藉を詫びるとともに、天孫族に対して害意を持たない証拠として、その首を差し出したのだ。
「ずいぶんと傷んでいますね」
焼け焦げているといったほうがいい。それが誰の首であるかを判別しようがないほどに崩れている。肉親であっても目を背けるだろうその生首を、狭野姫は眸に哀しみを湛えつつ、直視した。その行為に、彼女の憐憫の情が溢れている。ここでも感動を覚えた使人は、動揺を悟られないよう顔を伏せた。
ところで、使人の言う長髄彦という名は、登美族やそこから分かれた春日族の男を指す俗称だ。馬に乗るための膝当てが足を長く見せるためにそう呼ばれており、固有名称ではない。それらの事情を狭野姫が知らなかったわけではないが、彼女は山門の申し出を受け入れた。
山門との講和は結ばれ、天孫族の新天地開拓の戦いの季は終わった。これからは、山門の諸族とともにお互いの真秀場を建設するための協調の季となる。
季節は変わる。
冬の次には春が来ることを今更ながらに知った登美彦は、冬の凍て空の下に隆々と積み上げられた墳丘を見上げた。
ただ土を積んだだけではなく、表面を白砂で覆っている。その白さが、冬の弱い日差しの下でも煌々とした光を放っている。
饒速日が着手した墳丘は円墳だ。その規模こそ目を見張る大きさだが、その形は特段、奇抜なものではない。
登美彦は、円墳の前方に長方形の壇を築き、双方を中央がくぼんだ土橋で結んだ。
南に面した壇は巫女が神楽を舞う舞台であり、巫女が神を降ろす祭壇でもある。
登美彦は、この巨大な墳丘墓を、饒速日の名を継承させる宗教的舞台装置に仕上げた。
黄昏時、墳丘墓の周りに山門の諸族族を集めるだけ集める。その衆目の中で、次代に名を継ぐ者が崩った饒速日の亡骸を円墳に納める。その中で一夜を過ごし、先代饒速日に宿っていた祖霊が、呪いを秘めた鏡を霊媒にして、次代に映る。群衆には酒肉を振舞って、夜を明かしてもらう。
夜明け前、かがり火を焚いた祭壇で、巫女が妖艶な神楽を舞って神々と参集した人々の目と心を酔わせる。
最初の光が射し、その輝きの中で、祖霊を我が身に映しかえた次代の饒速日が舞台上に登場し、巫女が新しい山門主の誕生を宣告する。巫女の声は天神地祇の意思であり、山門の祖霊の祝福だ。妖艶な神楽と、壮大な墳丘墓と、輝く朝日に酔いしれた群衆は、異口同音に新しい山門主饒速日の誕生を祝い、誉め称えることだろう。
登美彦が描く襲名の筋書きはそういったものだ。
巨大墳丘墓を満足ゆくまで観賞してから、登美彦は踵を返して、山門大宮に戻った。自邸ではなく斑鳩宮の門を通り、勝手知ったる宮内を進んで、幽光のしたたる房に入った。
何もない房だ。
真ん中に胡床が置かれており、儚げな姿の人が座っていた。
「準備は整いました。真手様」
真手と呼んだ人の前で、登美彦は丁寧な礼を捧げた。
人知れず饒速日の首を切った斑鳩宮で、登美彦がはばからねばならない人はいないはずだが、真手は違った。
だが、登美彦がどれほど恭しい礼を捧げても、真手は無言である。土気色の顔は、確かに息づいてはいるのだが、生気は乏しかった。
登美彦が凶行に及んで以来、山門の朝庭の御簾の後ろに座っていたのは、真手である。諸族の大夫たちは、御簾の向こうに饒速日が座っているものと信じていたが、その饒速日の急な崩御を登美彦から聞かされ、驚愕した。
真手は気だるげに立ち上がり、老人のような足取りで、僅かに開けられた蔀戸に歩み寄った。そこから漏れる光に目を細めた。まるで、幽光の向こうに広がる生き物の世界を羨むように。
人、であるように見える。よほど呪能に優れた者でなければ、まさかそれが土人形であるとは看破できまい。御簾の向こうに座り、黄昏や黎明の遠目に現れるだけであれば、誰もが、それを人と認識するだろう。
背格好と容姿は、若き日の饒速日に似せてある。
登美彦は、かつて武埴の安彦という異名をとった己の呪術に満足した。
間もなく自分の時代が到来することを、登美彦は信じて疑わなかった。
天孫族と山門との講和が成立した。だがそれは、安息の日が約束されたわけではない。
山門の大地に隆起した巨大墳丘墓での大祭の準備が進むなか、斑鳩宮の地下深くでは、次なる大戦の序曲が始まろうとしている。




