表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そらみつ!~鏡と呪いの物語~  作者: 三星尚太郎
23/35

山門編-失われた天地の章(23)-真秀場(3)ー


<これまでのあらすじ>


 光と命が豊かな豊秋島(とよあきしま)。 そこには天地(あめつち)の八百万の神々と、呪 (まじな) いと鏡の力を駆使する人々とが暮らしていた。


 輪熊座の俳優(わざをき) の御統は、座長の輪熊に育てられながら、黒衣の美少女豊と、山門の御言持(みこともち)の嫡男、春日族の入彦に出会う。


 山門やまとでは神祝(かみほ) ぎの馳射はやあて誓約うけひの鏡猟が催され、御統と豊は、持ち前の無謀さと呪能とで、春日族の勝利と混乱を招く。このとき、天孫族の大軍が山門に向かっていた。


 かつて、大彦、大日、安彦、陽姫の磯城族の四兄弟妹は、災いの果実とされる剋軸香果実ときじくのかぐのこのみを、斑鳩族の饒速日にぎはやひに手渡していた。安彦は果実の魔力に取り憑かれる。


 山門の御言持の大日率いる山門諸族は、孔舎衛坂で天孫族を打ち破る。しかし凱旋した大日は、登美族の登美彦として山門の持傾頭きさりもちとなっていた安彦に政変を起こされ、山門を逐われる。


 登美彦の追討から逃れた大日、入彦、御統、豊たちは、山門と敵対関係であったはずの磯城族の邑へ向かう。ここで入彦は、自分が磯城族の氏上の血を引いていることを知り、指導者として成長していく。


 大日は昔日を回想し、饒速日にただ一人立ち向かっていたのは、今は登美彦と名のる安彦であったと気づく。安彦は山門を取り戻すため、妹を凌辱した饒速日に復讐するため、そして果実の魔力を得るため、登美族を手中とし、計画をすすめてゆく。


 筑紫の日向ひむかの五瀬は、豊葦瑞穂原とよあしのみずほのはらを目指し、天津彦あまつひこを名乗って一族と共に故郷を旅立つ。天孫族は海の回廊を渡り、彼らの真秀場まほろばを目前にする地に上陸するも、五瀬は山門諸族を率いた大日の前に敗れ、志半ばで斃れる。


 厳しい選択を迫られた天孫族を五瀬の妹、狭野姫が鼓舞する。彼女を新しい天津彦と認める天孫族を率いて、狭野姫は新たに豊葦瑞穂原を目指す。



 ≪是非ご一読ください。よろしければ、ご感想、ご評価をお願いします!≫



<人物紹介>


 御統みすまる

 俳優わざおきの少年。輪熊座の有望株。軽業かるわざ戯馬たぶれうまの腕前は抜群。


 輪熊わくま

 旅芸人一座、輪熊座の親方。山賊のような風貌で、胸に三日月型の傷痕がある。芸と儲けにはがめついが、面倒見はよい。


 靫翁うつぼのおきな

 輪熊座の座員。輪熊とは古い付き合い。老人だが肉体は強靭で、強い矢を放つ。


 鹿高しかたか

 妙齢の女性。美形だが口と態度は悪い。女性座員の頭領格で、年端のいかない者には分けへだてなく優しい。


 とよ

 夜色の黒衣の美少女。優れた言霊の術を使う。隠された企図を果たすため、大日に近づこうとする。


 大日おおひ

 山門の御言持にして春日族の氏上このかみ。貴人中の貴人だが、輪熊、鹿高、靭翁に一目置いている。清々しい人柄だが、少し好色。


 大彦おおひこ

 大日の兄。輪熊たちとも古なじみ。鹿高に一方的に好意を抱いている。豪快な人柄。


 入彦いりひこ

 大日の嫡男。豊からの第一印象は、好きになれそうにない人物。輪熊座関係者をどこか見下している。


 美茉姫みまつひめ

 大彦の娘で、入彦の言い名づけ。元気で小気味よくおしゃべりで少しおませな少女。


 石飛いわたか

 春日族の青年。優れた騎手のりて。入彦を慕っている。


 石火いわほ

 石飛の父。大日の信頼厚い春日族の重臣。


 登美彦とみひこ

 山門主やまとぬしの秘書官ともいうべき持傾頭にして、登美族の氏上。大日を敵視している。若き日の名は安彦。


 吉備彦きびひこ

 登美彦の嫡男。父親に似ず明朗快活な性格。優れた騎手。


 夜姫やひめ

 呪能に秀でた祝部はふりべの長。登美彦に心酔している。若き日の名は陽姫。


 御名方みなかた

 登美彦と共に秘かな企みを進める。出雲族出身。


 五百箇いおつ

 磯城四兄弟妹の友人。優れた鍛冶の腕を持つ渡来人の子。


 狭野姫さのひめ

 天孫族の若く美しい指導者。男勝りで、日子ひこと呼ばぬ者には容赦ない。


 五瀬いつせ

 狭野姫の実兄。天津彦を名乗り、天孫族を率いて旅立つ。


 手研たぎし

 五瀬の実子。年下の叔母となる狭野姫を献身的に支える。


 珍彦うずひこ

 元は筑紫の漁民。天孫族の壮挙を知り、その先導役を買って出る。狭野姫のお目付け役。

 狭野姫は名草邑から現れた矛の群を、胸を反らし、堂々と真正面で待ち受けた。夏の晴れた朝で、山や野は緑が沸き立つようだった。


 矛の数は百というところで、多数ではないが、天孫族には充分に脅威だった。なにしろ、天孫族には大刀や剣があるばかりで、矛は一本も所持していない。しかしそれでも恐れる気配を全く見せず、狭野姫は枝振りの良い樹木のように屹立していた。


「大熊様の神妻みづまを返してもらおう」


 矛の群が二つに分かれ、司霊たまのつかさの出で立ちをした名草戸畔なくさとべが尊大な声を揚げた。


「人にものを請うには、請い方がございましょう」


 狭野姫は戸畔の非礼を指摘した。


「遠き(しま)から流れてきた狗人(いぬひと)どもの魁帥(ひとごのかみ)めが、人並みの口を利くでないわ」


 怨毒を吐き散らすようにして、戸畔は罵った。


「この女の首を目の前で叩き落としてやれば、思い出すこともあるか」


 血走った目で戸畔が命じると、一人の女が狭野姫の前に投げ出された。


 あの母親だ。衣服は無残に破られ、体中が赤紫色に腫れ上がっている。手足は、折られているであろう。酷い折檻を受けたことは瞭然だ。


 戸畔は口腔の奥から黒い舌が見えそうな醜悪な顔をしているが、狭野姫は泰然自若としている。その様が、気高く見えた。


「我らは天孫。高天原(たかまがはら)の眷属なり。我らが崇めるのは、ただ日輪。大熊などは知らぬ。知らぬものの妻などなお知らぬ。無用の嫌疑は日輪の怒りを招こうぞ」


 小気味よく、狭野姫は啖呵を切った。


 狭野姫の声威と迫力に、戸畔は怯んだ。その怯みが恥辱となり、配下の手前、首長としての権威を守るには暴力に訴えるしかなかった。


「盗人どもの魁帥を突き殺せ」


 戸畔の怒声に従った百人が矛を狭野姫に向けた。


 盗賊の頭目と蔑まされた狭野姫は、かえってその罵詈を名草戸畔に映し返すような鏡面の凜々しさで百の矛に立ち向かった。その清楚な迫力に戸畔の軍士(いくさびと)はたじろいだ。


 狭野姫は腰に提げていた真金まがねの鏡をおもむろに取り出し、朝日にかざした。


 真金の鏡は父母に授けられた高千穂族の宝鏡だ。微塵の曇りもなく磨きあげられた鏡面は旭光を一点に凝縮し、そして放出した。名草戸畔と百の軍士の網膜は、眩しさに白く焼かれた。


 視力を取り戻したとき、百の軍士の喉元は、天孫族の剣刃に迫られていた。


 長柄の武器は、懐にもぐり込まれると弱い。狭野姫の合図一つで、百の屍が横たわることになる。名草戸畔の軍士は、急速に戦意を喪失し、矛を投げ出す者もいた。


「名草戸畔よ、なれこそ盗んだものを返しなさい。名草邑を名草の人々の手に戻すのです。さもなくば、大熊の小幸を授かろうとも、日輪の大罰を受けることになりましょう」


 人品において戸畔を上回った手応えを得た狭野姫は、崇拝の対象においても優劣を確定させた。


 小娘に等しい流浪の族の頭目に位負けしたばかりか、信仰対象をも下位に貶められた名草戸畔は、黒煙が立つほどに歯をきしませた。戸畔の喉の奥からのうなり声が、禍々しい音律に整えられていく。


 名草戸畔が呪言を紡いでいることに気づいた狭野姫は、天孫族を急いでさがらせ、自分も数歩、後退した。


 闇色の鏡が、赤黒い光を放ちながら、戸畔の頭上に浮上した。鏡面が波打ち、盛り上がった。おぞましい霊力がほとばしろうとしている。


 退避が遅れた戸畔の軍士が、闇色の鏡から出現した大熊の咆吼に吹き飛ばされた。


 大熊は凶暴な前足を振り上げて、狭野姫に襲いかかった。


日霊ひるめ!」


 狭野姫が命じると、彼女の真金の鏡から光の奔流と共に八咫烏やたがらすが飛び出した。日神の使いである白い神鳥だ。


 日霊は強靱な足爪で大熊の前足を迎え撃った。だが、不意を衝かれただけ、動作が一瞬遅かった。


 白羽が激しく散った。日霊は大熊に痛烈に殴打されたが、その衝撃に狭野姫が巻き込まれることは避けられた。


 大熊は再び前足を振り上げたが、次は日霊が速かった。両翼を大きく開いてから、強く羽ばたく。無数の白羽が鋭利な矢となって大熊に降り注ぐ。大熊はひるみ、そこを日霊が足爪で痛烈に打った。大熊の姿は粒子となって飛び散り、名草戸畔の頭上に浮いた闇色の鏡が微塵に砕けて、戸畔の顔面に降り注いで切り裂いた。


 闇色の鏡から出現した大熊は強い力を持っていたが、所詮は八剣山の大熊の霊力を写し取っただけの複写であり、神鳥の霊魂そのものである日霊の霊力には敵わなかった。とはいえ、名草戸畔の呪力はあなどれず、日霊は深い傷を負って、弱々しい光で真金の鏡に戻った。


 顔面を押さえてうずくまっていた名草戸畔が首をもたげた。血みどろの顔面だ。額や頬に開いた赤黒い傷口から、毒気が立ち上るような形相である。


「おのれ」


 悍ましいうなり声は、しかし今度は呪言を紡がなかった。闇色の鏡が破砕された以上、名草戸畔には憎らしい小娘を打ち据える術がなかった。


 結局、戸畔は百の軍士と共にむらに退却した。


 ところが、邑の門は固く閉ざされたままだった。積年虐げられてきた名草族の人々は、戸畔が丹敷にしき族から派遣された軍士の全員を率いて邑をでたこの機会を捉えて、反抗の意思を明確に示したのだ。


 名草族にその決断をさせたのは、狭野姫の輝く姿だ。


 名草族はもともと、山々よりも高く昇る日輪を崇めていた。真金の鏡で旭光を放出する狭野姫の姿は、日輪そのものであった。邑の土塁の上からその光景を見ていた彼らの同じ目は、族の氏上の娘を逃がした母に惨い暴力をふるった戸畔の残酷さも見ている。


 戸畔は、軍士と共にいずこかへと去って行った。


 圧制者を追い出した名草族は、邑の門を広々と開けて、解放者を迎え入れた。


 狭野姫を先頭にした天孫族は歓声に迎えられたが、小さな悲しみの声が、人々の歓喜を静めた。


 狭野姫に庇護された童女の母親が亡くなったのである。しかし母親は、名草戸畔の非道さから娘を救ったのだ。


 母親は童女にこれからの人生の訓戒を与え、産まれてきてくれたことへの感謝を述べたあと、狭野姫に娘の後事を託してからった。母親は最後に、娘の名を狭野姫に伝えた。

童女の名は、年魚(あゆ)という。名草邑の背面せともの山々の裾を洗う川にむ鮎のように肌の美しい娘であった。


 哀傷はあったが、ともかくも天孫族は歓待され、久しぶりに屋根の下で休むことができた。しかし狭野姫と手研、珍彦は一晩休んだだけで、翌朝早くには愁眉を見せ合った。


 圧制者を追い出したのは一時のことに過ぎない。名草戸畔が丹敷族の首長に訴え、本族の支援を得て報復に来ることは明らかだ。天孫族は疲弊しているし、名草族で武器を持てるのは、老弱しかいない。壮年の男達は山門に取られたままなのだ。


 対策を練れていないうちに、遠霞の中から怨毒のような敵意が押し寄せてきた。


 狭野姫は当然知らないことだが、辺地にあるとはいえ、丹敷族はそれなりの規模を持った集団だった。海と山に囲まれ、室と呼ばれた野原を支配する丹敷族は、神邑(みわむら)を首邑にして、小族を組み込む形で衛星的に邑々を影響下に置いた。大邑は神邑と南方の海へ出る(みなと)を持つ荒坂邑である。名草戸畔から名草族の謀反の知らせを受けた丹敷族は、その二つの邑から多数の軍士を駆り出した。


 天孫族が解放した名草邑は、二方向から迫られた。


 邑を囲もうとする丹敷族の軍士は千を超えている。囲まれてしまえば、邑に籠もる者は枯死するしかない。


 丹敷族の統制のとれた動きを見た手研は、決断した。包囲陣が完成する前に、数人の護衛を付けて、狭野姫を邑から脱出させた。当然、狭野姫は激しく抵抗したが、


「天津彦の遺志をここで途切れさせるおつもりか」


 と切言されると、絹のような白肌でそこだけが赤い唇を震わせ、手研の指示に従った。


 珍彦は同行してくれるものだと思っていたが、彼も狭野姫を見送る側にいた。狭野姫はひとまず山へ逃れるが、海であれば水先案内を務められる珍彦も山では役に立てず、かえって足手まといになりかねない。邑に残って少しでも狭野姫が逃れる時間を稼ぎたい。それが珍彦の忠心の表現だった。


 邑の裏門から狭野姫一行は忍び出たが、野原をいくらも走らないうちに丹敷族に発見された。数十人の軍士が追いすがり、獣を狩るようにして矢を浴びせかけた。狭野姫の真金の鏡に封じられた日霊は、深い傷を負って眠っている。山に逃げ込むまでに、狭野姫は護衛の全てを失った。


 狭野姫は山中をさまよった。山の林藪の中に逃げ込んだ人物が天孫族の首長とは知らなかった丹敷族の軍士は、山裾の茂みを少し探索しただけで深追いせず、邑の包囲陣へ戻っていった。


 逃げ切ったという安堵感は、狭野姫にない。むしろ、より追い込まれたような不安感に苛まれた。何しろここは、丹敷族が神奈備山として崇める八剣山なのである。草木一本にいたるまで長年に渡って丹敷族の祭祀を受け、岩々草々に宿る精霊のすべてが白い目を向けてくるような息苦しさが狭野姫にはあった。


 何より、一人きりになるという体験が、これまでの狭野姫の生活にはなかった。高千穂族の姫として、天津彦の妹として生きてきたこれまでの日々では、必ず誰かが彼女の側にいた。建御子たけるみこに憧れ、游侠おとこだてを気取り、一人で生きていけると強がったこともあるが、いざ本当の自由の中に放り出されると、押しつぶされそうな不安に追いかけられるような思いがした。狭野姫は丹敷族にではなく、孤独に追われていた。


 八剣山の深い樹林の中を彷徨い歩く。


 手研は丹敷族の包囲から逃がしてくれたが、いま思えば恨めしい。仕える者を失い一人になった狭野姫は、八剣の大熊の神妻とされる童女と何ら違いはない。一人で生き抜くことはできず、やがて飢えて死ぬか、獣に襲われるかだ。どうせ死ぬのなら、天孫族の皆と一緒が良かった。手研としては、狭野姫に日輪の霊異を見た以上、妙なるくしびが彼女を導くはずであると信じてのことだったが、手研の信心から生じた誠情に思い至る余裕は今の狭野姫にはない。


 山中の日暮れは早い。あっという間に、狭野姫は夜の闇に呑まれた。視界が閉ざされる前に岩室いわむろを見つけていたのは、手研の信じる妙霊の導きであったのかもしれない。


 岩壁に背中を預けて狭野姫は座り込んだ。星明かりが辛うじて木立の頂を夜に浮かばせている。


 静かであった。獣の声と、風の行く音だけが聞こえる。騒がしいのは、狭野姫の胸の内だけだった。


 天孫族の状況は分からない。名草邑がどの方角にあるのかさえ見当がつかない。


 空腹で、喉も渇いた。疲労もある。しかし、見上げる夜空にさんざめく数々の星宿は美しい。その美しさに、胸の内のざわめきが一つずつ吸い上げられていった。いつしか胸の内が真空になり、そこに星の美しさだけが満ちた。目を閉じても、瞼の裏に星の輝きは残った。


 翌朝、山中は濃い霧に覆われた。自分の手も見えないような白い世界を、狭野姫は確固とした足取りで歩いた。


 谷に落ちるなら、落ちれば良い。狭野姫はそう割り切った。手研の声が届いたわけではないが、彼女にも天津彦の遺志、ひいては高天原の日輪の導きに身を委ねようという純心が起こった。  


 霧の晴れ間に木立の幹が見えてくるようになると、山の生き物の気配が分かるようになった。鹿か猪か、昨日まではなかった風景の一点である狭野姫の姿を見ても、彼らは身を避けようとはしなかった。山に同化したという感覚がある。考えてみれば天孫族の前身である高千穂族は、元々は山童(やまつみ)であった。高千穂族の祖霊が、八剣山の御霊に話をつけたのかもしれない。

 

 霧が晴れ、木立の梢の上に青空が見えた頃、狭野姫は高い峰を見上げる鞍部に出た。


 舞台のように平たい大岩がある。それが磐座(いわくら)であることは、一目で分かった。妙なる霊びが降臨する依代(よりしろ)だ。そこに一条の光が立っている。日光が降り注いでいるのだ。


 草葺き屋根をかけた四阿(あずまや)が建っている。浄沐に使えそうな細流も岩間を縫っている。


 正面の高い峰の上空に日が掛かった。


 ここは何某なにがしかの一族の斎宮(いつきのみや)なのであろう。しばらく使用された形跡はなく、殺伐としているが、気品は残っている。


 狭野姫は蔦の茂った四阿の下に座った。


 天孫族のことが気がかりだったが、それは雑念として体内から追い払った。喉の渇きが激しく、細流に手を差し入れればその苦しみからは解放されるが、狭野姫はそれもしなかった。


 微動だにしない。身体が風化するまでそのままでいるつもりだった。天津彦の遺志が、真に高天原の意思に適うものであれば、必ず霊異が示される。霊異が、天孫族の苦境を救うはず。雑念を追い払った体内を、狭野姫は信心で満たした。


 大岩に静々と降る日光は、はるか上空から射している。まるで高天原に流れるという天安河(あまのやすかわ)から下される滴のようであった。


 狭野姫は、高天原に暮らす天孫族の祖霊と、八剣山に坐す妙霊とに祈りを捧げた。


「この身が授かるであろうすべての幸いと引き換えに、天孫族が立ち上がる力を下されたまえ」


 人としての幸い、女としての幸い、生命としての幸い、それらすべてと引き換えに、この苦境を乗り越える力を狭野姫は希求した。


 狭野姫は祈り続けた。


 どれほどの時間をそうしていたかは狭野姫自身も分からない。倒れ込んだことにも気付いていない。身体の上に小鳥が登ったことを知覚せず、その小鳥のさえずりも狭野姫には届かない。


 狭野姫を抱き起こしたのは、妙霊の手ではなく、壮年の男の力強い手であった。


 男は多くの仲間を連れていた。いずれも壮健な男たちだ。彼らは八剣山を越えて、山門から故郷に帰ってきた集団だった。


 狭野姫を抱き起こした男は、名を日臣(ひのおみ)という。自ら名付けた名だ。男は日輪を強く信仰していた。日輪の臣下であり続けることを誓った号である。


 日臣は、昨夜、夢を見た。高倉山の山中を日光がまっすぐに射し、その輝きを長剣が受けているという夢である。その長剣は、日臣の一族に伝わる宝剣であり、日臣の手元にある。肌身離さぬその長剣が、なぜ高倉山で日光に射られているのか。夢の意味も、その吉凶も判別できなかったが、何かしらの霊異による啓示であることは直感できた。そして日臣の一族が祭祀の場としてきた高倉山の斎宮で、強い光を発見したのである。


 眩しさをこらえつつ光に近づくと、その光源は、倒れた若い女性が抱いた鏡であった。日光を反射して、光を奔出させていたのだ。


 衰弱していたが、若い女性の息はあった。抱き起こし、仲間が運んできた竹筒の水を艶やかさを失っていない赤い唇にゆっくり注ぐと、若い女性は目を開いた。


 狭野姫である。彼女の明眸は、日光を反射する鏡よりも輝いているように日臣には思えた。


 ただの人物ではない。この人は霊異と共にある人だ。感覚の全てでそう悟った日臣は、飛びすさって額づいた。取り囲んでいた仲間たちも、慌てて日臣にならった。


 狭野姫は立ち上がった。つい先ほどまで意識を失っていたとは思えぬ凜々しさだった。色を失っていた頬や手足の肌が、みるみる生気を蘇らせ、輝きだした。まるで日光を吸い込んで養分としているかのようだった。


 自然と、そうあるべきだという強い意思で、日臣は一族に伝わる宝剣、韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)を狭野姫に捧げた。そして、昨夜の夢はこのときの場景を教えていたのだと悟了した。


 狭野姫が韴霊剣を革鞘から抜き放つと、その刀身にそって逆巻いた光が、狭野姫の頭上で爆ぜた。日臣の突発な行動に驚いて従っただけの仲間たちは、日の光を浴びた者が日輪に偉大さを感じるように、光を放つ狭野姫に心からの崇敬を込めて額づいた。狭野姫は一剣を振るっただけで、壮健な男たちで構成された屈強な集団を心服させた。


「我らはこの山の麓、室と呼ばれる地に邑を置く名草族でございます」


 白髪交じりの年配の男がそう言った。名草族の首長である。狭野姫を抱き起こした日臣は、信心を捧げたきた日輪の化身を間近に見た感動で放心していた。


「この者は、愚息でございます」


 名草族の首長はそう言った。


 狭野姫が韴霊剣を革鞘に納めると、光も静まった。


 光の収束と共に己を取り戻した日臣が、


「我らは山門を去り、故郷の邑へ戻る途中でございました」


 と、狭野姫と邂逅することとなった理由を説明した。日臣は名草族の由来を簡潔に語ったあと、近況についても補足した。


 名草族は小規模ながらも武勇の気風を備えた一族であった。室に覇を唱えていたわけではないが、周辺の氏族からは一目置かれる存在であった。


 八剣山の向こうの天地に祭政的結合体を構成しつつあった山門の諸族とは、人と物の往来が伝統的に続いていたが、山門の中心氏族である斑鳩族の力が伸張するにつれ、しばしば恫喝的言動が山門に見られるようになった。


 名草族の氏上が現首長となり、その後継者である日臣が妻を迎えた頃から山門の要求は一方的になった。山門の横暴に業を煮やした室の諸族は団結して一戦を辞さない機運が高まったが、冷静に分析して、豊かな天地を持つ山門と、痩せた天地の室とでは、勝敗は初めから明らかであった。


 斑鳩族の氏上である饒速日(にぎはやひ)は山門主と号しており、その秘書的地位にある持傾頭(きさりもち)の登美彦が使者として名草邑を訪れたのは、日臣が娘の年魚を得た年のことだった。


 登美彦は武勇の誉れ高き名草族の男たちが軍士(いくさびと)として山門主に仕えるのなら、それ以上の要求は室に対して行われないことを約束した。鼻腔の奥に笑い飛ばすための空気をためた日臣だが、その大息は溜息に変わった。登美彦が、山門主たる斑鳩族の氏上は饒速日を代々名乗っているが、その始祖が天から下された火明ほあかりであることを改めて語ったからだ。


 初代の饒速日は天磐船(あめのいわふね)に乗って山門に降臨した、と斑鳩族の始祖伝説はいう。初代饒速日はまたの名を火明といい、天磐船という乗り物の印象を重ねると、想像に流星を描くことができる。その流星は、日輪から発していると始祖伝説は示唆しており、饒速日の名に日が含まれていることもそれを裏付けている。


 日輪を崇拝することが人一倍敬虔であった日臣は、斑鳩族の始祖伝説の真偽を確かめてやろうという腹づもりを固めた。その結果、山門主たる饒速日に明らかな日輪の霊異が備わっていれば、氏族を挙げて山門主に仕えることはむしろ日臣の本望となる。日臣はその真情を名草族の氏上である父に説き、父は自ら日臣以下の壮健な男子を率いて山門に向かった。


 ところが、山門の首邑である斑鳩邑で謁見した当代の饒速日は、内臓が抜け落ちたのかと疑うほど薄っぺらい人物で、日臣の信心が感応する霊異も呪能も示さなかった。山門という政体も、山門主というのは飾りに過ぎず、名草邑に使者として訪れた持傾頭の登美彦が隠然たる力を持つ山門諸族の集合体であることが分かった。日臣は激しく失望した。


 山門の表向きの主導者とされている御言持(みこともち)の大日にだけは、日臣は高い才徳を感じた。大日の名にも日が含まれているし、あるいは大日こそが日輪の眷属ではないかと考えた日臣は、斑鳩邑に留まることにした。


 山門主を傀儡としている登美彦は、山門の諸族のうち意のままとならない氏族を屈服させるために名草族の武勇を買ったのだが、日臣は登美彦の地盤を固めるような戦いには決して参加せず、山門主の宮処(みやこ)の守人としてのみ奉仕した。


 そして数年が経ち、山門に大きな脅威が迫った。天孫族である。その戦いにも一人たりとも名草族を参加させなかった日臣は、大日が山門軍の将軍(いくさのきみ)として天孫族に勝利したことを祝賀したが、その大日が登美彦の起こした政変によって御言持の座を逐われると、山門に日輪の加護はないと見切りをつけた。


 日臣はその見解を父に告げ、名草族を連れてすみやかに斑鳩邑を退去した。登美彦の妨害があるかと備えたが、登美彦は大日が不在になった後の朝廷を押さえることに忙しく、名草族の去就に構ってはいられないようだった。


 そうして日臣は、数年ぶりに、名草族が日輪に祭祀を捧げてきた高倉山の斎宮に戻ってきたのである。そこで日臣が探し続けてきた日輪の化身に出会ったことの感動が、まだ彼の体内で鳴り響いている。


 狭野姫は、詳細に来歴を語ってくれた日臣への返礼に、自らの素性を明らかにした。山門へ大戦を仕掛けた張本人の遺志を継ぎ、今は天孫族の天津彦を名乗っていることも隠し立てせずに伝えた。


「あやうく日輪に弓を引くところでした」


 登美彦にどれだけ強要されようと孔舎衛坂に名草族を一人たりとも派遣しなかった自らの見解を、日臣は誇らしく思った。


 狭野姫は日臣と名草族の男たちに、彼らの故郷の現状について教えた。日臣の妻が亡くなったことも伝えた。


「なんということか」


 日臣は愕然として身体を震わした。自分の選択が招いた悲劇である。丹敷族など、日臣とその父が名草邑に在住していたときには、何やら邪教めいた教えで族人を虐げていただけの存在だった。


 日臣は顔を覆って大泣きした。日臣が名草族の男たちを率いて山門に向かっていなければ、山門主からどのような報復を受けていたか分からない。狭野姫は、そう言って日臣を慰めた。


 日臣は感情の豊かな男だったが、立ち直りも早かった。妻を悼むのは、仇を取ってからと決めたのだ。


 日臣は狭野姫に、名草族の男たちを率い、丹敷族を討ち払ってくれるよう懇請した。名草族の氏上である日臣の父も賛同し、もとより狭野姫にも望むところだった。


 宝剣韴霊剣と勇敢な名草族の男たちを手に入れた狭野姫は、即座に下山した。名草邑に籠もった人々のことが気がかりだったが、手研と珍彦はきっと丹敷族の攻撃を耐え抜いているだろうと信じた。


 鋭気を漲らせて山肌を疾走する集団を率いているのは狭野姫だが、彼女の前を大きな幡旗ばんきがゆく。 


 それは日臣が山門の斑鳩邑で唯一取り入れた文化であった。大きな布に信奉する存在の象徴を描くことで、語らずとも自らの主張を表現することになる。日臣は大布に日輪とその使いとされる三本足の烏を描かせた。父の許しを得て、それを名草族の幡旗とした。


 日輪と烏が現れたとき、名草邑の土塁に寄りかかって疲労困憊だった名草族の老弱は、一目で氏上と男たちの帰還を知った。


 突然歓喜に沸いた邑中に、天孫族を鼓舞して戦わせていた手研と珍彦は驚いた。それが驚倒の域に達したのが邑を攻めていた丹敷族だろう。今にも破れそうだった土塁や木柵の内から、戦気に満ちた石や矢が飛んできたのである。


 突然の激しい反撃にひるんだ丹敷族を、日輪と烏の集団が襲った。


 丹敷族は砕け散った。妖しげな教えで弱者を虐げてきた丹敷族は、勇敢な名草族の男たちには到底敵わなかったのだ。


 丹敷族の戸畔であった女の司霊たまのつかさは、名草の戸畔であった女の襟口を掴み、敗走する族人にわめきたてた。


 丹敷戸畔は自らが大熊の化身である事を演出しているのか、熊の毛皮をはおり、熊の手を飾り付けた杖を振りかざしていたが、鋭い切っ先を突きつけられて、憤怒に染まった目をその剣の持ち主に向けた。


 その人物の額の左方に、輝きがある。視覚で見る光ではなく、心眼で見る光だ。そういう人相を、大真の人は日角にっかくという。日輪の角が生えているということで、そういう人相を持つ人物は、やがて天下人になるという。


 丹敷戸畔にしきとべに日輪の角を見せつけた人物は、もちろん狭野姫だ。突きつける剣は、韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)である。


 ところで、心眼でなければ捉えることのできない日角を見たということは、丹敷戸畔が相応の霊力を備えているということだが、この女には、その聖相に恐れ入る素振りは微塵もなく、かえって暴戻さを増大させた。


 天神地祇の力を映し取る方法は、二つある。一つは鏡を用いることで、こちらが主流だ。一方、自らの心身を依代よりしろとして天神地祇の霊異を憑依させる者もいる。それを可能にするには、高位の巫女となりうる程の霊力を必要とするが、丹敷戸畔はその豊かな霊力を人のために用いず、利己にのみ用いた。


 丹敷戸畔が呪言を喚叫させると、目が赤黒く光り、牙が唇を裂き、肉体は三倍ほどに膨れた。司霊のけばけばしい衣服が破れ、女の膨らみも露わになったが、母性も色香もなく、ただおぞましいだけであった。


 丹敷戸畔が狭野姫に殴りかかる。躱された獣毛の前腕が地面に叩きつけられると、激しい土埃を舞いあげて、地が裂けた。


 襟首を掴まれていた名草戸畔は、頭目の凶悪な変身のさなかに放り出され、地を転がって、砂を噛んだ。辺りは激しい争闘になっている。名草戸畔は腹ばいになったまま逃げ出す機会を覗っていたが、立ちはだかった日臣の剣により成敗された。


 配下の戸畔の首が転がったことなど歯牙にもかけず、丹敷戸畔は狭野姫を破砕しようと強靱な両腕を振り回した。


 しかし、人のものではなくなった丹敷戸畔の爪は、狭野姫には届かなかった。彼女は、見た目は可憐な少女だが、幼きときから兄に剣の手ほどきを受けている。体さばきは、歴戦の軍士いくさびとにも捉えられない速さだ。


 閃光が走り、韴霊剣が丹敷戸畔の獣身を打った。しかし獣毛に覆われた丹敷戸畔の皮膚は、剣刃を跳ね返した。剣技は優れていても、力は少女である。人であれば斬れても、大熊の霊力でよろわれた獣身を切り裂くことはできなかった。


「憐れな非力さよ。いかに研ぎ澄ました刃であろうと、人の力で我が体を裂くことはできぬ」


 勝ち誇ったように丹敷戸畔は赤い大口を開けたが、その思い上がりを、狭野姫は小気味よく小鼻で笑い飛ばした。


「それだけのことが、そんなに嬉しいのかしら」


 物理的に非力であっても、狭野姫には優れた呪力がある。韴霊剣に彼女の呪力をまとわせれば、この世に斬れないものはない。


 狭野姫は真金の鏡を取り出した。磨き抜かれた鏡面に宿った霊異はすでに回復している。鏡面が光り輝き、純白の八咫烏が出現した。


日霊ひるめ、いらっしゃい」


 狭野姫が命じると、日霊は激しく羽ばたきした。鋭い羽の矢を無数に放って丹敷戸畔をひるませると、日霊は、狭野姫が掲げた韴霊剣の切っ先に止まった。日霊は見る間に光の粒子に変じ、剣刃の輝きの中に吸い込まれた。狭野姫の頭上に、日輪が降りてきたような輝きがあった。


「それでは、ごきげんよう」


 狭野姫が韴霊剣を一閃させると、丹敷戸畔の視界が二つに割れた。


 両断された丹敷戸畔の獣身が肉塊となって転がると、戦いは終わった。


 名草邑に光が満ちた。それは狭野姫自身と、真金の鏡、韴霊剣が放射する日輪の光であり、待ち望んだ再会を果たした名草族たちの光だった。


 邑のいたるところで人と人との激しい抱擁がみられた。狭野姫も手研と珍彦の胸に飛び込んだ。天津彦であり、名草族の男たちを率いて丹敷族を撃破した狭野姫も、このときは無邪気な少女だった。


 三日の間、邑は丹敷族の苛烈な攻撃に耐えた。狭野姫は天孫族と名草族の一人一人を労い、彼らからの言祝(ことほ)ぎを受け止めた。


 野に春が来たような華やぎに染まった邑だが、悲しみもある。日臣の妻をはじめ、丹敷族との籠城戦でたおれた族人は多い。彼らを悼み、葬礼を終えたあと、名草族は新しい時代に入ることになった。


 父から名草族の氏上このかみを譲られた日臣は、父の言霊がまだ冷めないうちに狭野姫のもとへまかり出て、氏上を譲る父の言霊をそのまま狭野姫に捧げた。つまり、名草族は氏族を挙げて天津彦こと狭野姫に臣従し、天孫族を名乗りたいということである。


 狭野姫は確答を与えず、邑の一舎いちやを借りて数日休むことを告げた。むろん、その間、天孫族と名草族も疲れた心身を癒やすのである。


 狭野姫の承諾はなくとも、すっかり天孫族になったつもりの日臣は精力的に活動した。邑の復興計画を父などと練る一方、天津彦率いる天孫族が横暴な丹敷族を打ち破ったことを、むろの諸族に連絡した。


 驕慢な丹敷族による支配に苦しめられてきた室の諸族は、日臣からの連絡にすばやく反応した。祝賀の使者を立て、あわせて天孫族の傘下に加わることを請うたのである。室の諸族はいずれも小族で、偉大な霊知を持つ指導者に従わねば、厳しい自然のなかで営みを続けていくことができない。横暴な丹敷族に心ならずも従っていたのは、そういう理由による。


 丹敷族に軍士いくさびとを差し出し、名草邑の攻撃に参加した荒坂族などは、責任を負わせた者に縄をかけ、使者の手土産にした。小族のしたたかさと悲しさである。


 続々と訪れる使者の窓口となったのは手研だ。手研は諸族の願いを狭野姫に取り次いだが、彼女は一舎で瞑想するだけで、回答は何も与えなかった。ただ、戦の責任を負わされた者の縄を解き、解放することだけを命じた。


日女ひめはどうなされたのだ」


 手研を呼び止めた珍彦は、慌てて首をすぼめ、辺りを見渡した。


日子ひこと呼びなさい」


 という叱責とともに降ってくるはずの拳骨がない。珍彦にはそれが寂しい。まさか先の戦いで傷を負ったか、病を得たかと考えることは、珍彦にとっては身悶えするほどの心配事なのだ。


「案ずることはない」


 手研は朗らかな声で、天津彦たる狭野姫のこれからの征途をともに支えていくだろう相方を安心させた。


「そうか。それを聞いて安心した。しかし、日女、いや天津彦様はもう何日籠もっておられるのだ。御食(みをし)もあまり召されていないと聞くが」


「うむ」


 それはそうなのだった。狭野姫は、食事にはあまり手をつけない。しかし、そういう日がもう何日も経ったというのに、一舎の薄闇の中の彼女に衰弱の色はまったくない。たしかに頬は丸みを失い、体は躍動感を失っているように見えるが、それにもまして彼女の肌は光輝を強めている。あたかも体内の不純物を一旦排出し、霊気のみを吸収しているかのようだ。


 手研と珍彦がそんなことを話しているその日の夜に、二人と日臣、そして名草邑に滞在する諸族の使者に、


「あした早朝、八剣山に向かうので同行して欲しい」


 という、狭野姫の言葉が伝えられた。


 手研と珍彦、日臣、そして諸族の使者は、伝えられた時刻に、邑の北門に集まった。東雲は、まだ旭光を背後に蓄えたままだ。


「おはようございます」


 狭野姫が人の輪の中に現れた。数日、ほとんど食を絶っていた人とは思えぬ声量の豊かさだった。足取りも清々しい。


 狭野姫は門前の人々に集まってもらった趣旨を説明した。


 八剣山の天磐楯(あめのいわたて)に向かうことを、狭野姫は告げた。巍峨ぎがとして頂を突き上げるその山塊こそが八剣の主峰であることは名草族から聞き知っており、丹敷族をはじめ室の諸族の信仰山となっていることも教わっていた。丹敷族は、天磐楯の雄偉な姿を大熊に見たてたのだろう。


 何をしにゆくのかといえば、室の諸族を天孫族に迎えること、八剣山を通って山門へ向かうこととの許しを、山霊に請いにゆくのである。天孫族の旅途を妨げた丹敷族の戸畔は討ち払ったが、それは山の御霊みたまの許しを得たことにはならない。むしろ、怒りをかったと考えるほうがいい。邪教であったとしても、丹敷族は何世代にもわたって山に祭祀を捧げてきたのだ。山肌には雨のように祈りが浸透しており、雪のように言霊が降り積もっている。そこを祝福の授からない足で踏み歩いては、丹敷族の祖霊や妙なるくしびの懲罰を受けてしまうことになりかねない。天孫族の、天津彦の歩む道はそんな道であってはならないと、浸透力のある声で狭野姫は人々を納得させた。


 狭野姫と彼女に率いられた十数人は、山に入った。


 深い山だが、祭祀に通う小径があるので、それを辿れば迷う心配はない。


 途中で一泊し、翌朝、小径は濃霧に閉ざされた。


 山が霧を吐き出すのは珍しいことではないが、この朝の濃霧は、人々の誰もに異質を感じさせた。


 山霊は、やはり怒っているのか。誰もがそう戦慄したが、狭野姫はためらいを見せない。彼女には、濃霧を彷徨って日臣に邂逅したという吉例がある。


 躊躇なく歩み出そうとする狭野姫を、さすがに手研が止めた。径はすでに見えず、どこに千尋の谷が口を開いているのかわからないのだ。せめて径に精通した者を先導とするよう請うと、狭野姫は承諾した。


 丹敷族の使者も一行の中にいる。つまり、丹敷族も天孫族の傘下に入ることを願っているということだ。大熊を信奉する戸畔に丹敷族も支配されていたが、戸畔はあくまで司霊であり、丹敷族の氏上ではない。丹敷族の邑である神邑も、邪教から解放されたのだ。


 狭野姫は丹敷族の使者を拒絶しなかった。それどころか、名草邑における戦いの責任を丹敷族に問うこともしない、と明言した。このことに感動した丹敷族の使者は、狭野姫の身代わりとなって谷底に落ちることをむしろ本望として、濃霧に閉ざされた山中を先導した。


 丹敷族の使者の足が止まった。濃霧の中を彷徨ってずいぶん経った頃だ。


「迷ったか」


 と、手研は問うたが、丹敷族の使者は首を振った。使者の返答は意外なものだった。


 ここが丹敷族の斎宮いつきのみやだ、という。目の前に天磐楯の荘厳な姿がそびえ立っているはずだが、周囲は見渡す限りの白霧である。


 狭野姫は全て心得ているという顔で、人々を少し後ろへさがらせた。


 手研の目に、狭野姫は白霧の中の淡い影だ。どれくらい待ったときか、その小さな影の前に大きな影が立ちはだかったように見えた。手研は狭野姫の下へ駆け寄ろうとしたが、足が動かず、声も出せない。白霧に全身を縛られているようだった。


「わたくしは日向の高千穂を(おや)といたします天孫族の天津彦でございます。豊葦瑞穂原とよあしみずほのはらへ向かいますため御山を通り抜けますこと、お許しいただけましょうや。また、室の諸族は我らへ(まつろ)うことを(のぞ)んでおりますが、叶いましょうや」


 狭野姫は、現れた妙霊の気配へ問いかけた。その気配には、たしかに丹敷族が大熊と信じたであろうほどの迫力があった。


「天津彦よ。その見返りに汝は何を捧げる。高倉山に捧げた汝の言霊は聞き及んでおる。だが、(われ)にはそれだけでは足りぬぞ。邪といえど、余を祀り続けた民草がおるゆえな。やつらのためにも、なまなかの幣帛(みてぐら)では汝の希みを叶えてやることはできぬ」 


 聞こえたと言うよりそう感じたというしかない。高倉山には狭野姫の人としての身が授かる全ての幸いを捧げたが、それ以上のものをよこせとその気配はいうのだ。狭野姫は、その答えを用意していた。


「わたくしが室の民草の主者(きみたるもの)となり、山門に至りましたうえは室の天地(あめつち)を熊野と名付け、永代に幽宮(かくれのみや)として崇め、祭祀を絶えさせません」


 狭野姫が言挙げすると、地が鳴動し、白霧が波を立てて揺れた。


 途端に、空に吸い上げられるようにして霧が晴れた。視界に光彩が蘇り、緑ほとばしる林冠の向こうに、目映いばかりの青空が広がった。その青空を背景に岩肌を屹立させている山塊が、天磐楯すなわち八剣山である。その頂に日輪があり、狭野姫の影を地に焼きつけんばかりの光を放っている。


 狭野姫を見守っていた人々には、事の推移が分からない。ある程度の呪能を秘めた者は天磐楯の霊異と狭野姫とのやりとりに感応したが、手研もその一人だった。ただし、全象を捉えたわけではない。狭野姫が、彼女の大切なものを捧げていることを知ったのみだ。


 狭野姫は、自分を見守る人々に向き直った。


「御山のお許しを賜りました。室の人々に知らせなさい。これより、室を熊野と名付けます。天孫族の天津彦は、熊野の人々の助けを得て、御山を越えて山門を目指します。天津彦を助けたいと希むものは、すみやかに名草邑に集結しなさい」


 天磐楯の膝元で、小さな歓喜の輪ができた。その輪から花びらが散るように熊野の各地に向かった諸族の使者はそれぞれの邑を沸き立たせ、熊野に歓喜の大輪を咲かせた。


 こうして名草邑に多数が集結した。往時の天孫族には至らないが、それでも狭野姫の率いる天孫族は数倍になった。武器も一新された。


 日臣は、娘の年魚を抱いて、再び邑を出ることを詫びた。年魚は、日臣の父が育てることになった。


 年魚の境遇を憐れんだ狭野姫は、はじめ日臣の同行に難色を示したが、強い希求に日臣の忠心をみると、ついに同行を許した。そして日臣を山門までの先導者に任じ、


「これからは道臣みちのおみを名乗りなさい」


 と、命じた。天津彦に道を指し示す臣という意味である。山門への道もそうであるし、高倉山で狭野姫に宝剣を捧げたことがすでに道を指し示したことになる。


 熊野の各邑に残ることになった者に、天磐楯への祭祀を欠かすことのないよう訓示した狭野姫は、いよいよ山門へ向けて出立した。


 再び八剣山に入り、大熊の気配に遭遇した丹敷族の斎宮まで来ると、山門への道を逸れて、狭野姫は丹敷族の山をよく知る二人を伴って、天磐楯の頂へ登った。


 白い大海のような雲の切れ間に、輝くばかりの緑の地が見える。天孫族の真秀場まほろば、豊葦瑞穂原の山門の大地である。


 狭野姫の明眸は、山門に至るまでにも、いくつもの大地があることを捉えた。それぞれの大地にはそれぞれに邑があり、それぞれの一族が生きている。天孫族の山門への旅途を知り、天津彦の霊異を知ったそれらの氏族はぞくぞくと馳せ参じた。彼らを傘下に加え、阿騎野(あきの)と呼ばれる高原で宇陀邑(うだむら)魁帥ひとごのかみを討って剽悍な宇陀族を吸収すると、天孫族は往時を凌ぐ勢いとなった。


 そして高原から見下ろした狭野姫の明眸に、ついに山門の東南端、磯城(しき)の大地が映った。

 兄の雄志と天孫族の悲願を受け継いだ狭野姫は、宝剣、韴霊剣ふつのみたまのつるぎを得て、熊野の地を平定した。


 建御子たけるみことして覚醒する狭野姫は、重畳たる山並みを越え、再び山門に挑む。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ