~考動しなきゃ、変わらない~
始まりの三月四日。そう、この日が全ての元凶であり、感謝すべき一日だったのよ……。
ガチャリ、とドアを開けてベットに腰かける。
「はぁ……宿題やらなくちゃ」
間々原美鈴と書かれた名札のついているランドセルを開き、漢字ノートと自学ノート+国語の教科書を取り出す。最初は楽な漢字からやろうと、自作ののど飴入れの箱から一粒飴を取り出し、口に放り込んで鉛筆を動かす。
ノートの一行埋まったとき、異変は起こった。
しゅぽぽぽーん‼
甲高い音が部屋中に響き、驚いた私はまわりを見渡す。するとのど飴入れ(自作の紙箱)にふわふわな丸っこい耳、目も口もかわいい犬みたいなものがついてふわふわ浮いていた。
「え……え?」
それは私のノートや教科書が乗っている机の上にストン、と落っこちてきた。
「美鈴ちゃん、魔法少女にならないかプ?」
「……はあああああああああああああああ!?」
え、幻聴?幻覚?
——いけないいけない。将来大女優になるものは、このくらいで動揺なんかしてスキを見せたりしちゃダメだ。ポーカーフェイスポーカーフェイス。
「何であなたはしゃべるの?物なのに」
冷静に、冷静に……。
「美鈴ちゃんの心のパワーが僕に伝わったんだプ!そのパワーを魔力に変換したプ!」
ここまで言われて、考える。
心のパワー?
魔力?
「……」
「美鈴ちゃん?」
カリカリカリ、と鉛筆が音を立てる。残念だが、そのくらいの音ではあの箱の声はさえぎられることなく私に届いてしまう。
「美鈴ちゃんには魔法少女の才能があるんだプよー!」
無視無視。
「女優になるためには経験していたほうがお得プよ」
「——!それっ、どういうこと!?」
……しまった。反応してしまった。
「美鈴ちゃんの演技には経験が足りないプ。感情はこもっているけれど……カリスマがないというか、心に響かないんだプ」
コイツ……まるで私の演技を見たことあるかのような口ぶりで……って私の演じが客観的に見られたらそんなもんって結構凹む。
「……アンタ、いつ私の演技を見たの?」
「去年からプね。去年、意識が覚醒してからずっとこの部屋で過ごして美鈴ちゃんを見てたから」
去年から私はコイツに監視されていたのか……‼それも恐ろしいことだけど、「女優になるには経験していたほうがお得」その甘い言葉が私を惹きつける。
「ま、まあそれは置いておいて。それで?具体的に、どうお得なのよ。女優になる上で」
さほど興味はないが、一応聞いてみる……というスタンス。本当は興味津々よ。
「第一には、魔法少女が平凡な存在ではないということは分かるプね?平凡じゃない体験をすることで、人生経験が幅広くなって、演技にも影響するもプ。もちろん、良い方向にね」
「ふーん……」
それっぽい事言うわね……。
「それに、魔法少女はああ見えて尋常じゃないくらいの体力と精神力を使うプ。女優になるなら、そういうのも養ったほうが良いプよね?魔法少女はやっていくうちに自然に体が強くなっていくプ」
へー……!
「だから、大女優を目指す美鈴ちゃんは魔法少女になるほうが良いプよって話だプ」
ぶっちゃけ、魔法とか六年生にもなってバカバカしいと思うけど……興味がある。しかも、将来有利になるというお得条件つき!この話……アリね。お母さんにはお金のかかる女優になりたい、なんて無根拠なうちには言えないし……。
「別に、なってあげても良いわ」
「じゃあ、僕の中に指輪とネックレスがあるからそれを取り出すプ!」
箱をあけると、確かに鮮やかな緑色の石がついた指輪と、金色のネックレスがあった。……ん?のど飴入れの中にアクセサリー?入れた覚えないんだけど……それに、箱いっぱいに詰まっていたのど飴はどこにいったの?
「ねえ、二つききたいことがあるのだけれど」
「のど飴は美鈴ちゃんの努力の証として魔法少女グッズの制作に使わせてもらったプ。一個だけ余ってるプよ」
…………魔法少女グッズって、このアクセサリーのこと、だよね。……疑問は二つとも解けたわ。
「こらあああああああこのクソ犬がああ!勝手に人のもの使ってるんじゃないわよ‼」
「なっ、クソ犬とは聞き捨てならないプ!僕には『プッヒアラウド』という立派な名前があるんだプ!」
「そんなことはどうでも良いわよ!」
この後、お母さんが帰ってきて”クソ犬”が急にしゃべらなくなってただの箱に戻るまで(どうやって口や目を消したんだろう……不気味ね)ぶっ続けで二時間私たちはケンカをしていた。それでのどが枯れかけたから、一個だけあまっていたのど飴を(さっきまでしゃべっていたものの中に手をつっこむというのは少し気持ち悪かった)口にいれた瞬間に私は気づいた。
「あっ、宿題やり忘れてた……」