8話「供回り」
新キャラ登場です。
あだ名付けるのウザいですかね?
この方が分かりやすいかと思って付けてるんですけど。
どうなんだろう。
「お呼びでございましょうか」
佐奈ちゃんが出て行ってすぐ、二人の武士が入ってきた。二人とも若い。氏真よりちょっと年下だろう。俺の顔を見てちょっとギョッとしたように見えたのは、麻呂化粧じゃないからだろうか。
「徳兼」
「はっ」
濃い緑の羽織を着た若者が頭を下げる。俺よりちょっと小柄だが筋肉質で、背もこの時代では普通だろう。佐奈ちゃんの言う通りいかにも真面目で実直そうな若武者だ。これが蒲原徳兼、ノリくんね。サイドバックに置けば真面目に上がり下がりしてくれそうな感じだな。剣の腕が立つというのがボディーガードにピッタリ。
「正綱」
「ははっ、何用にございましょう」
こちらは濃紺の羽織。痩せているがしなやかそうな体に爽やかな切れ長の目が特徴的な若者だ。岡部正綱という名前で、あの岡部元信の甥っ子らしい。いいねえ、期待できそうだ。あだ名はマサッチにしよう。運動神経もよさそうだし、視野も広そうだ。頭がいいなら司令塔に向いてるかも。
「二人には尋ねたいことがあって来てもらった」
「何なりと」
「昨夜夢を見た。大殿が尾張で織田の奇襲を受け、上総介に討ち取られる夢だ」
「それは――なんと申せばよいか」
正綱が言葉に詰まる。徳兼は無口なんだろう、何も言わず俺の目をじっと見て次の言葉を待っている。
「なんとも不吉な夢だ。不吉だけど、絶対に有りえない話ではない。それで俺は考えた。もしこれが正夢だったとしたらと」
「そのような夢が正夢であろうはずがございませぬ」
正綱が言い、徳兼もそれに頷いた。
「そうだ。こんなことが正夢であっては大変だ。だけどもし今、大殿に何かあったら。大殿が亡くなったら、この今川はどうなる?」
「――さように不吉な」
徳兼が初めて口を開いた。声もやっぱり真面目そうだ。
「今川の事を考えればこそだ。正綱、どうだ。大殿が今お亡くなりになればどうなると思う?」
「殿がいらっしゃいまする故、今川は安泰かと」
正綱は目を合わさず、頭を下げながら答える。気を遣ってくれるのは有り難いけどねえ。
「お世辞はいい。俺は今まで蹴鞠や歌に熱中し、政にも戦にも興味を持たなかった。それは家中の皆が知ってるだろう。もし今大殿が亡くなられたら、跡継ぎが俺では家中の皆はさぞ不安に思うはずだ。多くの者が俺を見限り他家に走るに違いない。そう思えば今川がいかに不安定であるか、思い知ったんだ。だからまあ、今さらだけどせめて武家らしい格好を、と思ってね」
「そ、それで化粧をされておられないのですか――」
正綱は驚きの眼差しで俺の顔を見る。あんまりジロジロ見るなよ、照れるじゃないか。主君である氏真が心を入れ替えたのだと思ったんだろう。徳兼は感動でか、目を真っ赤にしてる。そこまで驚かれちゃうわけね。どれだけダメ息子だったんだ、氏真。
「殿がそのようにお考えくださるのであらば、今川はまこと安泰でございます」
二人が揃って深々とお辞儀をしてくれる。それはいいんだけど、今日はもっと本音が聞きたいんだよ。
「いいから頭を上げてくれ。先ほどの夢の話、尼御台様にお話しした。すると、もしかしたらそれは御仏が今川の危機をお知らせ下さった、真に正夢であるかもしれないとおっしゃった」
「まさか、そのような事は――」
二人の顔が一気に険しい面持ちに変わる。
「無ければいい。正夢でなければいいんだ。だが尼御台様はもし正夢であった場合の事を考えておけと言われた。だが俺はいままで家中の事に無関心だったから良く分からん。だから二人に来てもらったんだ」
「そのような重大事、若輩の我々より重臣の方々にお聞きになるべきでは」
正綱は真剣な面持ちで言う。でもこの場合、年寄りより若い率直な意見の方が役に立つと思うんだよね。重臣だとどうしても立場から自由に物が言えないだろうし。三浦正俊の意見はもういいし。
「俺と同世代の若い君らの意見が聞きたいんだ」
「畏まりました」
正綱の言葉に徳兼も頷いた。
「もし尾張で大殿が討たれたとして、一番大きな問題になるのは何だと思う?」
俺の問いに二人が頭をひねる。まず徳兼が口を開いた。
「――織田は」
「そのまま攻め入ってはこぬ。たとえ奇襲で勝ったとしても、織田の兵はいくら多く見積もっても一万には届かぬというところ。それに対し我らが残している兵はそれを上回りまする。大殿に付き従ごうている二万余の兵も全滅という事は有りえず、徐々に戻って参ります。勢いに乗るとはいえ、それを無視して攻め込んで参る織田であれば返り討ちにすれば良い事」
「――美濃も」
「さよう、織田は美濃の齋藤とも事を構えておりまする故、北の守りをおろそかにはできませぬ。尾張国内の城は取られるやもしれませぬが、三河よりこちらに攻め込んで参る余裕はないものと考えまする」
なるほどこの二人、無口な徳兼が問いかけて、それに正綱が答えるというパターンらしい。しかし正綱の考察力は中々の物だ。史実でも桶狭間後、織田は三河に侵攻していない。
「だったら斎藤に使いを出し、織田に対して手を結んで共同で動く事も考えてもいいかもしれないな」
僕の提案に正綱は頷いた。
「良き案です。それが出来れば上総介も困り果てましょう」
うん、齋藤との同盟、連携も検討事項ね。義龍がじきに死んじゃうだろうから実際には難しいだろうけど、信長への牽制にはなるかもしれない。じゃあいよいよ本題に入るか。
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