64話「想定外」
お久しぶりです。
とりあえず1話投稿します。
――高天神城
「よいか、これより我らも八城山へ向かい、城を囲む今川勢を蹴散らすっ。皆付いてまいれ」
具足をつけ物々しく武装した小笠原氏興は居並ぶ家臣たちに向け号令する。
「小笠原様、この高天神の城は遠江の要衝、空にするのはまずうございます。連竜様からもまずはしっかりと守りを固め、その上で周囲の城主を調略頂くようにと――」
飯尾連竜からの伝言を伝えた使者がそれを必死に止める。
「なんの、連竜は慎重に過ぎるのじゃ。我らの動きは今川の想定の外、ならばこそ一気呵成に今川勢を叩く事こそ今は肝要よ」
「し、しかし、八城山はここから離れております。今から出られても間に合わぬかと」
「だから急がねばならぬ。しかし連竜もそうなら家来も臆病者よの。儂に手柄を奪われるのが怖いか」
「な、何を仰いまする」
「わはは、そうでないと申すならお主も参れ。八城山で連竜に会えよう。時が惜しい。出るぞ」
小笠原氏興は手勢を連れて城を出た。この氏興、悪い男ではないがなにかと考えが浅い。しかも家中は一枚岩とは言い難い状況だった。だからこそまずは守りを固めるようにと連竜は伝えたのだが、それを聞かず功を焦って城を出てしまった。その先には備えを命じられた庵原兄弟の兄、忠胤がいる。
「高天神城より兵が出ました」
「来たか」
報告を受けた庵原忠胤は兵に告げる。
「これより我らは小笠原勢の横腹を突く。騎馬の者は先行して敵中を決して止まらず駆け抜けよ。抜けた後は逃げる者どもを追え。その中に小笠原氏興もいるはずだ。抜かるな」
騎馬武者たちはそれにうなずいた。
「徒歩の者は次の合図を待ち、混乱しておる敵を討て。儂はそのまま城に雪崩れ込む。よいか、命があるまで決して先走るなよ」
庵原忠胤が布陣したのは高天神城から出た軍勢が通る道を見下ろすことの出来る小高い丘の向こう側だ。ここを押さえていないことがすでに小笠原氏興の戦術眼の無さを物語っている。
「敵が通ります」
物見の兵の言葉に頷くと、忠胤は軍配を振る。それと共にまず騎馬隊が突撃を開始した。徒歩の兵たちは次の合図を待ちなおも身を隠す。騎馬たちは丘の頂を越え、緩やかな下り坂を一気に駆け下りた。
「敵じゃあ、敵が来たぞぉぉ」
小笠原氏興が勢いに任せて先に出撃してしまったため、徒歩の兵の多くが間に合わず軍列は長く伸び切っていた。そのちょうど真ん中に楔を打ち込むように庵原の騎馬武者達が突っ込む。予期せぬ奇襲に雑兵たちは一斉にパニックに陥った。
「おのれ、不意討ちとは卑怯な」
「いけませぬ、このままお逃げくださいませ」
後ろで起きた混乱に気付いた氏興は相手の兵が多くない事を見るや、すぐに馬を返して迎え撃とうと駆けだす。近習たちはそれを必死に止めようとするが氏興は聞く耳を持たない。
「氏真の兵など恐れるに足らん。相手は寡兵だ、返り討ちにしてくれる」
「し、しかし後詰めがあるやもしれませぬ」
「どうせたまさか居合わせた敵が、功を焦って突っ込んできたのであろう。討って景気付けとせよ」
伸びた列の中央を突っ切られ胴を切られた蛇のようになった小笠原の隊列の頭の部分が、胴を切った騎馬隊に喰いつこうと振り向く。丘の上からそれを見ていた庵原忠胤は思う。
――掛かったか。
すぐさま立ち上がって騎馬に乗った忠胤は再び采配を振るいながら大音声で叫んだ。
「かかれ。小笠原氏興を討て。儂に続く者は城を落とすぞ」
「わぁぁぁぁぁぁっ」
歩兵たちが一斉に立ち上がり、丘を駆け下りて小笠原の兵に殺到する。すでに混乱状態の小笠原の兵たちは抵抗することもままならない。忠胤は少数の兵と共に一直線に城門を目指した。
「氏興様、敵ですっ。新たな敵がっ」
「謀られたかっ」
最初に襲ってきた騎馬隊に向けて駆けていた氏興は、新たな敵の出現に肝をつぶした。
まともな隊列も組まず不意を突かれた自軍の雑兵達は、現れた軍勢に一方的に討ち取られていく。
「し、城に戻らねば」
このままでは城ごと落されかねない、その事に氏興が思い至った時にはすでに遅し。
庵原忠胤の率いる一団が開いたままの城門に突入し、城のあちこちから煙が上がっていた。
「おのれ、おのれぇぇ」
煙を上げる城を眺めて余りの腹立ちに歯噛みするが、もはやどうすることも出来ない。
「とにかくここはお引き下さいませ。八城山には我が主と天野様が居られます。そこまで参りましょう」
連竜の使者として来た武者の言葉に、氏興は我に返った。
「そ、そうじゃ。八城山へ向かうぞ。付いて参れ」
慌てて再び馬を返し、八城山へ馬を走らせる。
だがその背後から庵原勢の騎馬隊が迫っていた。
「城は我らが押えました。小笠原の兵は多くが散り散りに逃げましてございます」
「ご苦労。して小笠原氏興はどういたした」
高天神城内の大広間に庵原忠胤はいた。
奇襲は完全に成功し、ほぼ無傷に近い状態で高天神城を手に入れた。
あとは謀反の首謀者である小笠原氏興の行方だ。
「ご報告いたしますっ」
そこへ武者が駆け込んできた。
「どうした」
「小笠原氏興を捕えましてございます。間もなくここへ引き立てて参りますっ」
こうして遠州騒乱の首謀者三人のうちの一人、小笠原氏興が捕まった。
続きは今しばらくお待ちください。
 




