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62話「謀反」

もう限界・・・


「ではお田鶴、行って参る」


「ご武運を。この曳馬の城は田鶴がしっかりとお守り致しますゆえ」


 曳馬城主、飯尾連竜は妻のお田鶴の方に頷いた。先に謀反の狼煙を上げた天野影信を救う為、城を取り囲むべく布陣した今川軍を背後から衝こうというのである。


「良いか――我らはこれより今川と袂を分かつ。この戦乱の世、暗愚な氏真を戴いておっては先は見えておる。このままではいずれ遠州は諸国の草刈り場となろう。この遠州の民を守るため、儂は立つ」


 居並ぶ将兵を前に連竜は声を上げた。皆身じろぎもせずそれに耳を傾ける。曳馬の兵たちは連竜に忠誠を誓っており、その勇猛さは今川家中でも知られていた。連竜はなおも言葉を続ける。


「すでに八城山の天野影信は立ち、他の諸城もそれに続こう。我らはこれより八城山を囲む今川勢を討つ。今川勢を率いるは名の知れた勇将、朝比奈泰朝じゃ。まずは手始めに泰朝の首級を上げ、今川を遠州より追い払う。皆の者、行くぞっ」


 兵たちは声を上げず、静かに続々と城を出る。今川にまだこちらの動きは知られていないはず、密かに背後を取られては勇猛で知られる朝比奈泰朝と言えどひとたまりもないだろう。


 ――なんとしても先手を取る。さすれば様子見の城主どもも雪崩を打って我らに付こう。


 電撃戦で先手を取る、それがこの計画の成否を左右すると連竜は踏んでいた。武田の援軍に期待できない以上、自らの力で遠江の独立を勝ち取らなければならない。不退転の決意を持って連竜は立ち上がった。




 

「ご報告しますっ。曳馬より兵が出ましたっ」


 物見の兵が陣に駆け込み、片膝をついて報告する。


「どちらへ向こうたか」


「北へ、恐らくは八城山を目指すものかとっ」


 報告を受けた新野親矩は頷いた。


 ――氏真公の仰せの通り、八城山を囲む兵を背後から挟み撃ちにしようという腹積もりじゃな。恐ろしいほどの読みじゃ。いかに飯尾連竜といえど、不意を突くつもりが逆に突かれてはひとたまりもあるまい。


 舟ヶ谷城主である新野親矩は派手ではないが堅実な用兵で知られている。すでに老年と言っていい年だが、足腰はまだまだ衰えていない。性格は頑固だが情愛深く、井伊家の後ろ盾として遠縁の次郎法師や新たに当主となった直親を可愛がってきた。その井伊を助けるためにもこの戦は負けられない。


 ――あの心優しい直親が自ら今川に反旗を翻すなど考えられぬ。それが他人をそそのかし、囮に使うとなればなおの事有り得ぬ話じゃ。誰かが井伊を陥れようとしているのは明白。それを暴き、井伊の無実を明かすためにもこの戦、負けられぬわい。


 もし親矩が敗れる事になれば、井伊が無実の罪で処罰されることを防ごうとする者はいなくなる。そうなれば当主の直親は無論のこと、次郎法師にまで累が及びかねない。


 ――しかしもしあの次郎法師が男であればどれほどの将になった事か、惜しいものじゃ。世はなかなか思い通りにはならぬものよの。


 親矩は可愛がっている次郎法師の顔を思い浮かべ、心の中でため息をついた。前の井伊家当主、井伊直盛の娘は幼い頃から利発で意志の強い子だった。直盛とは何度「この子が男であったら」という話をしたか分からない。その子が出家して尼になる、と言いだした時も直盛と二人で止めたが頑として聞かなかった。親矩の口利きで龍潭寺に入り出家して次郎法師と名乗った後も、親矩は何かと気にかけてきた。もし次郎法師が男として生まれていれば一連の井伊家の受難もなかったであろうと考えると、運命というものの不思議さ、難しさを思わずにはいられない。


 ――有り得ぬ事ばかり思い悩んでおっても埒が明かぬ。ここは速やかに連竜が首を上げるより他はなし。


 そう心を決めた親矩は床几から腰を上げ、年に似合わぬ音声を上げた。


「みなの者、これより逆賊飯尾連竜を討つ。後れを取るでないぞ」




 ――高天神城、小笠原氏興の私室


「殿、飯尾連竜様よりの使者がお着きです」


「来たかっ、ここへ通せ」


 落ち着かぬ様子でウロウロと歩き回っていた小笠原氏興の元に、待ちに待った知らせが届いた。

 

「飯尾連竜より命じられ、まかり越しました」


「堅苦しい挨拶は良い、連竜は何と申しておる」


「本日未の刻(午後2時ごろ)、我らは八城山へ向かいまする。ついては氏興様におかれましても時を同じくして事を起こされますように、と」


「よし、かねてよりの手筈通りじゃな。いよいよか、腕が鳴るわい」


 そう言うと氏興はただちに評定の間へ向かい、そこに居並ぶ家臣たちに宣言した。


「良いかっ、我らはただこの時より今川を見限り、八城山の天野影信に加勢する。愚昧な今川氏真を倒し、甲斐の信玄公を当主としてお迎えするっ」


「と、殿っ」「突然何を仰せになりまする」「主君に弓引くは武門の恥、お考え直し下されっ」


 訳も分からず集められていた小笠原家の家臣たちは、驚くと同時に必死に主を諌めた。


「突然ではない、儂はずっと考えておったのじゃ。桶狭間で義元公が討たれて後、どうすればこの遠江を守ることが出来るか。熟考を重ねた末のことじゃ、何も言わずに我に従え」


「し、しかしっ、主君たる今川家に背き、あまつさえ武田を引き入れて主となすというのは道理が通りませぬ。ここは何とぞ御考え直し下さいませっ」


 何とか説得しようとする家臣の顔を見ると、小笠原信興は激怒した。


「道理が通らぬだと、主君に対し何たる言いざま。儂がどれだけ民やこの遠江の事を考えているのか分からぬのか。分からぬというならもう良い、お前の力など借りぬ。今すぐにこの城を出て行けっ」

明日投稿出来るかはわかりません。

頑張って書いてますが・・・

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