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61話「井伊と今川、そして松平」

もう何もない。一文字も書き溜めが無い。けどがんばる。


「まさかそのような事まで……いえ、さすがは今川家の御当主ですね。そうです、私は幼い頃に直親殿と結納を交わしておりました。しかしその後の騒乱で直親殿は亡くなられたと聞かされ、さらに時を経て直親殿が戻られた時にはすでに他の方と――」


「それで仏門に入られた?」


「そうです。もう他の方と結ばれることもないだろうと思ったものですから。お恥ずかしい話ですが」


「次郎法師さんは井伊直親を恨んではいないのですか?」


「直親殿が身を隠されたのは当然ですし、その間に他の方と結ばれたのは縁というものでしょう。直親殿がお戻りになったお陰で父が亡くなった後も井伊が断絶せずに済んだのですから、感謝こそすれ恨むことなどございません」


 次郎法師さんは微かに微笑みながらきっぱりと言い切った。その眼は澄んで一片の迷いもない。ああ、この人は本当に強くて心の綺麗な人なんだな。この人が直親を真っ直ぐな男だというなら、信じていいと素直に思える。


「さっきも言ったように、俺は井伊が謀反を企んでいるという密書の内容に疑問があります。それを自分で確かめたいと思って、此処までやって来たんです」


「しかし今川家の御当主である氏真様が御自おんみずから、このようなところまで。何故なのでしょう」


「密書の内容が嘘で井伊が無実であるなら、俺は井伊を助けたい。ただそれだけです」


 俺の言葉を聞いた次郎法師さんは俯き、はらはらと涙をこぼした。


「なんという――なんという有り難いお言葉。亡き父がこれを聞けばどれほど喜んだことでしょう。井伊は今川家の疑いの眼差しにずっと苦しんできました。父はよく嘆いておりました。直親殿の父親であった直満殿たちは謀反の罪で腹を切らされたが、そのような事実はなかったのだと。井伊に今川に背く心積もりはないのに、いつになればそれが今川家に分かってもらえるのだろうかと」


 そう言うと両手をつき、深々と頭を下げた。


「氏真様、ぜひ井伊を――井伊の家と直親殿をお救い下さいませ。この通りでございます」


「頭を上げてください。出来る限りのことはします。ですから次郎法師さんにも少し手伝ってほしいんです」


 頭を上げて俺の目を見つめる次郎法師さんの眼は濡れていて、とても美しかった。






 ――数日前、西三河、岡崎城


「殿、殿っ。氏真公より密書にございますっ」


「何だと、早う寄越せ」


 駆け込んできた鳥居元忠からひったくるように書状を受け取った元康は、食い入るようにそれを読む。その横に控えていた石川家成が問いかけた。家成は元康の従兄弟に当たる落ち着いた人物だ。


「殿、氏真公はなんと」


「遠江と東三河に謀反の気配有り――我らにその備えをせよとの仰せじゃ」


「先だってよりあちこちに届いておるあの文書のことでございますかな」


 同じく控えていた松平家臣筆頭の酒井忠次が言う。しばらく前から東三河の城や国人衆宛てに謎の文書が届いていることは松平家としても掴んでいた。東三河で松平に近しい城主たちの中に、その文書に触発され今川を離れて松平に付きたいと言い出す者が少なくなかったからである。独立したとはいえ今なお今川家に属し、しかも今川と強い同盟で結ばれている松平としてはそれらを抑えるのに苦労していた。


「いや、それだけではなさそうじゃ。近々他の者どもを扇動するため、先だって遠州で謀反を起こす者が現れるとある。それに刺激され東三河で騒動を起こす者が現れぬとも限らぬ。そのうち松平に近しい者どもを押さえよという事じゃ」


「しかし、騒動を起こすのは松平に近しい者ばかりと決まった訳ではないのではございませぬか」


 元康の説明に疑問を挟んだのは石川数正。石川家成の甥にあたり、松平家随一の知恵者として知られている。数正が言うのは東三河には松平に近い為に今川の支配に反感を持つ者の他に、今川家恩顧の家臣でありながら氏真の手腕に疑問を持ち、松平の独立に反発する者も多いという事だ。その双方が互いに反目しあい、東三河は混とんとした様相を見せていた。


「今川に近しい者どもには吉田城の小原鎮実殿が当たられるそうだ。無論、一たび事が起きれば我らも力を合わせてそれにあたるという事になるがな」


「予めそこまで手を打っておられるという事は、氏真公は謀反が起こるのはほぼ間違いないと考えておられるという事でしょうか」


 家成の言葉に元康は頷いた。


「どうやらそのようだ。遠江で事を起こそうとしておる者がおる。東三河に送られておった例の文書も、その企ての一部とみて間違いあるまい」


「ではすぐに手を打たねばなりませぬな」


「左様。忠次、戦支度をいたせ。織田とまだ和議が整うておらぬ今、気取られぬように密かにな。家成、元忠、今川への不満を申し立てておった城主どもを岡崎に呼び寄せよ。数正、吉田へ向かい小原鎮実殿と今後の方策について話おうて参れ」


「ははっ、ただちに」


 こうして松平の家臣たちは来たるべき騒乱に備え動き始めた。

そのうち落とすと思いますが、頑張ります。

明日は外伝を更新します。

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