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60話「次郎法師」

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まだだ、まだ終わらんよ。。。


服部正成ハットリくんか、通してくれ」


 佐奈ちゃんにそう伝えて待っていると天井板が1枚そっと外され、そこからハットリくんが音もなく降りてきた。


「戦況はどうだ?」


「手下どもの報告では曳馬の飯尾連竜、高天神の小笠原氏興はやはり謀反の様子。新野親矩殿、庵原忠胤殿はそれに備え布陣を始めておるとのこと。八城山では朝比奈泰朝殿がすでに布陣を終えてござる」


「新野親矩、庵原忠胤いはらあにの動きはまだ相手に気付かれてはいないな?」


「城から見えぬところに密かに陣をひいているとの由、恐らく大丈夫でござる」


「ならいい。その3つの城以外の動向にも注意しろと伝えてくれ」


「御意にござる」


「で正成、井伊直親や家中の様子はどうだ?」


「あまりに普段通り、全く緊張の色も見えませぬ。家中では戦支度の様子はないでござる」


「やっぱりか。そうなってくると怪しいのは――密告してきた家老の小野道好だな」


「では小野道好を探るでござる」


「ああ、気を付けろよ。なんだかキナ臭い匂いがする」


「畏まってござる。殿もお気を付けて」


 そう言うと正成は再び天井裏に消えて行った。




「佐奈」


「お呼びでしょうか」


 俺が呼ぶと佐奈ちゃんはすぐに来てくれる。例えそれが夜でもだ。さすがはくノ一、でもたまにはゆっくり休ませてあげたいもんだな。


「次郎法師さんと話がしたい。2人きりで会えるところへ誘い出してくれないかな」


「――まあっ」


 俺の言葉を聞いた佐奈ちゃんがジト目で俺を見てくる。不服そうに膨らんだほっぺがまたきゃわわ。


「違う、違うって。口説こうっていうんじゃない。大事な話があるんだ。別に佐奈もいてくれていいから」


「さあ、どうでしょうか。まあでもわたしには関係ない事ですので。では少しお待ちください」


 そう言うと佐奈ちゃんは出て行った。関係ないとか言いながら明らかに不機嫌だよなあ。





「若さま、こちらへ」


 しばらくして呼びに来た佐奈に連れられて部屋を出る。足音をさせないように気を付けながらゆっくりと廊下を進み、行き止まりの一番奥の扉の前で佐奈は止まった。


「この中に次郎法師様がいらっしゃいます。若様が来られることはお伝えしてあります。わたしはここでお待ちしていますので」


「佐奈も一緒でもいいんだぞ」


「わたしには関係が無い事と申し上げたはずです」





「いらっしゃいませ。このような夜更けに何のご用でしょうか」


 一人で部屋に入ると、小さな行燈の明かりの中に次郎法師さんはいた。柔和な笑顔はまさに今菩薩と呼ばれるに相応しい。こんなところに居るのが珍念坊主にばれたら、それこそ大騒動だな。


「突然すいません。どうしても直接お聞きしたいことがあったのです」


「まあ、それはどのようなお話でしょうか」


 次郎法師さんは小首をかしげた。




「単刀直入に言います。次郎法師さんは井伊家にゆかりのあるお方だそうですね」


 俺の言葉を聞いた次郎法師さんは一瞬真顔になった後、フッと小さく笑った。


「そういう貴方様は商人とは仮の姿……まことはお武家様ですね」


「バレましたか。変装には自信あったのになあ」


「貴方様だけでは分かりませんでした。しかしお連れの方々が――」


 そう言って次郎法師さんは口元を隠してクスクス笑う。やっぱりあいつらの演技力が無さすぎるんだよな。


「そうです。井伊谷城主、井伊直親さんに用があって来ました。次郎法師さんは前の城主、井伊直盛さんのお嬢さんだ。違いますか?」


「そこまでご存じなのですか。左様です、私は紛うことなき井伊直盛の娘です。そういう貴方様は」


 次郎法師さんは真っ直ぐ俺の目を見つめながら問いかけてきた。ここは目を逸らす訳にいかない所だ。


「率直なお答え、有り難うございます。俺は今川家当主、今川氏真と言います」


 俺の答えを聞いても、内心はともかく次郎法師さんに動揺は見られなかった。疑う様子もない。ただ真っ直ぐ俺を見つめたまま、言葉を続ける。


「今川の御当主である氏真様が、身を偽ってこのようなところまで。何をしにお越しになられたかとお尋ねしてもよろしゅうございますか」


「こちらも単刀直入に言います。井伊直親に謀反の嫌疑がかかっています」


「まあ、なんという事――」


 俺の言葉を聞いた瞬間、次郎法師さんは言葉を失って固まってしまった。




「井伊直親と家老の今村正実が他の城主をそそのかし、先に謀反を起こさせる。それを討伐に出た今川の軍を背後から井伊が襲う計画があるという密書が届いたんです」


「そ、そのような事があろうはずもありませぬ。直親殿は真っ直ぐなお方、背後からだまし討ちになどする訳がございません。今村も父の代から仕えてくれておる重臣、井伊の家を危機に陥れるような企てを止めこそすれ、それに乗る筈がございません。何かのお間違えにございますっ」


 次郎法師さんは一瞬の硬直の後、必死に弁明を始めた。その懸命な表情が美しい。


「そうですか。しかし困ったことに、密告通り先に他の城主たちが謀反を起こしたのです。それを踏まえると密告があながち嘘だとは言い切れないんですよ」


「そ、そんなっ。井伊は確かにかつて今川家とは様々な軋轢もございました。しかし今や完全に今川に従っております。父である直盛も義元様に従って桶狭間で命を落としました。それも全ては今川家の御為ではございませぬか。それを何故今になって反旗を翻すことがございましょう――」


「ちょっと落ち着いてください。実は俺もその密書の内容に疑問を持ったんです。どうも裏に別の何かがあるような気がしてならない」


「えっ、それでは……」


「家臣たちの中には先手を打ってすぐに井伊を討つべきだと言う者もいました。しかし新野親矩にいのちかのりのように井伊を弁護する者もいます」


「まあ、新野の叔父様が井伊の弁護を――」


 それを聞いた次郎法師さんの眼にうっすらと涙が浮かぶ。


「新野親矩は井伊家の縁戚に当たるそうですね」


「はい、私が小さいころから身内同然に可愛がって下さいました。井伊が今川家と色々あって直親殿が戻ってこられた時も、新野の叔父様が義元様にとりなしてくださいました。私がこの龍潭寺にお世話になったのも、叔父様の口添えがあってのことでございます」


「なるほど、そう言う関係でしたか。貴女のことを本当に可愛く思っているんですね。道理で必死に弁護していたはずです。失礼ですが、次郎法師さんは今の城主の直親とは結婚の約束をした仲だったのですか?」



なんとか明日も投稿します(予定)

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