58話「忍び旅」
か、書きダメが無くなりました(涙)
町娘姿の佐奈、商人姿の岡部正綱、庵原忠縁を連れて駿府を出る。服部正成は先に出た。もちろん俺も町人姿だ。変装のテーマは「親父のお使いで旅をしている修業中の大店のバカ息子とご一行」。俺は元から武士や大名には見えないという自信があるから楽勝だ。ただ周りからあんまりにも変装が上手い、似合う、ピッタリだ、どう見ても商人の(バカ)息子にしか見えない、と言われるとちょっと複雑な気分にもなってくる。
「見た目はどうであれ、殿が真面目で一生懸命なお方だという事は佐奈には良く分かっておりますから」
俺が微妙な顔をしているのを見て佐奈がフォローしてくれた。ええ子や(涙)。
馬にも乗らず、徒歩で井伊谷を目指す。しんどいし時間もかかるが仕方ない。どこで誰が見ているかも分からないから、武士とバレるような行動は慎まないと。
「若旦那様、この大井川を越えますと遠江でございます」
商人に化けた庵原忠縁が言う。岡崎へ行った時も通ったな。「越すに越されぬ」で有名な大井川だ。ここには橋が無いから渡し船で渡るしかない。今日は幸い天気もいいから渡れるだろう。
「忠、渡し船が空いてるか見て来てくれ」
「へい」
俺の声をうけて庵原弟が様子を見に走って行った。ちなみにマサッチは正、庵原弟は忠と呼ぶことにした。俺が若旦那で佐奈ちゃんは佐奈のままだ。
「若旦那様、こちらです」
渡し船の乗り場に行くと忠こと庵原弟が迎えてくれる。立ち居振る舞いが堅苦しくて武士っぽいからもうちょっと商人ぽくした方がいいぞ、うん。
「船頭さん、よろしくな」
日焼けしたいかにも頑固そうな船頭さんに一声かけて渡し船に乗り込む。俺たち以外にも何人か乗り合わせるようだ。その中に年の若い坊主がいた。坊主の癖に佐奈に見とれてやがる。修行が足りんな。
「お坊さん、こんな可愛い娘はなかなか居ないだろ?」
「あ、拙僧は何のことだか分かりかねますが」
俺が声を掛けると坊主は慌てている。分かり易過ぎるぞ、ますます修行が足りん。
「驚かせて済まない。俺は駿河のしらす問屋の息子なんだ。親父に頼まれて遠江の方まで使いに行くところさ」
「そうでしたか。拙僧は珍念と申しまして、龍潭寺という寺で修行をしております。住職のお使いを済ませてこれから寺に戻る所でございます」
「この娘は佐奈って言ってうちの自慢なんだよ。まあここまで可愛い子そうはいない。珍念さんが見とれるのも無理はないよな。そう思うだろ?」
俺の言葉を聞いた佐奈ちゃんが頬を真っ赤にしてうつむいた。それがまた可愛い。ほれほれ、素直にウンと言ってみろ。珍念さんを肘でツンツンしてやるとちょっとムッとした顔をする。意地張るなよな。
「せ、拙僧は仏門の身ゆえ女子に見とれたりなどは致しませぬ」
「へ~、そうかなあ。見とれてたように見えたけどなあ」
「そ、それに佐奈殿は確かにお美しいですが、もっとお美しい方を知っております。次郎法師様という、それはそれはお美しい方がいらっしゃいます」
なんだその次郎法師っていうのは。次郎なんてどう考えてもおっさんの名前じゃねえか。あれか、やっぱり坊さんだからあーっとかいう世界の住人なのか。いかん、つい身体はガチムチで目をキラキラさせた坊主頭のお兄さんを想像してしまった。BL怖い。思わずお尻がキュッとなる。
「いや、だから俺は女の子の話をしてるんであって、オッサンとか男の娘とかそういうのに興味はないんだ。分かってやれなくてごめんな」
「次郎法師様は男ではありませぬ。とてもお美しく、かつ凛々しいながらも楚々とした尼僧でいらっしゃいます。檀家の方々からは今菩薩とまで呼ばれておられる方です」
「ああ、何だ尼さんか。てっきり衆道とかそういう趣味かと思ったよ」
ホッとしてそう言う俺を珍念は生暖かい目で見てきた。
「次郎法師様はとてもお気の毒な方なのです。城主のお嬢様としてお生まれになりながら許嫁に裏切られ、若い身空で仏門に入られました。しかしそれを御恨みにもならず、むしろその許嫁であった現城主の方を今も案じておられます。本当に心優しいお方なのです」
ちょ、ちょっと待て。それってアレじゃないのか。城主の娘が仏門に入って、とか。
「そ、その次郎法師さんはお宅のお寺にいらっしゃるのかな?」
「さようです。龍潭寺は井伊家の菩提寺ですので」
そう言った途端に珍念はしまったという顔をして口を抑えた。やっぱり井伊の御嬢さんだ、ビンゴだな。
「ああしまった、今の事はどうぞご内密に。次郎法師様の出自は秘密なのです。今川家にでも知れたらどんな災いが降りかかるか。いつも私は住職様に口が軽い、要らぬことを言う、口は災いの元じゃぞと叱られておりますのに。はあ、このようなことで何時になれば一人前の僧として寺を任せてもらえるのやら。そもそも私は口から先に生まれたと母にも言われ、僧になれば口で食べて行けるからと仏門に……」
話が止まらない、ほんとに口が軽いな。それも今川当主を相手に喋っちゃってるし。ダメダメじゃん。でもおかげではっきりした。その次郎法師とかいう尼さんが井伊直虎に違いない。なんとしても会わないと。井伊直政ゲットのために避けては通れないイベントだ。
「内緒にする代わりに、その次郎法師さんに会わせてくれないか?」
「それは困ります。次郎法師様は仏門の身、容色の事を言われるのが殊の外お嫌いなのです。ましてこう言っては何ですが、御身は女子好きに見えますから信用できません。次郎法師様に懸想して手を出されでもしたら大事ですから」
おいおい、誰が手を出すんだ。人のことを勝手に女好きって決めつけるなよ。失礼な奴だ。
頑張って書かなきゃ。




