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57話「隠密」

今日は本編の更新です。

寒いっ、寒いっ、寒いぃ!


「それがしに頼みとは何でございましょうか」


 俺は寿桂尼様ばあちゃんの部屋で再び三浦正俊オッチャンと話をしている。信置イヤミは兵や兵糧の手配をしているはずだ。


「寿桂尼様、正俊、俺はこれからしばらく城を留守にする。そこで城を任せたい」


「殿、ご自分が何を仰っておられるかお分かりですか。領内で謀反が起きているのですぞ」


 俺の言葉を聞いた正俊は驚きのあまり一瞬硬直したが、すぐに顔を真っ赤にして怒りだした。


「分かってるさ。だけどどうしても自分で確認したいことがあるんだ」


「井伊谷へ向かわれるおつもりですか」


 俺の眼を見つめながらばあちゃんが言う。


「はい。井伊直親の謀反が本当かどうか、この目と耳で確認したいんです」


「左様な事は有り得ませぬっ。井伊直親は此度の謀反の首魁ですぞ。そこへのこのこと向かうなど気が触れられたとしか思えませぬ。おやめ下されっ」


「もちろん堂々と行く気はないさ。身分を隠し、少人数でこっそり行く。供には手練れを選んで連れて行くし、十分注意するから大丈夫だ」


「しかし氏真どのにもしものことがあればこの今川は終わりですよ。それでも行かれると仰るのですか」


 寿桂尼様は静かに、しかし気迫を込めて俺に語り掛ける。俺も気合いを入れてその眼を見つめ返した。


「行きます。どうしても行かねばならない訳があるんです」


「おやめ下され、あまりに危のうございまする。寿桂尼様、殿をお止めくださいませ」


 オッチャンも必死だ。俺を心配してくれているのは分かる。でも行かなきゃいけないんだ。


「正俊、聞いてくれ。これは今川の未来の為なんだ。もし問答無用で井伊を討てば、それをきっかけにさらに国が乱れる事になりかねない。それを防ぐためには今川の主である俺が自分で行って、真実を知らなきゃいけないんだ。分かってくれ」


「三浦殿、氏真どのがこうまで仰るのには深い訳がありましょう。氏真どのはこの今川の当主、私達は従う他ありますまい」


「し、しかし……」


「正俊、頼む。この通りだっ」


 俺は正俊に頭を下げた。


「と、殿、頭をお上げになって下さいませ。……致し方ありませぬ。しかしあくまでも御身を大事に、危うい事はなさらぬとお約束下さいませ」


「分かった、恩に着る。寿桂尼様、正俊、城を頼みます。もし井伊が反旗を翻したと分かった場合はすぐに戻ってくるので出陣の用意を整えておいてください」


「分かりました。氏真どのもくれぐれもお気を付けなされ」






 自室に戻った俺は弥一と佐奈ちゃんを呼んだ。


「お呼びでございましょうか」


「弥一、済まないが岡部正綱、服部正成、庵原忠縁を呼んできてくれ。あと俺の旅支度を頼む。準備が出来次第すぐに出るから急いでくれるか」


「かしこまりましたっ」


 弥一は駆け足で出て行った。急いでとは言ったが、廊下走ったら怒られるぞー。


「佐奈、これから井伊谷へ向かう。佐奈も町娘の格好で一緒に来てくれないか」


「井伊をお調べになるおつもりですか」


「そうだ。あと服部保長に天野影信、飯尾連竜、小笠原氏興を探るように連絡してくれ」


「わかりました、ただちに」


 佐奈ちゃんは真顔で頷いてすぐに部屋を出ていこうとする。それを後ろから呼び止めた。


「佐奈――」


「何でございましょう」


 佐奈ちゃんは振り向いて俺の言葉を待つ。真剣な表情もかわええ。


「もしかしたらかなり危険な仕事を頼むことになるかもしれない。それでもいいか?」


「もちろんです。それが忍びの役割。なんでもお申し付け下さい」


 佐奈ちゃんは俺の顔を真っ直ぐ見ながらかすかに微笑んだ。その笑顔が俺の胸に刺さる。


「済まない。その時は頼む」


「謝られては困ります。それが私がここに居る意味なのですから。ではすぐに支度してまいります」


 そう言って小さく頭を下げて佐奈ちゃんは出ていった。違う、本当はそう言いたかった。危ない仕事をするために佐奈にここに居てもらっている訳じゃない。何ていうか――そう、癒やしだ。俺の癒やしとして側に居て欲しいんだ。


 でもそんな事言えるわけがない。俺には早川殿という可愛い奥さんがいるし、佐奈ちゃんに危ない橋を渡らせようとしているのは他でもない、この俺なんだから。その俺が言ったって建前にしか聞こえない。





 直ぐにやってきた供周り三人衆(マサッチ、庵原弟、ハットリくん)に井伊谷へ行くことを告げた。弥一も行きたがったが、ここは子供の出る幕じゃない。


「八城山の天野が謀反を起こしたのは知っているな。その裏で井伊直親が糸を引いているという小野道好の密告だが、俺はそれに疑いを持っている。どこか引っかかるんだ。だがその密告通りに事が起きたのは事実だ。だから直接俺が行って、この目と耳で真実を確かめたい。その為に力を貸してくれ」


「しかし、それは余りに危険でございまする」


「分かってる。だがこれはとても重要な事なんだ。他人任せにはできない。だからお前たちに調査の手伝いと俺の護衛を頼みたい」


「無論それに異存は御座いませぬが、人目につかぬようにせねばなりますまい」


「そうだな、俺が今川の当主だとばれるのはまずい。変装して別人の振りをしよう。俺は駿河のしらす問屋の馬鹿息子、正綱と忠縁、お前たちはそのお供という事にしよう。誤魔化す為に佐奈も連れて行く。あと正成、お前は人目につかぬように隠れて付いて来てくれるか」


「御意にござる」


 すぐに準備を整えないと。

明日も更新します。

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