52話「塩作り」
寝違えて首が痛いです。
横向けません。
もうやだ。。。
「これは『ぽんぷ』と申しまして、まず上から呼び水を注ぎまする。それからこの握りをぐいと押して上げ下げ致しますとほれ、このように」
「おお、これは凄い。湧水のごとく水が汲み上がって参りますな」
弥一の父親にして工作奉行である安倍元真が試作品の手押しポンプを持ってきたので、城の井戸を使って実験をしているところだ。せっかくだから早川殿や寿桂尼様、佐奈ちゃん、三浦正俊に朝比奈信置も呼んでみんなで見ている。初めて見るポンプからじゃぶじゃぶ水が出てくる様子にみんなビックリ仰天してる。
「この外側と内側の筒の間に隙があっては上手く行きませぬ。そこにかなり苦労致しました」
元信は上手く行って鼻高々だ。確かに良く出来てる。俺もテレビで見たことはあっても実物を間近に見たのは初めてだから面白い。
「俺にもやらせてくれ。わはは、こりゃ確かに凄いな。元信、良くやった」
「お褒めに預かり恐縮でござる」
こりゃ楽しい。今まではつるべとか言う桶を縄と滑車で引っ張り上げてたんだから、それに比べればだいぶ楽になるんじゃなかろうか。
「佐奈、ちょっとやってみろ。大分楽なんじゃないか?」
「はい、これは驚きました。いつもとは比べ物になりません」
レバーを上げ下げすると水がどんどん出てくるのを見て佐奈ちゃんのテンションが上がっているのが分かる。笑顔がキラキラして可愛い。でも奥さんの目の前だ、顔がにやけないように気を付けないと。
「どれどれ、わたくしにもやらせて下され」
「寿桂尼様、あまり無理をなされては」
ばあちゃんがやる気満々で袖をまくりあげるのを見て、オッチャンが慌てて止めに入る。
「大丈夫です。老いたりとはいえこれほど面白い物を試してみぬと言う手はありません。早川殿、ほら貴女も一緒に」
制止も聞かず、ばあちゃんは奥さんを誘ってチャレンジする。ばあちゃんがあまり得意ではない奥さんはちょっと顔がこわばっている気もするが、ばあちゃんと共におずおずとレバーに手を伸ばした。
「まあ、まあまあまあまあ。これは凄いものですね。これさえあれば水汲みの苦労は無くなりましょう。工作奉行殿、良くこのように便利な物を作って下さいました。この寿桂尼、心からお礼を言わせて頂きます」
「あ、いや、あの、そのような、ええと」
ポンプの威力にいたく感心したらしいばあちゃんは、元真に向かって頭を下げた。お嬢様育ちの早川殿は水汲みなんかした事がなくてピンと来ていないようだが、ばあちゃんは水汲みで苦労した経験があるっぽい。今川の要と呼ばれる寿桂尼様に頭を下げられた安倍元真は焦って俺の顔をチラチラ見るが俺は知らんぷり。元真には俺が発明のアイデアを提供していることは固く口止めしてある。
「うんうん、さすがは工作奉行だ。これからもこの調子で頼むぞ」
「はあ、精進致しまする」
元真は何か言いたそうだが、飲みこんで頭を下げてくれた。ちゃんと褒美は出すから許してくれよな。
「確かに水汲みには役立ちそうですが、それが私に押し付けられた塩作りとどう関わるのですかな」
俺たちがワイワイやっている横から、厭味ったらしい声が聞こえた。言うまでもなく信置だ。
「そう言えばまだ説明してなかったな。信置、塩はどうやって作られるか知ってるか?」
「話を頂いてから調べましたところによると、塩浜と呼ばれる砂浜に海の水を撒いて乾かした後、その砂を乾かして取るようですな。主に瀬戸内などで行われておると聞きますが」
やっぱりだ。そのスタイルの塩作りもテレビで見たことがある。それに比べたらこのポンプを使った塩作りはきっと大分楽だろう。
「まず海水をこのポンプで汲み上げ、三和土で作った囲いの中に流し込んで天日で煮詰める」
「なるほど。してそれをどうするのです」
「煮詰まった海水を集めて、またポンプで汲み上げるんだ。それをやぐらに組んだ竹の枝の束の上から掛けると、風と日光で水気が飛んで塩分の強い水が下に溜まるっていう寸法さ」
これもテレビで見た知識だが、そう難しい原理じゃないから上手く行くだろう。「敵に塩を送る」の故事で分かるように、この時代の塩は貴重品だ。安定供給できれば特産品として使えるに違いない。
「話だけでは良く分かりませぬが、やってみると致しましょう。それにしても殿は妙な事をご存知ですな」
そう言いながら信置は疑い深げな眼で俺を見てくる。ちょっと待て、俺じゃないって。
「思いついたのは元真だ、俺じゃない。なあ元真、そうだよな?」
「た、確かにそれがしの考えた事にございます。氏真様にはいろいろ相談には乗って頂きましたが」
うわー、出たよ。元真も演技下手だな。声がひっくり返ってるし表情も硬い。
「ふん、まあそう言うことにしておきましょう。誰が思いつこうが大した違いはございませんからな」
信置の奴、そう言って軽く鼻で笑いやがった。確かに頭は切れるけどこういう人を小馬鹿にしたような態度は良くないと思うぞ。