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50話「蹴球」

 

 信置に例の「蹴球指南書」が刷り上がるのがいつ頃になるのか聞いたら、最低三月は掛かると言われて驚いた。そりゃあ全部手作業なんだろうから時間はかかるだろうけど、それにしてもかかり過ぎだろう。未来から来た俺からしたらあまりにのんびりしてて我慢できない。もうちょっと早く出来るだろうと信置イヤミに文句を言ったが「急かせると出来が悪くなりますぞ」と言われたから仕方なく待つことにする。


 指南書が出来上がるまで俺はトレーニングに励むことにした。監督兼コーチ兼エースストライカーとしてはまず自分が出来なきゃ話にならない。一つしかないボールを使ってリフティングをやってみるとビックリ。自由自在というか、ボールが体に吸い付くようだ。これが元の氏真くんの蹴鞠の実力なら、こいつは間違いなく天才だ。ボールの扱いならプロで十分通用するだろう。元の俺の実力より数段上なのは間違いない。


「正綱、正成、こっちに来てやってみろ」


 護衛のために俺に付いてくれている二人を呼んでリフティングをやらせてみた。服部正成ハットリくんの運動神経はやはり並みじゃない。全く経験がないのにセンスがある。まあ忍者であるハットリくんが運動神経抜群なのは当然として、意外だったのは岡部正綱マサッチがかなり上手いことだ。この動き、明らかに素人じゃない。


「正綱、どこでその足技を身に付けた?」


 思わず聞くと、マサッチは怪訝な顔をした。


「どこでと言われましても、蒲原徳兼かんばらのりかねと共に殿の御相手をしておりますうちに。徳兼も同じほどの事はやりまするが」


 なるほど。元の氏真くんが供周りの二人を無理やり練習に付き合わせてた、って訳か。そりゃあマサッチもノリくんもとんだ迷惑だよな。


「まさかまた殿のお相手を勤める事になろうとは思いませなんだ。蹴鞠は御止めになったと喜んでおりましたのに」


 あーあーあー。聞こえないー。俺はサッカーで戦国の頂点に立つんだ(謎)。悪いが君たちにはとことん付き合ってもらうよ。ふっふっふ。よし、これから蹴り走りドリブル球渡しパスの練習だ!城の中は狭いから河原にでも行ってやることにしよう。その方が蹴球けりだまのPRにもなるしな。でも早く専用グラウンドが欲しいよなあ。よし、近いうちに作ってやろう。むふふ、俺も悪よのう。





 ――遠江、曳馬城


「殿、お加減は如何ですか」


「ああ、もう大丈夫だ。心配をかけて済まぬな、お田鶴」


 床に臥していた城主の飯尾連竜いいおつらたつが妻の声で起き上がる。


「薬が効いたようで宜しゅうございました。あまりお心をお痛めになられませんよう」


「ああ、それでどうだ氏真公の様子は」


「薬屋の話ではどうも近頃また蹴鞠にうつつを抜かしておられる様です。巷でも噂になっておるとか」


 氏真の従兄弟に当たるお田鶴はため息をついた。


「そうか、心根を入れ替えられたのかと思うたがやはり無理であったか――」


 連竜は苦悩の表情で天を仰ぐ。


「八城山より天野様がお見舞いにお越しになっておられますが、如何なされますか」


「影信か、会おう。着替える故手伝ってくれ」




「連竜、加減は如何か」


 別室で待っていた八城山城主、天野影信の前に着替えを済ませた連竜が現れた。


「影信、見舞いはただの口実であろう。何の用だ」


「さすがは知勇兼備と名高い連竜、お見通しだったか」


 そう言うと影信は連竜に膝を近づけて囁く。


「お主にも井伊谷いいのやからの文は届いておろう」


「何の事か皆目分からぬな」


「隠さずとも良い。儂にも届いておる。お主はどう思った」


 影信の言う井伊谷からの文とは、井伊谷城の家老である今村正実の名で先日密かに送られてきたものだ。そこには確かに天野影信の名もあったが、その内容を連竜は眉唾だとおもっていた。


「どう思うも何も分からぬと言うておろう。言える事は軽挙妄動は慎めという事だ。誰が描いたかも分からぬ絵図に軽々しく振り回されてはならぬ」


「相も変わらずお主は慎重だの。だが今村正実といえば身を挺して幼き主を救い、十年もの間育て上げた忠臣。その今村からの文だ。これ以上信用できる相手はおらぬ」


「だからそんなものは知らぬ。何を話しておるのか分からぬとさっきから言うておろうが」


 飯尾連竜はそう言い捨てて話を終わらせようとしたが、天野影信はなおも語り続ける。その顔には強い決意が滲んで居た。


「まだ言い張るか。まあ良い、ならば聞いてくれ。東三河が松平の物になるかもしれぬと言う噂はとうに耳に入っておろう。お陰で東三河の城主国人どもは動揺し、右往左往しておる」


「だから何だと言うのだ」


 桶狭間からまだ日も経たぬうちに各地の城主宛てに、東三河が近く松平の物になるという謎の書状が送られていた。内容は氏真が松平に東三河を投げ与えると書いたものや、松平が織田の後ろ盾を得て東三河を攻め取るつもりだと書いたものなど幾通りかあったが、いずれにせよ氏真の治世に不安を抱かせる内容であることに違いはなかった。なにせ氏真は松平元康に西三河をポンとくれてやっているだけに信憑性は高く感じられる。その書状は当然連竜の元にも届いていた。


「事の真偽はともかく、このような状態で今川が生き残っていけると思うか。今はまだ良い。甲州武田や相模北条とは盟を結び、家中の要として寿桂尼様も居られる。だが寿桂尼様はもうお年だ、いつ亡くなられても不思議はない。武田北条との仲もいつどうなるか分からぬ。そのような中であの暗愚な主君を戴いてこの戦国の世を生き残れると思う方がどうかしておるとは思わぬかっ」


 そう言うと影信は拳で床をドンと叩いた。

いよいよファンタジスタへ?

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