45話「楽市楽座」
いよいよ年の瀬ですね。
でもまだ仕事は終わりません。
はあ。
「このままでは由緒ある富士大宮の六斎市が廃れ、いずれ立ち行かなる事は必定。そこで私は六斎市の座をすべて失くし、誰でも自由に商いが出来ることにしたのでございます」
「しかし既存の座に属する商人たちは反対しただろ?」
俺の質問に富士信忠は頷いた。
「無論皆口々に異を唱えましてございます。しかし六斎市の座は全て浅間大社が与えたもの。私は大宮司でございますので、私がそれを取り上げると言えば逆らえるものは居りませぬ」
この人結構怖い人だね。自分が正しいと思えば周りの反対も押し切ってやっちゃうタイプ。石田三成っぽい。でも融通がきかない分汚職とか利権とは無縁だってことだろう。信用出来そうかな。
「それでどうなった?」
「誰でも商いが出来ると聞いて皆初めは戸惑ったようでしたが、次第に様々な物を売りに民が集まって参りました。畑で朝採れたばかりの野菜を売る者、自分で拵えた木茶碗を売る者、獲った魚を売る者、中には行商で他の地方より参った者もおりました。するとその評判を聞きつけ、多くの民がそれを目当てに来るようになったのでございます」
「して元から座に属し店を開いておった者どもはどうなったのですか」
言葉を発したばあちゃんを見て信忠は一瞬ハッとした。それが世に名高い寿桂尼だと気付いたのだろう。
「はじめは周りに合わせて値を下げねばならず不平を申しておりました。しかし民が集まりました結果、元以上に繁盛しておるようです」
「それならば皆にとって良い結果になったという事ですね」
ばあちゃんはそう言って信忠に向かって頷くと、俺の方に向き直った。
「氏真殿はそれを知り、他の市でも行いたいと思われたのですね。確か――らくいちらくざ、と仰せでしたか」
「楽市楽座、ですね。座を撤廃して誰でも商いが出来るようにすることで銭の巡りを良くする事です」
「なるほど、近頃の氏真殿はよく学んでおられるようで良き事です」
「いや学ぶことが楽しくて、あは、あはは」
危ない危ない。元真の時のように下手な言い訳すると却って墓穴を掘るから気を付けないと。もう桶狭間みたいな夢ネタは使えないだろうし。
「それで富士信忠、俺に楽市楽座をやれと言うんだな?」
「ははっ。商人どもは抗いましょうが、きっと商いは盛んになり国も民も潤いましょう」
「しかし問題がございます。座より納められる銭がこの今川の大きな費えを賄う源の一つとなっております。これが失くなるは由々しきことでござる」
さすがは三浦のオッチャン、金にうるさい。でも確かに税収は大事なことだ。
「正俊、人が増え商いが盛んになれば自ずと金は落ちてくるものだ。それにさっきの綿花や塩の専売、さらには安倍元真がこれから作り出す農具の販売など銭を稼ぐ方法は色々ある。さらに関所で掛かる通行税もなくし、とにかく人の行き来を盛んにして商いを盛り上げることを最優先にする。いいな?」
「関銭まで失くすと仰せですか。それには各地の領主国人どもも五月蝿かろうと思いますが」
朝比奈信置がなんとなくニヤニヤしながら言ってくる。コイツ絶対面白がってるだろ。まあ反対されるよりいいけど。
「結果的に儲かれば文句ないだろう。最初はゴチャゴチャ言っても無視することだ」
信長に出来た事が未来を知ってる俺に出来ない訳がない。頑張って国を豊かにするぞ。
「富士信忠、三浦正俊と共に楽市楽座を進めろ。正俊、まずは遠江から始めてくれ」
「ははっ」
「信置、お前には塩作りを任せたい。元真が新しい塩の作り方を考え出し、それに必要な『ポンプ』という道具を開発してる。あれが出来たら塩作りが楽になるぞ」
「ほほう、塩は人の生活に欠かせぬもの。その新しい作り方とは面白そうですな。では工作奉行には頑張ってもらわなければ。正式に今川家として行うならば、人をやってはいかがですかな」
確かに安倍元真だけでは無理があるだろう。人員を増やす必要がある。ただ人を増やすと言ってもそんなに都合のいい人材は……いるじゃん。
「服部正成を呼んでくれ」
「あの得体の知れぬ者をですか」
一緒に温泉に入った仲だっていうのに、まだオッチャンの不信感は解けないらしい。
「お呼びでごさるか」
富士信忠は出て行き、代わりにハットリくんがすぐにやって来た。さすがは忍者だ、素早い。
「お前たちの所領の件だが、吉田城はやめて安倍川沿いにしようと思う。そこに安倍元真という今度工作奉行にした男がいるから、その下で働いて貰おう」
忍者ならなんとなく器用そうだし、考えてみれば発明品や新技術は重要な機密だ。他国に盗まれたらまずい。そういう意味では最強のガードになる。いずれ吉田城のある東三河も松平に譲るつもりたし、そうなるとまた所領を移さなきゃいけないからな。我ながら一石二鳥の名案だ。
「しかし大切な今川の秘密をこのように得体の知れぬ者どもに任せて良いのですか」
オッチャン、なかなかしつこいね。
「構わん。正成、保長にすぐ皆を連れて安倍谷へ向かうよう伝えてくれ。正俊は服部保長達が安倍川下流を開墾して所領に出来るように人手を手配しろ。安倍元真が作る農具や工具が役に立つはずだ」
「いや、しかしですな」
「正俊、これが上手くいけばお前にも良い事があるぞ。正成や保長達は健脚だ。安倍川もちを駿府まで運ぶなど造作もないことだろう。違うか正成?」
「それしきのこと、お茶の子さいさいでごさる」
正成が頭を下げると、オッチャンの喉がゴクリと動いた。安倍川もちの美味さを思い出してるんだろう。
「どうだ、安倍川もちを食べられるのは悪い話じゃないだろ?」
「まあ、そこまで殿が仰るならあか仕方ありませぬ。ここは大目に見る故、励むのじゃぞ。あと安倍川もちを忘れぬよう父親にしっかりと伝えておくように」
「ははっ」
オッチャンの食い意地のおかげでなんとか一件落着だな。安倍川もちの効果は絶大だ。
このところブックマークが増えるのと減るのが拮抗しています。
流れ的に落ち着いてしまっているので仕方ないですね。
もうすぐ大きく流れが変わりますので、もうしばらくの御辛抱を。
明日も投稿出来ると思います。