表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/64

43話「発明」


「これをご覧くだされ」


 元真が持ち出してきたのは巨大な凧だった。縦の長さは3メートル以上あるだろう。テレビで見る大凧大会で見かけるような立派なものだ。


「へえ、凄い立派な凧だな」


「近年三河にて木綿が作られるようになりましてな。それで帆布が作れないかと試行錯誤いたしまして、出来上がったのがこの布でございます。従来のムシロに比べ丈夫で厚く、風をよく受けまする。そこでその帆布を使って凧を作れば空をも飛べるのではないかと思いつきまして」


 そう言われてよく見ると、この凧の骨組みには足場や手すりと思われる金具がついている。これに掴まって空を飛べってか。一体どこの白忍者だ。想像しただけで怖い。絶対無理だと思うぞ。


「色々試したのですがどうも安定致しませぬ。何度やっても落ちてはその度に怪我人が出る始末で」


 あんたこれで実際人飛ばしたんか! このマッドサイエンティストめ。実験台にされた人は怖かっただろうなあ、可哀そうに。


「この形じゃ無理もないだろう。ちょっと紙と筆を貸してくれるか」


 筆記用具を借りて俺が書いたのは三角形の帆を持つ凧だ。子供の頃に遊んだ事のある現代風の三角形の凧とハンググライダーの混合みたいな感じ。下には三角形の金具と体を安定させる為の腰縄(ベルト)を付けた。


「こんな感じでこの金具に人が掴まる。下から縄で引くのではなくて斜面を駆け下りて風を受ければ飛べるんじゃないか?」


「おお、これは中々面白き案でございますな。さっそく作って試してみると致しましょう」


 航空力学とか全く分からんから全くの適当なんですけど。これでまた怪我人が出たら申し訳ない。




「空を飛ぶのもいいが、せっかく帆を作ったのだから船の帆の形にもこだわってみたらどうだ?」


「と申しますと」


 俺のあやふやな知識でしかないが、確か戦国時代の船は安宅船や関船といった軍用艦をはじめ、ほぼその全てが莚を使った一枚の横帆が基本だった筈だ。だが帆が大きくなると扱いは難しいだろうし、横帆は向かい風に弱いと何かで読んだ記憶がある。


「こんな風に帆を何枚かに分けてやる方がかえって扱いが便利だろう。あと前にこんな感じで縦に帆を張ると向かい風でも進めるんじゃないか?」


 俺はささっと紙に船の絵を書いた。2本マストの帆船だ。へへ、小さいころから絵はちょっと得意なんだよ。ところがその絵を見た元真は明らかに興奮している。


「なんと、これは南蛮船ではござらぬか。なるほど確かに船首にこのような帆があり申したが、あれがまさか向かい風を受ける為の物であろうとは。想像もつきませなんだ。氏真様はどこでこのような事を」


 どうやら安倍元真は本物の南蛮船を見たことがあるようだ。いいな、俺も本物の帆船を見てみたい。


「いや、大殿がお持ちだった本を見せてもらって偶然覚えていたんだ。南蛮の色々な事が絵入りで載っていてな」


「そ、その本をそれがしも読んでみとうござる。お持ちでございましょうか。せめて題名だけでも」


 誤魔化す為に適当な話をしたが、元真はなおも喰いついてくる。面倒な事になった。


「大殿が亡くなられてどこかへ行ってしまった。題名も覚えてない。ごめんな」


「それは極めて残念な事でございます。では他に書いてあったことをぜひお教えくだされ、憶えておられる限りすべて――」





 俺はそれから結局一晩中話を聞かれる羽目になった。眠いのにこの親父が寝かせてくれない。弥一はとっくに部屋の隅で寝息を立てて熟睡してるのに、主の俺は眠れない。眠いよ。


 仕方がないから思いついたことをいくつか教えておく。黒鉛と粘土を混ぜた芯を木で挟んで鉛筆を作るとか、スコップやツルハシといった工具の形とか。特に気合を入れて教えたのは手押し式のポンプだ。幸いテレビでタレントが無人島の壊れたポンプを修理する番組を見ていたので構造は覚えてる。動力も人力だし、この時代でも実現可能だろう。あとはコンクリートの原型とも言える三和土たたき。これなら赤土とニガリと漆喰があったら作れるから簡単だと思って言ってみたら、意外にも似た物はこの時代にもあるんだそうだ。東三河の土を使って作るそうだが、これは耐水性、防弾性、耐火性が期待できるから使い道は多い。


 俺が理系なら他にももっと化学的な知識を教えてやって転生無双とか出来るんだろうけど、完全文系の俺には無理な話なのが残念だ。ただ病気は怖いから衛生面で煮沸消毒とか生水に気を付けるとかは良く教えておいた。ウイルスとか細菌とかっていう概念が無いから分かりにくかったと思うけど。あとはお約束の千歯扱きね。これはすぐ作れるだろうから脱穀は今後きっと楽になるだろう。三本歯のクワなんかも教えておいたから、農地開発が進んで石高が増えるといいな。


「これは大変な事になりました。氏真様のおかげで世が変わるやもしれませぬ。この安部元真、梅ヶ島より掘り出した金を全て注ぎ込んででもこれを全て物に致します。それがしはこの為にこの世に生を受けたに違いありませぬ」


 元真は俺の前で興奮して涙を流している。いや中年親父にそんなに喜ばれても困るんだけど。


「分かった、では元真を工作奉行にしよう。新しい物を作り出し、実用化させて領内に広める役目だ。どうだ、受けてくれるか?」


「有り難き幸せにございます。この安部氏真、誠心誠意努めさせて頂きまする」



 

 それから眠い目をこすりながら明け方まで元真と話し合った。さっき話した物以外にもついでにいくつか頼んでおいた。


「革張りの玉に鉄笛、水時計に大きな籠、更には鉄菱の付いた足袋でございますか――」


「ああ、後はだいだい色の木綿布だ。出来るだけ早くそろえて欲しい。頼む」


「氏真様の命とあらば。出来うる限り急いで作らせまする」


「うん、まずは玉から頼むよ。他は後でもいいからさ」


 まあついでだよ、ついで・・・。これぐらい役得があってもいいよな。むふふ。

ファンタジスタに向けての第一歩ですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ