42話「安部元真」
1話から38話までを「桶狭間編」
39話からを「三遠騒乱編」と分割しました。
「これは氏真様。いつも弥一郎がお世話になっております。父の安部元真にございまする」
俺の前で恰幅のいい武士が手をついて頭を下げる。これが金山持ってる金持ちで発明が趣味だという弥一の父親か。
「ああ、今川氏真だ。よろしくな」
どうでもいい。こんな親父はどうでもいい。今俺は傷心の身だ。ハートブレイクだ。失恋した訳じゃないけど、漢のロマンが破れたんだ。正直ほっといて欲しい。
「良くこのような山奥までお越しいただきました。氏真様とご一行にはぜひ今宵は我が屋敷にお泊り頂きとう御座いまする」
「殿、それがよろしゅうございます。ぜひ我が家にお泊り下さいませ。美味い餅菓子なども御座いますゆえ」
「おお、菓子とな。それは楽しみじゃ。殿、ここは是非に世話になると致しましょう」
弥一親子が熱心に誘ってくれる。正俊のオッチャンも乗り気のようだ。だったらいいんじゃないかな。正直俺はもうどうでもいい。漢のロマン破れた今、餅菓子程度で俺のハートは蘇らねえ。しかも照れくさくて佐奈の顔をまともに見れない。辛い。
「ではそうするか。弥一、元真、世話になる」
俺たちは準備をして弥一の実家へ向かった。
「ようこそお越しいただきました。腹が空いておいででしょう。夕餉をご用意しておりますのでまずは腹ごしらえを」
安部元真の屋敷は田舎っぽくはあるがかなり豪勢で広い。さすがに金持ちだと言うだけのことはある。弥一ってお坊ちゃんだったんだな。今川家の跡取り息子だった氏真には及ばないだろうが。
「殿、この安倍川で採れる川魚の焼き物は絶品でございます。わたしは子供の頃から囲炉裏で焼いたこの魚が大好きなんです」
弥一が久しぶりの実家のご飯に興奮しているのが分かる。子供の頃から、ってまだ子供だろうが。夢破れた俺は精神的にかなりグレているが子供に当たるのも大人気ないので大人しく食べる。ここには正成も佐奈もいるんだ。これ以上格好悪いところは見せられない。
「さて、夕餉の後のお口直しでございます。最近それがしが考え出しました餅菓子にございます」
「おお、儂は甘いものにめっぽう目がありませんでな。楽しみじゃ」
山の幸、川の幸満載の豪勢な晩御飯の後、安倍元真の合図で名物だとか言う餅菓子が運ばれてきた。オッチャンは顔に似合わず甘党のようでテンション高けえ。それがまた傷ついた俺の心にイラッとくるがぐっと堪える。俺って大人だね。……ん、これは?
「おお、これは美味い。餅の柔らかな食感に黄粉の香ばしさに加え、更にこの甘さは……これは砂糖か。これほど砂糖をふんだんに使うとはなんと贅沢な、お主只者ではないなっ」
「三浦様、ご明察にございます。つきたての餅にこの梅ヶ島金山の金に見立てた黄粉と南蛮渡来の砂糖を塗しました。是非氏真様もご賞味くださいませ」
お前どこの美食倶楽部だよって感じのオッチャンの食レポはともかく、確かにこれは美味い。上白糖ほど白くはないが確かに砂糖の甘さだ。これってそのまんま安倍川もちだよな。久しぶりの現代の味だ。美味いし懐かしい。
「確かにこれは美味いな」
「お褒めに預かり恐悦至極にございます。つきましては名を付けて頂ければと思うのですが」
名を付けろ、って言われてもな。そのまんまでいいだろ。
「ではこの地にちなんで安倍川もちと名付けよう。きっとこの辺りの名物になるぞ」
「おお、良き名を頂きました。では本日この時より安倍川もちと呼ばせて頂きまする」
安部元真はニコニコして頷いた。自分の名前が入ってるから嬉しいのかもしれん。それにしてもこの親父がこれを考え出すとか凄いな。安倍川もちの名付け親が俺になるのかと思うと変な気分だ。
「しかし良く思いついたな。感心した」
「殿、この菓子だけではありません。父は妙な物ばかり拵えては一人で喜んでおるのです」
弥一が多少誇らしげな、でもちょっと迷惑そうな微妙な表情で言う。
「ほう、ほかにも色々あるのか。ちょっと見せて欲しいな」
「おお、興味がお有りですか。ではよろしければそれがしの倉にお越しくださいませ」
俺は弥一だけを連れ、安部元真の倉に行く。今このタイミングで正成や佐奈と離れられるのは正直ありがたい。まだちょっと気まずいからな。
「おお、これは凄いな」
案内された倉は想像以上に広く、そこには大小さまざまな物が置かれていた。中心部には作業用の台と色々な工具が置かれている。倉というか、もはやこれは作業場だ。
「それがしが思いついたものを作る処にございまする。無駄な物ばかり作ると家の者には叱られておりますが」
「元真、これは何だ?」
俺はそこに置いてあった木製の円盤を手に取った。直径約30センチ、あまり分厚くなく手に馴染む。
「これはこのように」
そう言いながら元真は円盤を俺から受け取ると、奥に向かってそれを飛ばした。手首のスナップを利かせて投げられた円盤は回転しながら飛んでいく。っていうかこれまんまフ○スビーじゃねえか!
「武器として思いついたのですが、思うたほど速さが出ませんでな。これでは相手に避けられて仕舞いますゆえ、失敗作でございまする」
そう言うと苦笑いしながら頭を掻いた。確かに武器としては微妙だが、玩具としては使えると思うぞ。
「元真、武器としたいのであればこんな形にしてみたらどうだ? これならもっと早さが出るし、きっと投げたら自分の処に戻って来るぞ」
そう言いながら俺は宙に指でV字の画を描いた。言わずと知れたブーメランだ。
「おお、それは面白うござる。では、これはどうでござろうか」
元真の眼が変わった。しまった、いらない所に火を点けたかもしれん。
明日も投稿します。