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37話「密約」

前話までのあらすじ:今川氏真に転生してしまった俺は、桶狭間イベント阻止には失敗したものの松平元康の離反を防ぐことには成功する。一応は家中をまとめた俺は岡崎城に向かう。途中で伊賀の忍者である服部半蔵正成を家臣に迎え、岡崎では松平と今川の正式な同盟を結んだ。そのあと元康の私室で自分は日本を統一するつもりはないこと、その可能性が高いのは織田信長だという事を元康に告げた。

「返しても良いが返さなくとも良い、とはどういう事でござりましょうか」


「岡部正綱から聞いてるよ。瀬名おくさん、だいぶキツいらしいね」


「――お恥ずかしい限りにござる」


 元康君は一瞬ちゅうちょした後、目を伏せて答えた。


 瀬名、史実では築山殿として知られる元康の正室は今川家の一門、関口親永せきぐちちかながの娘で母親は義元の妹だそうだ。つまり氏真オレとは従妹にあたる。松平家への輿入れに際して、義元は瀬名を自分の養女としてから嫁がせた。形式上は俺の義理の妹でもあるわけだ。ということは元康君も俺の義理弟ってことだね。なんだ義理だけど兄弟なんじゃん、俺たち。


 瀬名は非常にプライドが高く、嫉妬深かったという話が後世にも伝わっている。元の世界の歴史では確か元康が今川家から独立して織田と結んだことで氏真の怒りを買い、父親の関口親永と母親が共に自害している。


 しかも悲劇はそれだけでは終わらない。瀬名と元康との間に生まれた嫡男の松平信康は信長の娘、徳姫と結婚する。しかし徳姫は父である信長に信康と不和であること、義母である瀬名が武田勝頼と内通していることなどを手紙で訴えた。これには夫婦関係や嫁姑関係のもつれが深く関係していたと言われる。


 訴えを受けた信長は瀬名と信康を処分するよう命じて、家康はこれに従って信康を切腹させて瀬名を殺させる。これが世に知られた「信康自刃事件」だが、一説にはこれは信長が無理やり命じたのではなく家康が望んでそういう方向に持って行ったのだとも言われている。





「瀬名が気が強くて気位が高いのは俺も知ってる。さぞ苦労してる事だろう」


「高貴な血筋ゆえ、致し方ないかと」


「いやいや、やっぱり家庭は安らぎの場所じゃないときついよね。でさっきの続きなんだけどさ、人質なんかいらないからすぐに返してもいいけど、もし良かったらずっと今川うちで預かってもいいよ?」


「いやしかし、それはあまりに」


 元康君はためらっているようだ。そりゃあ一応自分の奥さんと嫡男なんだし、本心はともかく表向きそれはちょっとね。でも不幸な未来を防げるなら別居や離婚もありだと思うけどなあ。これって現代的な考え方過ぎるかな?


「気にしなくていいよ。俺は瀬名のことが無くても元康殿の事は弟みたいに思ってるし」


「儂も氏真公の事はまことの兄と思うておりまする」


「そっか、有り難う。で、どうだろう? このまま2人は今川で預かって、いずれ解放するためっていう名目で離婚とか。もちろん瀬名と息子さんの生活はこっちでちゃんと面倒みるし。息子さんには関口の家を継いでもらえばいいよ」


「いや、さすがにそれは」





 元康君、なかなか慎重派だね。さすがは「鳴くまで待とう」と言われるだけはある。んじゃ、最後にとっておきのアレ、出しちゃいますか。


「で、もう一つ相談というか提案なんだけどさ」


「何でございましょう」


「最近うちのたまきがなんか色気づいちゃってさ。いい男がいたら紹介しろ、とか結婚相手をさがせ、とかうるさいんだよ」


「なんと、あの環姫が」


「でさ、一応は瀬名も妹とはいえやっぱり義理だし、どうせなら元康殿に本当の妹を貰ってもらえたらなー、なんて思う訳」


「そ、それは如何なる」


「いや、だからね、俺の周りでいい男って言ったらやっぱり元康殿かなと思うし、まあもし嫌じゃなかったら環を貰ってやってくれないかな、とか思うんだけど」


「いや、しかし、儂はその」


「そうなんだよ。さすがに正室の居る人に環をやる訳に行かないし、あくまでこれは元康殿が瀬名と離縁してくれたら、っていう仮定の話でしかないんだけれど」





 ゴクリ。元康君の喉が大きく動く。ほれほれ、どうする? 君が環を好きなのは調べがついてるぞ。瀬名には悪いけど俺は元康君を味方にしておくためにはどんな手でも使うからね。背に腹は代えられないってやつだよ。ついでにもうひと押ししてノックアウトだ。


「嫌なら仕方ない、諦めるよ。他にも環が欲しい、って言ってきてくれてる人も結構いるし」


「あ、いや、別に嫌だと申している訳では」


「もし引き受けてくれたら、そうだな、もう一つオマケ付けちゃおう」


「おまけ……とは何でございましょう」


「あ、分からないか。えっと、お土産? 違うか。つまりもし瀬名と別れて環と結婚してくれるならもう一つ贈り物をしようかな、っていう話」


「何を下さるというのでしょうか」


「それはね、東三河。つまり松平家に三河一国まるまるあげちゃおうかな、って思ってるんだ」


「これはまた、左様なご冗談を」





 ここで俺は急に声のトーンを下げる。顔つきも変えてマジモードであることを強調する。


「冗談じゃないよ。環と結婚して今川と松平の結びつきをさらに強固なものにする。その上で三河を松平が、遠江と駿河を今川がそれぞれ発展させるんだ。ただし、環のこと以外にもう一つ条件がある」


「……それはどのような」


 元康君もマジモードに入った。二人で額を突き合わせ、小声で話し合う。


「元康殿には織田に水野信元という叔父がいるな」


「水野信元は確かに叔父でござりますが、それが何か」


「水野信元を通じて織田家に連絡を取り、織田と同盟を結んで欲しい」


「いやしかし、今川と既に盟を結んだばかりでございますが」


「うん、でも信長ともそうして欲しい。元康殿は信長と面識があるんだよね?」


「はい、尾張で質に取られておりました際に。互いに竹千代、吉法師と呼ばれている頃でございましたが」


「それを上手く使って信長と同盟を結んで欲しいんだ。きっと信長は受けると思う。向こうも美濃攻略の為には後顧の憂いはなくしておきたいだろうからね」


「なるほど、それは先ほどおっしゃられていた事への布石でございますな」


「そうだ。将来、信長がこの世から戦を無くすことが出来るんならその手伝いが出来るように」


「ならば我ら松平のみならず、いっそ今川も共に盟を結ばれたらいかがかと」






 元康君の提案は魅力的だ。魅力的だけどそうもいかない訳がある。


「残念ながらそれは無理だ。さすがに今、大殿の首を取った織田と同盟なんて言ったら家中がまとまらない。もう一つが……うちの岡部元信が勝手に刈屋城を攻めて水野信近の首を取ってきてしまった事だよ」


 クッソ、髭ゴリラめ。人の計算をパーにしておいて嬉しそうにしやがって。思い出したら腹立ってきた。


「そ、それは何とも。先日刈屋の方から煙が見えると聞きましたが、あれは岡部殿でございましたか」


「そうなんだよ、勝手なことしてさ。そうだ、元康殿から水野信近の首を返してやってくれないかな?」


「それは交渉のきっかけとしては良さそうで御座いますな」


 元康君はしばらく考えて頷いた。


「分かりました。ではそのお言葉に乗らせて頂きとう御座います」


「了解、では瀬名と息子さんは当分こちらで預かるという事で」


「しかる後に瀬名を離縁致しますので、環姫を頂きとう御座います」


「うん、東三河と一緒にね。じゃあ織田との件もよろしく」


「かしこまりました。話を進めまする」


「うん、詳しい日程とか決まったらまた教えてくれよな」


 僕と元康は互いに頷き合った。

今日の話、実はけっこう悩みました。

妹の環姫(架空の人物ですが)を元康に嫁がせてより強固な同盟関係を結びたい。

更に元の歴史では将来悲劇的な結末を迎える瀬名と信康を元康から遠ざける。

これは元の歴史を知っていれば悪くないように思えますが、一方でそんなことを知らない瀬名にとっては理不尽な仕打ちです。

だからここは自分が氏真君になったつもりで考え、その結果がこの話です。



……瀬名、怒るだろうなあ。

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