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33話「伊賀村」

「氏真公がお仕えするに値せぬとなれば、今川を見限り織田に走ることも考えておったのですが」


 それって場合によっては裏切るつもりだったってことだよな。しかも話す相手はその当事者である氏真オレだ。度胸があるというか図々しいと言うか。


「この度の戦の仕置き、なかなか興味深うござった。小原鎮実、今後も殿にお仕え致しまする」


 そう言って鎮実は俺に頭を下げて見せた。どこまで信用できるか分からないけど、表だって反抗されるよりはいいか。その後いろいろな話をした。この鎮実はトラップを作ったり仕掛けるのが趣味で、この城は至る所に罠が仕掛けられているんだそうだ。変な奴。


「殿は松平元康殿のところへ向かわれるのでしたな」


 何気なく鎮実が言う。でもそれって俺まだ話してない。忍びに全部筒抜けだってことだな。


「ああ、それがどうかしたか?」


「では岡崎までご案内いたす。お連れしたいところがございますので」


 何やら意味ありげな言い方をする。面白い、連れてってもらおうじゃないか。





 小原鎮実おはらしずざねに先導されて東三河を抜け、西三河に入る。正綱や庵原弟はまだ疑ってるみたいだが大丈夫だろ。いよいよ岡崎に近づいてきたところで東海道を外れた。何やらひなびた農村に入っていく。


「この辺りは伊賀村と言いましてな、伊賀の国より流れ来た者どもが住んでおりまする」


「へえ、じゃあ忍びはここにいるのか」


 現代の知識としては伊賀といえば忍びの里だから何気なく言うと鎮実は驚いた顔をした。


「なぜ殿がそのような事をご存じなのか。如何にも、ここは忍びの住む村でございまする」


「まあ、たまたま聞いたことがあるだけだよ」


「驚いて頂こうと思うたのですが、当てが外れましたな。まあよい、まだ種はありまする」


 鎮実ってサプライズ好きとか、そういうこと?





「これは小原様。わざわざのお越し、何かご用でしょうか」


 村で多分一番大きいだろう家に行くと、中から中年の男が出てきて頭を下げた。この村の庄屋と言う感じだろうか。小柄だが浅黒くて精悍で、どことなく油断ならないような鋭い目つきの男だ。


保長やすなが、ここにおわすお方をどなたと心得る。今川氏真公に在らせられるぞ」


「なんと今川様がこのような村に。一体どのようなご用件でござる」


「まずは中に入れてもらおう。殿、どうぞお入り下され」


 なんかどこかで聞いたような紹介のされ方だったな。まあいいや、とりあえず中に入れてもらう。この世界に来てから今まで城ばかり見てきたから、こういう庶民的な家は興味深い。あ、ホントに囲炉裏が切ってある。ここで火を焚いて何か焼いたら楽しそうだなー。





「殿、この男は元は伊賀国の土豪にござる。伊賀の国は貧しいゆえにこの三河まで流れて参りました」


「服部保長にござる。このようなあずまやにお越しいただき、恐れ入るでござる」


 鎮実が紹介してくれたこの男が家の主らしい。伊賀の服部というとアレだな。


「服部半蔵ただいま参上……」


「な、何と」「保長の異名までも。どこまでご存じなのか」


 伊賀の服部なら半蔵、というイメージがあるから思わず呟いただけなんだけど、服部保長と小原鎮実との二人ともが腰を抜かすほど驚いている。


「この氏真公はかように不思議なお方なのだ。保長、氏真公にお話しせよ」


「我が故郷である伊賀国は貧しき土地ゆえ作物の実りが悪く、年貢の支払いはおろか日々の暮らしにも事欠く有様でござった。そこで伊賀の者どもは自らを鍛え、忍びとして素破すっぱ仕事を請け負うて銭を稼ぐことを生業なりわいとして参ったのでござる――」


 服部保長の家は伊賀国花垣村で代々忍者の頭領を務める家系だそうだ。その後を継いだ保長はあまりに生活が困窮したために一族を率いて伊賀を出た。最初はその能力を買われて十二代将軍である足利義晴に仕えたが将軍家は没落、保長は見切りをつけてこの三河に流れ着いた。それからここに村を作って定着し、元康の祖父である松平清康に仕えたのだと言う。ところが清康は織田との戦で25歳の若さで戦死、以後松平家は混乱の末今川の傘下に下った。


「――我らは再び仕えるべき主を失い、日々の糧にも困る有様でござった。そのような中でこの小原鎮実様にお拾い頂き、なんとか暮らしてきたのでござる」


 そっか、よく小説とかで忍者の暮らしは厳しいって読んだけど本当なんだな。考えてみれば武士としての身分もない、いわばただの農民だ。しかも流れ者で主がいないとなったら大変だよ。


「ところで先程仰られた服部半蔵という名でござるが」


「ああ済まん。ふと頭に浮かんだだけだから気にしないでくれ」


 やっぱりこの世界でも有名なんだろうか。服部半蔵、カッコいいよねえ。


「そうはいきませぬ。我こそは服部半蔵、拙者の忍びとしての名が半蔵なのでござる。氏真公はいかにして我が名をお知りになったのでござるか」


「え? いや、その、ほら有名だからさ。何となくどこかで聞いたなー、みたいな」


「左様でござるか、拙者もまだまだ未熟……忍びでありながら名が知れ渡るなぞ恥の極み」


 あらら、フォローしたつもりが落ち込ませちゃったよ。しかしこの人が本当に服部半蔵だとは驚いた。でも俺が知ってる半蔵は正成だよなあ。世代も違う気がする。どういう事だ?


いよいよ伊賀の忍者が登場でござる。

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