32話「三河行」
いよいよ氏真君が元康君の所へ向かいます。
でもその道中で何やら起きそうな?
「お気を付けて行ってらっしゃいませ。駿府の城はこの三浦正俊が責任を持ってお守りいたしますので」
葬儀も終わり、戦後処理もひと段落ついたので俺は予定通り岡崎へ向かう事にした。お忍びの旅なので同行するのは供周りとして岡部正綱と庵原兄弟の弟である庵原忠縁、そして小姓の弥一こと安倍弥一郎に加え数人の武士だけだ。
三浦正俊も最初は付いて来たがったが、留守役として城を任せたいと言ったら鼻息を荒くして引き受けてくれた。良かったよ、オッチャン何かとうるさいからな。俺の留守中、朝比奈信置と仲良くやってくれたらいいけどまあ無理だろうね。信置の嫌味に正俊がキレてる姿が今から目に浮かぶ。でももし何かあっても寿桂尼様がいるから安心だ。
本当はカッコ良く馬で行きたいんだが、残念ながら今回は止めておく。体が覚えてるのか何となくは乗れるんだけど長距離はちょっと自信ない。仕方ないから駕籠に乗せてもらう事にした。
道中聞いたところでは、弥一の実家は駿府城のずーっと北の山の中なんだそうだ。広大な領地を持ってて、領地の中に温泉まであるんだって。腰痛や関節痛に効くと評判らしい。
「弥一郎の父である安倍元真殿は金山を持っておられ、裕福で知られたお方にございます」
庵原弟の忠縁が教えてくれた。金山とは凄いな! 超お金持ちじゃん。あ、信虎に払う分の金をくれるようにお父さんに頼んでくれない? って無理か。
「父は変わり者なのです。何に使うか分からぬ物ばかり作って喜んでおります」
弥一くんが呆れ顔で言う。自分の父親なのにあまり尊敬してないみたいだ。頭の中にお金持ちでガラクタばっかり発明して喜んでいる変人のイメージが浮かんだ。そのうち会ってみたいものだな。
今回の旅はもちろん松平元康に会うのが目的だが、その前に会ってみたい人物がいる。東三河国の吉田城の城代である小原鎮実。前にマサッチとノリくんが不思議な人物だと話していた人だ。ちょうど通り道だから寄っていこう。楽しみだな。
「正綱、小原鎮実には会ったことあるのか?」
「いえ、先日も岡崎に向かう途中で馬と人はお借りしたのですがお会い出来ませんでした」
「そっか、忠縁はどうだ?」
「噂には聞きますがお会いしたことは御座いませぬ」
うーん、まさに謎の人物だってことか。楽しみだけどちょっと怖いな。
三河に行く途中、遠江の掛川城で休ませてもらうことにする。ここは氏真の幼馴染である朝比奈泰朝の居城だ。前もって知らせずに突然行ったから驚かせてしまった。安全上の問題で今回の旅は極秘にしてあるからね。なんといっても今は戦国時代、どこに危険が転がってるか分からない。
「突然済まない。泰朝、世話になるぞ」
「これはこれは殿ではございませぬか。ようこそお越し頂きました。どうぞごゆるりと」
突然行ったのに泰朝は歓迎してくれた。泰朝は本当に立派な体格をしている。身長は180㎝近くあるんじゃないか。性格的はとにかく熱い男。手足も長いし、キーパーにはうってつけだな。氏真とは子供の頃から一緒に学んでいたみたいだし、お母さんが寿桂尼様の姪に当たるそうだから遠い親戚でもある。最も信頼できる一人だ。
「しかし良く尾張から無事に帰ってきてくれたな。本当に良かった」
「先鋒を仰せつかり、井伊直盛殿と共に鷲津砦を落としました。しかし大殿が亡くなられた後は織田に攻められ井伊直盛殿は討ち死にされ、それがしだけが逃げ帰って参ったのです。お恥ずかしい限りです」
「いやいや、泰朝にまで戦死されたら本当に困るところだった。俺も性根を入れ替えて頑張るから、これからもよろしく頼むよ」
「有り難きお言葉。この朝比奈泰朝、微力ながらお助けいたしまする」
一晩泊めてもらって翌日三河に入った。いよいよ吉田城に着く。小原鎮実、どんな人なんだろうか。それよりもまず本当に会えるのかどうか、そこが問題だけど。
「これはこれは氏真公、お待ちしておりましたぞ」
城門の前で白髪頭の男が供を連れて待っていた。あれ、俺の行動は極秘にしてたんだけど。ひょっとして泰朝が気を利かせて知らせたのかな?
「吉田城代、小原鎮実に御座いまする」
男が頭を下げた。あらら、簡単に会えちゃったよ。心配して損した。
「そうか、俺は今川氏真だ。突然済まない……と言いたいところだが、何で俺が来るのを知ってたんだ?」
「それはまた後ほど。まずはお入りください」
よく分からないまま鎮実の案内で城に入る。
「方々、この石畳を踏み外さぬようにして下され。落とし穴など様々な罠が張り巡らせてありますので」
そう言って小原鎮実はニヤリと笑った。言われた皆はビックリして辺りを見回している。城の中にトラップ仕掛けてあるってことか? やっぱりこの人だいぶ変わってるぞ。
「改めてよくお越しくださいました。吉田城代、小原鎮実にございます」
「今川氏真だ。よろしく頼む」
俺は城の中で鎮実と向き合っていた。二人きりである。正綱たちは心配したがまあ大丈夫だろう。
「顔つき、話され方、なるほど聞いた通りかなり変わられましたな」
ん? 氏真ってこの人と前から知り合いだったのか? それに聞いたって誰に?
「すまん、前に会った事があったかな?」
「これは失礼いたしました。大殿には随分と可愛がっていただきましたが、殿にお目通りするのはこれが初めてに御座います。なにせほとんど城から出ませぬもので」
「だが今の言い方だと前から知っているようだったが」
「フフ、実は以前より調べさせて頂いておりました。お仕えするに足る御方か知りたかったもので」
なるほど、正綱や徳兼が言ってたのはこのことか。素破――つまり忍者を使って調べてたってことだろう。主君まで調べるとはやり過ぎじゃないの?
「忍びを使って調べたというわけか。それで今日も俺が来ると知ってたんだな」
「よくお分かりで。ご自分を調べられていたというのにお怒りになられぬのですか」
自分の生活が覗かれていたと思うといい気はしないけど、見られてたほとんどは俺じゃなくて元の氏真だからな。そこまで腹は立たないな。今後はともかくね。
「今までのことはいい。これからは控えてくれると有り難いが」
「ほほう、これは相当変わっておられる。不思議なお方だ」
あなたに言われたくないよ!
昨日のあいさつ文についてあまりにも違和感が大きいとお叱りを受けました。
面白がってわざと思いっきり現代語にしてみたんですがさすがにやりすぎましたかね。
一部が終わったら読み返して、ひょっとしたら直すかもしれません。