30話「土産」
さあ、いよいよです。
岡部元信のあだ名は何になるのか?
……じゃなくて処遇ですね、すいません。
「ではこれより評定を始める」
「あいや、待たれよ」
三浦のオッチャンが宣言して評定が始まろうというまさにその時、岡部元信が声を上げた。
「岡部殿、まずは殿のお言葉を聞かれよ」
三浦正俊が苦々しい顔でそれを注意する。ライバル心むき出しだ。
「正俊、いいから。元信どうした?」
「それがし、殿に土産をお持ち致した」
元信が何やら得意げな顔をしている。
「へえ、何をくれるんだ?」
「しばしお待ちを。正綱、あれを持て」
元信に命じられた正綱が一瞬ウッとしたように見えたが何かを取りに行った。えーっと、君が持ってきたその桶は何かな? なーんか凄く嫌な予感がするんですけど……。
「刈屋城主、水野信近が首でござる」
そう言いながら元信が桶の蓋を開けてこっちに見せる。うっひゃあ! 見せなくていい、見せなくていいからっ! 生首がちょっと見えたし……ってあれ? 水野って?
「この岡部元信、尾張よりのこのこ手ぶらで帰るのも如何かと思い、手土産代わりに刈屋の城を落として参った。なあに、行き掛けの駄賃という奴でござる」
「おおっ」「さすがは岡部殿」「なんと剛毅な」「溜飲が下がりましたわい」「いやぁ痛快痛快」
「いやいや、それほどではござらぬよ。ただ大殿の弔い合戦をと思ったまで。わはは」
元信の言葉に居並ぶ家臣たちも一気に湧いた。だがマサッチは何とも微妙な顔でこっちを見ている。なんてことしてくれたんだこのオヤジ。よりによって……参った。
この処理が終わって落ち着いたら岡崎に行こうと思っているんだが、実はそれには1つ大きな目的がある。それは松平元康と織田信長の間に史実通り清州同盟を結ばせ、出来れば今川も内々にそれに参加したいという事だ。織田と秘密同盟組めたら最高じゃね? 元康が母方の伯父で織田家家臣である水野信元の伝手で信長と通じたことは俺の知識にある。だからそのついでにウチも、と思ったんだけど……この首になっちゃった信近さんは聞くところによると、その水野信元の弟さんなんだって。ダメじゃん! 絶望的だよ。
いかんいかん、せっかく家中が盛り上がってるのにガッカリした顔をするわけにはいかない。クソ、笑顔が引きつる。このクソ元信め、余計なことしやがって。ついでに首なんか取って来るんじゃねえよ!
「独断で城を落とすなぞ言語道断、厳しく処罰すべきと存じまする」
三浦正俊はすごい形相で元信を睨みながら俺に進言してきた。気持ちは分かる。けど、それは完全に嫉妬から出た言葉だよね。俺だって処分してやりたい気持ちはある。あるけどここは褒めなきゃしょうがないだろ。これだけ盛り上がってるのに処分なんかしたら家中の反感買うわ。それは今は避けなきゃならん。そもそも今の時点で織田と組もうと考えてるなんてばれたら、史実以上に離反者続出は間違いない。ここは慎重に、あくまでにこやかに。
「岡部元信、良くやった。大殿の御首級を持ち帰り、更に織田の城を落とすとは。褒美を与える――」
うーん、何がいいかな。お金はこれ以上出せないし……そうだ!
「信虎が出た後の城が空いてるな。田中城をやろう」
「ははっ、有り難き幸せにござる」
元信は感激した面持ちで平伏した。やっぱり城持ちというのは特別なんだろう。まあこの元信は氏真を裏切ることはないだろうし戦には強い。織田に近いところに行かせたら何仕出かすか分からないし、駿府のそばに置いておくに限る。番犬にしとけばいざという時安全だからな。こらこらオッチャン、悔しがって涙目にならないの。
「正綱どうする? 叔父の寄子になるか?」
「とんでもございませぬ。殿の供周りという大切なお役目がございますのでお断りいたしまする」
もし本人が希望するなら抑え役として元信のところに出向させてもいいと思ったが、正綱本人が首をブンブン左右に振るからやめておく。なんかよっぽど行きたくないらしい。まあ気持ちは分かる。苦労するのが見えてるもんな。
元信が刈屋を落として城主の首を取った事と、大殿の首級が戻った事で当面は織田へのこれ以上の報復はしないという事に決めた。不満そうな奴もかなりいたけど強引に押し切った。
その後の評定で、尾張での主な戦死者と後継者が正式に発表された。
義元の腹心で今回の遠征の指揮を取っていた遠江の二俣城主、松井宗信。これは甥の松井宗親が継ぐことになった。
駿河国の久野城主、久野元宗。これは三弟、久野宗能が継ぐ。なかなか優秀らしいから期待したい。
駿河国の持舟城主、一宮宗是。子の一宮元実が継ぐ。
駿河国の川入城主、由比正信。子の由比正純が継ぐ。
遠江国の井伊谷城主、井伊直盛。従弟の井伊直親が継ぐ……って井伊直虎の婚約者ってこの人じゃないの? だとしたら井伊直政の父親か、要チェック!
尾張の沓掛城を守っていた近藤景春も織田に攻められて戦死。
で、最後に――駿河国の蒲原城主、蒲原氏徳。蒲原徳兼、つまりノリくんの父親だ。傷が元で帰る途中で亡くなったそうだ、お気の毒に。徳兼は固辞したが強引に後を継ぐように言った。ノリくんが側に居なくなるのは残念だが仕方ない。少しでも信頼出来る城主を増やさないと不安だからな。
こうして多くの有力武将が戦死した一方、頼りになる武将も何人か戻ってきてくれた。その代表が掛川城主の朝比奈泰朝だ。庵原城主で庵原兄弟の兄である忠胤と共に氏真と同い年で幼馴染。体が大きく見るからに精悍で熱い漢だ。ゴールキーパーに置くと安心できるね。ヤックンと呼ぶことにした。
あとは庵原兄弟の弟である庵原忠縁。桶狭間から義元の遺骸を運んで葬ってくれた人ね。生真面目で忠義心が篤く、忠胤と共に信頼できる。この忠縁にはノリくんの代わりに供周りに就いてもらうことになった。
これにお側役の三浦正俊、軍師の朝比奈信置を入れるとなかなかの布陣が揃ったと言えるんじゃないだろうか。もちろん織田や松平、武田なんかのチート軍団に比べりゃまだまだなんだろうが。葛山氏元みたいに表面上しか従ってない奴もいるだろうしね。でも松平元康も含め、信用できそうな人材がこれだけいるだけでもだいぶ安心できる。あとはやっぱり寿桂尼がいるのが大きい。よし、これで何とか頑張るぞ!
あだ名はそのまま山賊にしようかゴリラにしようか悩んだんですけど、
カタカナでルビにしやすいゴリラにしました。
氏真君としては今川の家中をいかにまとめるか、というのが第一なので
元信はお咎めなしどころか城まで与えちゃいましたね。
内心では計算が狂って怒ってるんですがw
予想通りという方も何故だ!という方もいらっしゃると思いますが、
こういう形になりましたので今後もお楽しみいただけると嬉しいです。
ああ、続き書かなきゃ…。