3話「記憶」
第3話です。氏真って可哀想なキャラですよね。三国志の劉禅とどっちが、っていう感じ。正直これ書くまで義元死後の今川なんて興味なかったですもん。でも知られてない分キャラづくりが思い通りにできるのはいいかも!
呼び出した三浦って人が来るまで早川殿からいろいろ話を聞いた。オタクというほどの知識はないが信長好きな俺は、織田家なら人間関係も大体わかるが今川家の事となるとさっぱりだ。有名な『黒衣の宰相』太原雪斎は何年か前にもう死んだってことだし、SLGやってても今川にはこれと言って欲しい武将もいなかったから分からん。織田家や松平家にはうじゃうじゃ有能な人材がいるのにねえ。桶狭間の後の今川なんて松平に独立されて家臣に次々離反されて武田にも裏切られて滅亡、位の知識しかない。あ、義元の母親の『女戦国大名』と呼ばれたという寿桂尼ってのは大した人物だったらしいけど。
「寿桂尼さんってどんな人だ?」
「尼御台様は――お優しいですが恐ろしいお方です」
ちょっと顔をひきつらせてる。そんなに怖いのか。氏真にとってはおばあちゃんな訳だし、この城に居るらしいからやっぱり会わなきゃいけないんだろうなあ、ビビる。
奥さんの早川殿は北条氏康の娘で氏政の妹だそうだ。確か武田、北条、今川の甲相駿三国同盟の流れで嫁に来たんだよな。年は二十一歳で、氏真は二十三歳だそうだ。この時代は数え年だろうから、満年齢だと22ってことは元の世界と一緒だな。これって偶然なのかそうじゃないのか。でも自分の年齢まで分からないとは俺って怪しすぎるよなあ。
元の世界の俺――品川真司、22歳。小学校からクラブに入り、中学、高校とサッカー漬けの毎日。ポジションはずっとフォワード。いつもエースストライカーにはなれなかったけど、それでも楽しかった。高校2年の時にあと一歩で全国という試合で膝に大怪我。手術してリハビリも頑張ったが結局痛みは消えず、サッカーをあきらめた。あとは何となく大学に進学して、ゲームにはまって引き籠もりのニート生活。当然単位が足りずに留年中の身だ。そんなことははっきり覚えているくせに、それ以外の事となるとなんかボンヤリしている。頭の中に霧がかかってるみたいだ。なんで突然ここに転生したのか、それさえさっぱりわからん。無理に思い出そうとすると何故か頭が痛くなってやばい。
親父も、お袋も、妹も、大切なはずの家族の顔さえはっきり思い出せない。彼女の顔……は元からいなかったっけ。思い出されるのはサッカーの記憶ばかり。さまざまなシーンがフラッシュバックのように再生される。初めて決めたゴール、PK決めてガッツポーズ、勝利の瞬間の仲間たちの喜ぶ顔、そして、あの怪我をした瞬間。こうしてみると俺、やっぱりサッカーが大好きだったんだな。怪我をしてからは意識して考えないようにしてた。でも今は足を曲げても伸ばしても、あぐらを組んでもあれだけ痛かった膝が何ともない。何ともないのに、やっぱりもうサッカーは出来ないんだ。ボールもない。スパイクもない。一緒に走り回る相手も、戦う仲間もいない。俺は独りぼっちだ。そんなことを考えていたら涙が出てきた。
「夢の事を思い出されたのですね。おかわいそうに」
早川殿がやさしく俺の背中を撫でてくれた。いい子だな、この奥さん。そうやって慰められているうちに落ち着いてきた。泣いてても仕方ない。今、俺はここに居る。正直何で氏真だって気持ちは消えないけど、それでもここに生きてる。ほっぺたツネってもちゃんと痛いし、これは夢じゃない。だったら頑張ってみよう。少なくとも未来をある程度知ってる、って言うのは有利なはずだ。そう考えたら元気が出てきたぞ。
「顔が見てみたい。鏡はないかな?」
「はい、ここに」
銅鏡が出てきて驚いた。どうもこの時代にはまだガラスがないみたいだな。でも正倉院の宝物とかでガラスのコップか何か見たことがあるような気もするんだけど。高価で一般的じゃないってことか? だったら作れば高く売れるのかも。転生チートで作り出せるかというと完全文系で何の知識もないからどうしようもないんだけどな。
想像通り氏真は普段から麻呂風の眉に白塗りお歯黒メイクをしているらしく、今日もするように早川殿に薦められたが断った。氏真っていうとそのイメージだが、あんなの恥ずかしくて絶対無理だ。しかもこうして見るとなかなか爽やかなイケメンじゃないか。我ながら悪くないねえ。
それにしてもこの氏真って奴、色白でヒョロっとしてるくせに意外とめちゃめちゃ筋肉質だ。特に太腿なんかは競輪選手かっていうほど太い。イメージと全然違う。これって日頃から蹴鞠で鍛えてるからだろうか? だったらどれだけ熱中してるんだって話だよ。確かに蹴鞠は上手いらしいけどな。元サッカー小僧としてはどこかで実力を試したいもんだが、あいにく今はそれどころじゃない。でも膝が自由に動くし痛みもないのはやっぱり嬉しいな。
待ち人は待てど暮らせどなかなか来ない。この時代、時計もない訳だしのんびりしてるんだろうな。俺めっちゃ焦ってるんですけど。これで間に合わなかったら悲惨だよ。それか氏真が舐められてるとか? 待ってる間に朝ごはんも食べたけどどれも味が薄くて単調だ。横に可愛い女の子がいて世話してくれるのはいいんだけど、人に見られながら一人で食べるってのは慣れないし味気ない。ファーストフードとかコンビニがないのがマジ辛いよ。
「三浦正俊ってどんな人だ?」
「殿のご幼少のころは御守り役をなさっておいでだったと伺いました。いつも篤く信頼なされ、何事もご相談なさっておられまする」
氏真の側近中の側近っていう訳か。うーん、そう聞くと逆に有能な人物だとは思えない所が今川の悲しいところだな。それにしてもこんな親しい人のことを全く覚えてないと言っても早川殿はあまり不思議そうな顔をしない。これってほとんど記憶喪失状態だと思うんだけど「余ほど恐ろしい夢だったのですね」の一言で納得してくれたらしい。有り難いんだけど、変だと思わないのかなあ。
次は20時投稿予定です(予約済み)。良かったら応援、感想などお願いします!