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28話「手柄」

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本当にありがとうございます。

モチベーションになります。

「弔い合戦じゃ。大殿がご覧になられておる。恥ずかしい戦はするでないぞっ」


「おおーっ」


 さすがは勇猛で知られる岡部元信の旗下の兵、突然の指示にも驚くどころかすっかり気合いが入っている。正綱の必死の説得も虚しく今川勢は刈屋城目掛けて押し寄せた。


 ――ええい、かくなる上は致し方なし。


 正綱も説得を諦め、今や兵の先頭を駆けていた。もはや破れかぶれの気分だ。


 ――負ける訳にはいかぬ。時を掛け織田の後詰めが来ても不味い。ここは一気に城を落とす他ない。





「軍勢が来ております。今川の兵かと思われます」


「ああ、今川は尾張から逃げ出しておるのだ。放っておけばよい」


 見張りの兵の報告を受けた水野信近はのんびりした声で答えた。佐久間信盛からすでに交渉により今川が撤退するので手出し無用との連絡を受けていたからである。


「いえ、それが、こちらに向かって押し寄せて参りますっ」


「それはその方の見間違い、そ奴らは三河へ向かっておるのじゃ」


「いやしかし、どう見てもこちらに向かっておりますが」


「この期に及んで今川が攻めて参るなど有り得ぬ。どれ仕方ない、儂が自ら見てやろう」


 ――やれやれ全く、物見もようこなさぬとは困ったものじゃ。人材難じゃのう。


 慌てた声を上げる兵をじろりと見て、水野信近はため息をついた。仕方なく立ち上がり、えっちらおっちら物見櫓まで行って上へ登る。


 ――ん、確かに何やらこちらへ向かっておるように見える。何かこの城に用かの。


 櫓の上から眺めると、土ぼこりを上げて軍勢がやって来るのが見えた。しばらく眺めていると見る見るうちに姿が大きくなってくる。凄い勢いでこの城に押し寄せて来ているのはもはや間違いなかった。


「み、皆、得物を取れ。今川じゃ、今川が攻めて参る。誰ぞすぐに馬を走らせて兄者の城に助けを――」


 転がり落ちるような勢いで櫓を降りた信近は、完全に狼狽えて周りの者に下知を飛ばす。最初に報告した兵は「だからそう言ったのに」と言わんばかりの目でそれを眺めた。





「このまま城に仕掛ける。正面は儂、搦め手は正綱じゃ。皆、遅れるなっ」


 岡部元信の掛け声とともに今川の軍勢は二手に分かれた。元信は約百二十の兵を連れてそのまま大手門の正面に陣取り、城壁へ盛んに矢を射かけ始める。正綱は残りの約二十の兵を連れて東側の裏門へ回る。


「これしきの城、瞬く間に落としてやろうぞ。それ、相手をこちらに引きつけるのじゃ」


 元信の激で大手門側の今川勢は激しく矢を放つ。水掘と城壁を越えて城の中に矢が降り注ぐ。防戦準備の間に合わなかった刈屋の城からはさほど反撃もない。城内はかなり混乱しているようだ。


 その隙に正綱は打ち合わせ通り城の裏門側に接近していた。正面に気を取られてこちら側は弓兵もほとんど居らず、容易に水掘まで近づくことが出来た。


「裏門より誰ぞ出てきまする」


 兵の声で見ると、裏門が開いて騎馬武者が出てくる。近くの城へ救援を求める使者だろう。


「お前達、あの騎馬を討ち取れ。他の城に知られると面倒だ。残りの者は付いて参れ」


 三人の騎馬武者に出てきた使者を追うように指示すると、正綱は残りの兵たちを率いて橋を渡って裏門に突っ込んだ。慌てて門を閉めようとする兵をすれ違いざまに槍で突き、その勢いのまま城に突入する。





「良いか、狙いは大手門だ。なんとしても門を開けよ。その他のものには目をくれるなっ」


 慌てて出てきた城兵たちを槍で突きながら正綱は指示を与えた。そこで馬を降り、城の中を兵たちを連れて突っ切っていく。

 

「今川勢が裏門より入り込んだぞっ。出合え、出合え……ぐはっ」


 大声で仲間を呼ぶ織田兵の背中に槍を突き立て、正綱達は城内を塀沿いに走る。そのまま三の丸まで駆け抜けて内門を確保し城門前の広場に出ると、兵たちに指示を飛ばした。


「お前たちは大手門を開けよ。叔父上達を中に引き入れるのだ。残りの者はそれを守れ。なんとしても門を開けるぞ」


 




 何とかして城門を開けようという今川勢と、それをさせじとする城兵との間に激しい戦闘が沸き起こる。だが城を守る兵の数は元から多くはなく、不意を打たれた城兵と百戦錬磨の今川兵とでは端から勝負にならなかった。


「門が開くぞぉぉぉ」


 分厚い板で作られた城門が徐々に内側に開いて行く。それを見た岡部元信は矢を撃つのをやめさせた。


「正綱がやりおったわ。者ども、城に入るぞ」


 号令と共に城門に突入する元信の軍を城内で門を開けた今川兵が招き入れる。





「おのれ小癪な奴、よくぞたばかったな。この水野信近が討ち取ってくれるわ、尋常に勝負せい」


 突入した今川軍を迎え撃つべく、鎧姿に槍を手にした水野信近が雑兵を連れて現れた。それなりに腕に自信があるようで、岡部元信の姿を見て一騎打ちを持ち掛ける。


「わはは、騙される方が愚かなのじゃ。それ、褒美の欲しい奴はそこの間抜けを討ち取れ」


 それに対し岡部元信が大声で酷い事を叫ぶ。全く山賊にしか見えないのは外見のせいばかりではない。その声をきっかけに山賊の子分ならぬ今川兵たちが水野信近目掛けて殺到した。


「おい、お前らのような雑兵に用はない。儂は一騎打ちを、こら、話を聞け、おい、うむ、ぐはあ」


 水野信近は押し寄せる今川の雑兵達を必死に防いでいたが所詮は多勢に無勢、すぐに飲み込まれて見えなくなった。


「敵将を討ち取ったぞぉ」


 今川の兵たちが勝ち鬨を上げる。勢いづいた今川勢に織田の城兵たちは一方的に討ち取られていった。


「ではそろそろ引き上げるか。正綱、城に火を掛けよ」


 元信の命で城の各所に火がつけられた。瞬く間に燃え上がる城を背に、悠々と今川兵たちが城門を出る。


「殿に良い土産が出来たわ。では正綱、参るぞ」


 水野信近の首を納めた桶を眺めながら元信が更なる上機嫌で正綱に語りかける。


 ――殿がいったいどのような顔をされるか、考えるだけで胃が痛うなるわ。


 内心頭を抱えながら正綱が出発の号令を掛ける。こうして義元の首級は駿府に向けて進みだした。

 

この岡部元信が刈谷城を落としたエピソードは史実で起こった事です。

なかなか豪快な人だったようですね。

これからも活躍してもらおうと思いますw

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