27話「交換」
本日2話目です。
※ここから読み始めようという方へ:ご面倒ですが26話「条件」からお読みいただけると幸いです。
「これはこれは。早速お持ち頂いた上にかほど丁重に扱って頂き感謝いたす」
「信長公は岡部元信殿の忠義心に深く感動されておられます。くれぐれも丁寧にと何度も言われておりました」
数日後、鳴海城にて佐久間信盛から岡部元信に義元の首級が引き渡された。首は通常の首桶ではなくわざわざ白木であつらえた棺に納められている。これは織田がいかに気を遣ったかを示すものだ。
「拙者からも御礼申し上げます。信長公にもよしなにお伝え下され」
「こちらこそ。先日は実りある話し合いが出来てようござった。して――」
信盛は頭を下げた岡部正綱に頷いた後、視線を元信に戻した。
「城はいつ頃明け渡して頂けましょうか。あいや、決して疑う訳では無いのでござるが」
信長の命でこうして先に首を渡したが、万が一にでもこのまま籠城でもされたら大変なことになる。一本気で知られる岡部元信なら大丈夫だろうとは思いつつも、確認せずにはいられない信盛だった。
「わっはっは。お気になされるのも当然でござる。だがご安心召されい。我ら、先日の約束を違える気は一切ござらぬ。たった今この場にて城をお渡しし申す」
信盛の問いに対し、岡部元信は胸を張って答えた。
――たった今とはこれまた急な話。しかしそれもせっかちな叔父らしいか。
聞いていた正綱は一瞬面食らったが、一方で納得もした。ならばすぐに準備に取り掛からなければならない。
「それは有り難き仰せ。更に確認でござるが、他の城も全てお空け頂けましょうな」
「無論のこと。正綱、各城の守将に宛て城を出よと至急使いを出せ」
「かしこまりました、直ちに」
「これで安心いたしました。信長公もさぞお喜びになられることと思いまする」
信盛も話の早さに驚いたが、早いに越したことがないのも事実だ。申し出を有り難く受けることにした。
――さすがは岡部元信。決断が早うて助かるわい。
「では我ら今川勢、これより城を出でて駿府に向かい申す」
「鳴海城、確かに承りました。氏真公にもよろしくお伝え下され」
およそ一刻(二時間)の後、岡部元信と佐久間信盛は互いに頷き合った。
「出発」
正綱の掛け声で今川の軍勢が粛々と動き出す。先頭には輿に乗せた白木の棺。それを居並んだ織田の家臣たちが黙礼で見送った。
「誰もついては来ぬな」
「さすがにこの期に及んでまで間者は付けぬでしょう」
後ろを振り返りながら馬上で元信と正綱が話し合う。
「して正綱、此度の交換の条件は何であったかな」
「何を今さら――織田が御首級を引き渡す代わりに我らが鳴海城を放棄、さらに尾張より全ての兵を引き揚げさせる事にございまする」
「それに違い無いの」
「そうで御座いますが、それが何か」
――なんだ、この妙な上機嫌は。
元信は何やら妙に嬉しそうだ。頑固で気難しい叔父がこれほど機嫌がいいのはあまり見たことがない。正綱は何やら胸騒ぎがして仕方なかった。
しかし正綱の胸騒ぎにもかかわらず、何事もなく軍勢は進む。知多半島の根元を越え、もうしばらくすればいよいよ三河に入るという辺りで、突然元信が手を上げて進軍を止めさせた。
「叔父上、いかがなされましたか」
「ほれ、あれに見えるは刈屋城だ。確か水野信近が守っておったはず」
「織田に与する将ですな。それがどうかなされましたか」
「ここは尾張の東の端、辺りに織田の軍勢も見えぬ」
「左様にございますが」
「ならばこれより刈屋の城を攻める」
そう言うと岡部元信はニヤリと笑った。この笑顔はどう見たって山賊の親玉だ。
「お、お待ちくだされっ。それでは織田との約定を違えることになりまする」
「何を言うておる。鳴海の城は渡した。刈屋も攻めた後は焼き払い、そのまま三河に入る。尾張に居座るつもりはない。何も違えてなどおらぬぞ」
「それは……詭弁でござろう。しかも殿のお言い付けにも背くことになりますまいか」
「何故じゃ。大殿の首級と鳴海を交換し、城を出て駿府に戻れとのお言い付けじゃろう。その間に城を攻めるなとは一言も言われておらぬ」
――これが上機嫌の理由か。
正綱は色々と腑に落ちる思いがした。元信は交渉の結果を聞いた時からこうするつもりだったに違いない。だからあれほど素直に城を明け渡したのだ。織田との約束では確かに城を攻めないとは言っていない。だがそれは言わずもがなという物ではないのか。明らかな信義則違反だ。氏真にしても尾張は捨てると言っただけで、城を落とすなとは言っていなかった。だからと言って勝手に城を攻めていいという事にはならないだろう。きっと後々不味いことになるに違いない。
「叔父上、お気持ちは分かり申すがここは我慢のしどころですぞ」
「何を言うか正綱、お主はそのようだからまだまだ一人前になれぬのじゃ」
「かような事をすれば織田上総介は激昂しましょう。きっと不味いことになりまする」
「知ったものかよ。この戦国の世に油断した方が悪いわい。それを教えてやろうと言うのじゃ、感謝してもらわねばな。わっはっは」
正綱の心配を他所に、元信は大声で笑った。
「殿もきっとお怒りになられまする。どうかおやめ下され」
「敵の城を落として怒られるなどと聞いたこともないわ。正綱、お主どこかおかしいのではないか」
――おかしいのはどちらだ。
そう言いたい気をぐっと堪えて正綱は尚も説得を続ける。
「とにかく一度駿府まで戻り、大殿の御首級を届けてからに致しましょう。御首級を奉じつつ戦をするなど、亡き大殿に対する不敬になりまする。あの世で叱られますぞ」
「黙れ小童。あの大殿がそのような事を仰るはずがあるか。きっと良くやったと褒めて下さるわ。それにな」
そう言うと元信は息を吸いこみ、大声で宣言した。
「この岡部元信、功も上げずおめおめと駿府に戻ることなぞ出来ぬ。みなの者、これより刈屋の城を落とす。亡き大殿の御前じゃ、気合いを入れよっ」
「おおーっ」
こうして刈屋城攻めが始まった。
いかがでしたでしょうか?
今のところ続きの執筆もなかなか順調です。
まあ気を抜くとすぐに遅れるので好調な時ほど要注意ですがw
明日も投稿します!




