24話「挟撃」
「元信様、遠目に旗指物が見えまする。織田の軍勢かと」
「早速来おったか、丁度良い。これを撥ね退けて上手く交渉に持ち込まねばならんな」
「その為にもこの城は容易く落ちぬと思い知らせる必要が御座いまする」
「おうよ、完膚なきまでに叩き潰してやらねばの」
物見の報告を受け、岡部元信と甥の正綱が話し合う。
「叔父上、今この城に兵はどれほどおりまするか」
「およそ百五十に足りぬというところかの。砦攻めの為に増やしておったのが怪我の功名よ」
「なるほど。して如何に守りまする」
「ふ、そこよ」
元信は髭もじゃの顔でニヤリと笑う。その厳つい顔はどう見ても悪人にしか見えない。
「今までは攻められても固う守って凌いできた。相手はこの度もそうすると思うておるだろうな」
「と申しますと」
「守るばかりでは叩き潰せぬ。此度は攻めるぞ。兵五十を城より出し外に潜ませる。しばらくは今まで通り守るばかりと見せかけて、機を見て後ろから攻めかかるというのは如何じゃ」
「おお、それは面白うございますな」
「正綱、やってみよ」
正綱は目を見張った。この戦の勝敗を決める重要な役回りである別働隊の指揮を取れというのだ。
「よろしいのですか」
「お主も氏真公の供回りという大事なお役目についておるのだ。その成長ぶり、見せてみよ」
「是非やらせて頂きとう存ずる。して手筈はいかように」
「おお、そうじゃの……」
叔父と甥は頭を突き合わせて策を練った。
「では早速」
「おう、抜かるなよ」
正綱は五十の兵を連れ密やかに裏門を出た。この辺りの地形は先ほど歩いてきたので分かっている。敵は織田家の家臣、梶川高秀の軍勢らしい。数はおよそ三百。迂回して相手が攻めてくるであろう方角から見えぬように丘を挟んだ草叢に兵を潜ませる。
「良いか、決して物音を立てるな。慌てず騒がず、機を待つのだ」
正綱の指示に兵たちが頷く。猛将と呼ばれる岡部元信に率いられている兵だけあり、実戦経験も豊富で浮ついたところがない。音を立てぬよう重々しい鎧は着けず、機動力重視の軽装に槍を手にしている。
――むしろ浮き足立っておるのは儂かもしれん。
もちろん正綱もこれが初陣ではない。しかも初陣では二つの首級を取ったほどの男だ。だがかつてこれほど重要な役割を任されたことはなかった。自分の働きで勝敗が決まるのだ。自然と気が高まる。
――落ち着け、焦るな。
自分自身に言い聞かせて深く息を吸う。そのまましばらく待っていると、丘の向こうを敵が通る気配がした。思わず号令を掛けたくなるところをぐっと堪えて槍を握りしめる。やがて城の方角からワーワーと声がし始めた。敵が城に取りついたらしい。すぐそこで戦闘が行われていると思うと気が急く。だがタイミングを間違えては策が台無しになる。正綱は待つしかなかった。待ちながらいつしか元信の言葉を思い出していた。
「――よいか、戦場では刀なぞ物の役にも立たぬ。鎧に当たれば曲がる、反る。斬れば血糊ですぐに斬れなくなる。戦で頼りにすべき得物は槍じゃ。槍を鍛えよ」
叔父の元信にそう言われ、幼い頃から槍を鍛えられてきた。何千回、何万回と繰り出してきた槍。その槍を握っていると何故だか心が落ち着くような気がした。
気付くと城の方からの声がさらに大きくなっている。寄せ手である織田の攻撃が本格的になったようだ。
――そろそろ頃合いか。
正綱は斥候を出し、残りの兵に移動の準備をするように命じた。
「敵は城攻めに掛かり切りで後ろに気を配る余裕はございませぬ。鳴海の城も良く敵を防いでおります」
「これより我らは敵の背に移る。気配を消し音を立てるな。下知があるまで無断で攻めかかってはならぬ」
斥候の報告を聞いた正綱は小声で兵たちに指示を出す。兵たちは声を上げずにただ頷いた。丘を迂回し、ゆっくりと敵の背後に回る。身を低くして草に身を隠しながら徐々に近づいて行く。
ようやく敵の姿がはっきり見えるところまで来た。全員這いつくばって様子を伺う。敵は城に向かってしきりに矢を射かけているが、城からも負けじと矢が飛んできて怪我人も結構出ているようだ。しばらくすると敵が丸太を抱えて城に突撃する準備を始めた。それで門を破るつもりらしい。きっと今なら敵の意識は門に向いているだろう。
――この機、逃すべからず。
「よし皆の者、掛かれぇっ」
正綱の号令と同時に、兵たちが跳ね起きて槍を手に敵の背に向かって突っ込んで行く。正綱もその先頭に立って槍を握って駆けだした。もはや頭の中は何も考えられない。ただひたすら無我夢中、全速力で敵に向かって突っ込んで行くだけだ。
「伏兵じゃあ、後ろから敵が来たぞぉ」
その動きに気付いた織田兵が声を上げると同時に織田軍全体に衝撃が走る。背後に全く気を配っていなかった織田の兵たちは慌てて後ろを向こうとするが、そこに正綱の率いる兵たちが突っ込んだ。
「おおおおらああああああ」
正綱は大声を上げながら槍を構え、そのまま敵陣に突っ込む。前後左右、辺り構わず槍を繰り出す。刺しては引き、引いてはまた穂先を突き立てる。織田の雑兵どもは弱い。不意を突かれた梶川高秀の軍勢は混乱の中で次々と討ち取られていく。
「者ども逃げるな。防げ、防げえ」
この甲高い声は梶川高秀だろうか。叫ぶ声に合わせて織田の兵がようやく方向を変えて奇襲部隊に対応しようとした、まさにその瞬間。
「今よ、掛かれえっ。織田の兵共を逃がすなっ」
城門が開き、岡部元信率いる城兵たちが突撃してきた。怒涛の勢いで織田の軍勢に突っ込む。
「うわああ」「逃げるな、踏みとどまれ」「無理じゃ、逃げるぞお」「ひいいい」「助けてくれえ」
再び背後を取られ、織田は完全に挟撃される形になった。もはやパニックに陥った織田の雑兵たちは成す術もない。混乱する兵の中、馬上の梶川高秀は味方を蹴散らす勢いで逃げ出す他なかった。
「勝敗は決しましたな」
「敵将が討ち取れなんだのは残念だが、まあこんなもんじゃろう」
戦場の真ん中で出会った叔父と甥が互いに頷き合う。
「引き上げじゃ。太鼓を鳴らせ」
こうして鳴海城攻防戦は今川の完勝に終わった。
京都国立博物館へ坂本龍馬展を見に行ってきました。
龍馬の手紙や刀を見ながら「もし坂本龍馬に転生したら」というストーリーをちょっと考えましたが、例え未来を知ってても龍馬以上の仕事は出来そうにないので諦めましたw あれはリアルチートっすよ。
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