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23話「鳴海」

いつもよりちょっと早いですが投稿しました。

この人書くのが楽しみだったんですよ。

お楽しみ頂けると嬉しいです。

「さて、上手く城に入り込まねば」


 岡部正綱マサッチが呟いた。ここは南尾張、本来ならば今川の勢力圏だが今は決して安全ではない。松平との同盟の約束を取り付け岡崎の城を出てから、次の氏真の命令をこなす為にここまで来たのだ。



 ――また織田の兵か。


 正綱は藪の中に身を隠した。蚊が襲ってくるのを手で払いもせず息を潜める。しばらくそのままで織田兵をやり過ごし、気配が無くなると外へ出た。これだけ織田の兵がうろついているのはそれだけ尾張における今川の支配力が低下している証拠だ。正綱は周囲を警戒しながらそのまま鳴海なるみの城へ徐々に近づいて行く。


「幸い包囲はされておらぬようだな」


 城の周りに織田の姿はなかった。この隙に、と小走りで鳴海城へ近づく。敵の姿が見えなくとも油断はできない。城の味方から敵だと誤認されて撃たれることも充分あり得るからだ。ある程度城に近づくと、左三つ巴の岡部家の紋を染め抜いた旗を掲げた。


「岡部正綱と申す。今川氏真公の命により、わが叔父岡部元信を訪ねて参った。開門してくだされ」


 正綱が呼び掛けると、内側で物音がして門がわずかに開く。正綱はその隙間に体を滑りこませた。






「岡部正綱殿ですな、元信様がお待ちです」


 中で待ち受けていた兵の案内で城の中へ向かう。最前線の城らしく、無駄な装飾は一切ない材木がむき出しの砦のような城だ。尾張攻略部隊が詰めていた状態で義元が討たれたために、城の中にはかなりの数の兵がいるようだ。そのお陰で落ちずに済んでいるのだろう。


「元信様、正綱殿がお越しです」


「よし、入れ」


 部屋の中から野太い声がした。その声を聞いた瞬間、正綱マサッチの身体に緊張が走る。


 ――この叔父御が苦手なのだ。


 普段から快活で明るい正綱だが、子供の頃からこの良く言えば豪快、悪く言えば強引な叔父が苦手だった。成長した今でもその頃の感覚が抜けていない。

 





「正綱、駿府よりわざわざご苦労。して何用じゃ」


 浅黒く日焼けした肌にボウボウに生えた無精髭。太い眉に厳しい眼差し。一城を預かる将というより山賊の親玉と言った方がよっぽど似合う風貌だ。


「此度は大殿が無念の御最後を遂げられたと聞き及び――」


「長口上はよい。してどうしたというのだ」


「氏真公の使いで参りました」


「おう、その氏真公よ。どうしておられる。さぞ狼狽されていることであろう。泣き喚いておられるか、それとも部屋に籠っておられるか」


 元信は眉をひそめて小声で問うた。決して氏真を貶しているのではなく、心配しているらしい。


「それが――何と申しますか、生き生きしておられます」


 正綱は一瞬何と答えようか悩んだが、結局こう答えることにした。大殿が亡くなって妙な表現だが、それが一番しっくり来るような気がしたのだ。





「何を申す。生き生きされておるとはどういう事だ。意味が分からぬ」


「妙な表現ですがその通りなのです。殿はお変わりになりました。もはや化粧けわいもされておられませぬし――」


「まあ良い、お前の話では分からぬ。して何用じゃ。昨日も使いを寄越したばかりではないか。またぞろあの腰巾着の三浦辺りが何ぞ言ってきおったか」


 岡部元信も三浦正俊が嫌いらしい。お互い様だが。馬が合わないと言ったところだろうか。


「いえ、氏真公ご自身の命で参りました」


「ほう、殿がな。して用件は」


「この鳴海の城を織田に明け渡せとの仰せ――」


「何ぃ、気でも狂われたかっ」


 話を聞いた瞬間、元信は激怒した。髪から髭から、全ての毛が逆立って猫のようだ。





「叔父御、お聞き下され。話には続きが御座います」


「うるさいわ、腰が引けるにも程がある。つい昨日、城を出ず死守せよと言うて来たばかりであろうが。それをみすみす城を織田にくれてやるとは、人が良いでは済まされぬぞ」


「いや、ですから続きが」


「黙れ正綱。お前も少しは武者らしゅうなったかと思えばこのような下らぬ用件で使いに来るとは情けない。それこそ殿の前で腹を掻っ捌いてでも御止めするべきであろうが」


 自分にまでとばっちりが来て正綱は慌てた。このままではここで腹を切れと言われかねない。


「ですからっ、話を聞いてくだされっ」


「なんだ、まだ何かあるのか」


 正綱が必死の思いで叫ぶと、やっと元信が黙った。元信の目は明らかにまだ怒っているが、一応聞いてくれるらしい。正綱は小さくため息をついて話を続ける。





「氏真公は此度の敗戦の報を受け、即座に尾張の城を全て棄てるとお決めになりました」


「だからそれが腑抜けておると――」


「お聞き下されっ。南尾張は土地が貧しく、織田がかさにかかって攻めて参るのを守るほどの価値はない。よって城は全て捨て城にするが、叔父御にだけは特別な命を与えると」


「ほう、その特別な命とはなんじゃ」


「あと一度は織田の兵を退けよ。その後織田と交渉し、取られた義元公の御首級みしるしと交換に城を明け渡すように、というのが氏真公の命でござる」


 何とか最後まで言い終えて、正綱はフウッと安堵の息を吐いた。それに対し元信は腕を組み考え込む。


「――この城を義元公の御首級と引き換えにせよ、と。これは重大なお役目じゃな」


「左様にございます。氏真公は岡部元信でなくてはこの役は果たせぬ、と仰いまして」


「そこまで儂を評価して下さるのか。しかしこのご命令、まこと氏真公によるものか。寿桂尼様ではなく」


「寿桂尼様もご了承はされておられますが、間違いなく氏真公から承った命にござる。氏真公は以前とは見違え、こう申しては失礼ながらあたかも人が変わられたかの如く思えるほど」


「頼りとされた大殿が亡くなられ、お目覚めになったというところか」


「そう、それにございます。寿桂尼様が亡き雪斎殿にも勝ると称されるほどの深きお考え。実はここへ参る前に三河の松平元康殿の元へ使いに行ってまいりました――」


 正綱は他の者には聞こえぬよう、元信の耳元に口を寄せて岡崎での出来事を話して聞かせた。


「――何と大胆な。西三河をそっくり松平に与え独立を認めるなど、家中の者どもが黙っておるまいに」


「叔父御、声が大きゅうござる。殿はそれも全て覚悟の上と。この命も他には諮らずご自身でお決めになったことにございます」


「それは頼もしき限り。では何としても此度の命、成し遂げねばならんな」


「この正綱も微力ながらお手伝いいたしまする」


 岡部元信の顔に気合がみなぎる。正綱も頷いた。

さあ、新キャラ、岡部元信登場です。

活躍してもらいましょうw

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