22話「交渉」
今日もお楽しみ頂けると嬉しいです。
「儂を策に嵌めておいて、よくもいけしゃあしゃあと顔を出せたものだのう、氏真よ」
「いや、このたびはご迷惑をお掛けしてすいません」
ここは素直に頭を下げる。お互い分かってることだから嘘をついても仕方ない。オッチャンもノリくんもその辺は最初から知ってるしね。
「儂が謀反などとよう考えたものよ。どうせ寿桂尼の企みであろう」
「あ、分かります? そうなんですよ。信虎様は放っておくと何するか分からないし、どうせなら家中をまとめるための犠牲になってもらおうということで」
「あの尼め、下らん事を考えおって。お陰でこの様よ」
信虎は忌々しげに舌打ちする。
「あ、でも決めたのは俺ですから。発案は寿桂尼様ですけど、責任は俺にありますんで」
「どちらでも同じよ。時さえあれば誰ぞを抱き込むなり、織田と示し合わすなり、いくらでもやり様はあったものを。これだけ急では何の手も打てぬわ」
なんだ、やっぱり色気は充分あったんだな。お陰で罪悪感を感じずに済むなあ。
「して、儂にどうせよというのだ。首を寄越せというのか」
「その事なんですが、ちょっとお願いがありまして」
「嵌めておいて更に頼みごとをしようというのか」
「そうなんですよ、すいません」
「鉄面皮もここに極まれりじゃな。まあ良い、申してみよ」
「お命を取ろうなどとは最初から考えていません。基本的には今川から出て行っていただければ結構です」
「ふん、それは仕方なかろうな。願いというのはそれか」
「いえ、この今川を出て行って頂いた後の事です。京へ行っていただけませんか?」
「儂に京へ上れと申すか。どういう了見じゃ」
「信虎様は公家にも伝手がお有りですよね」
「山科卿にも今出川卿にも親しくさせて頂いておるが」
「そこで、です。京で情報収集や政治工作をお願いしたいんです」
「断る。なぜにお前らの為に動かねばならん」
なんといっても京都はこの時代の中心地だ。だいぶ荒れ果ててはいるらしいけどね。それでも今後今川家を率いていくに当たって、京との情報を掴んでおくのは大事だろう。公家と繋がっておけば何かあった時には帝の調停なんかも使えそうだし。あとこれは相当先になるだろうけど、いつか頼みたい事があってその布石でもある。
しかし信虎の言い分も全くもってごもっとも。自分を陥れた相手のお願いを聞くなんて無理難題だというのは分かってる。でも俺にはその無理を通す秘密兵器があるのだ。ふっふっふ。
「――正俊」
「ははっ。京へお上り頂ければ、信虎様には今川より御隠居料をお支払いさせて頂きまする」
それまで後ろに控えていた三浦のオッチャンが、俺の合図で条件を提示する。これについてはあらかじめ打ち合わせ済みだ。
「ほう、いくら寄越すというのじゃ」
「年に金五百両。加え京に屋敷もご用意させて頂きまする」
どうだ、信虎。1両は現代のお金に換算すると10万円位だったと思うから、年に500両っていえば年収5000万円だ。この条件を正俊に納得させるのに苦労したんだぞ。オッチャンやけに金に細かいから。これだけありゃ楽に暮らせるだろ? ほれ、ウンと言え。言っちゃえ。
「話にならんの。そんな端金でこの信虎を使おうとは」
このクソじじい、そっぽ向きやがった。コイツ、首落としてやろうか!
「では幾らだったらいいんですか?」
「そうよのう、儂も年じゃ。ゆるゆると京で暮らすのも悪くなかろう。まして可愛い孫の頼み、無下にするのも忍びない。だが公家を相手に工作するとなると何かと費えも掛かる。年に金二千両と言いたいところじゃが、ここは金一千両で手を打とう」
おい、年に1億円ってどういう感覚してるんだ! さすが元殿さまは金銭感覚おかしいな。あ、俺も今は殿様か。しかし吹っかけてきやがったなあ。でもパターンは読めてる。ここから徐々に交渉して、最後は7000~8000万ぐらいでまとまる感じよね。
「えーっと、じゃあ600両ぐらいでどうでしょう。この100両は今回のお詫びってことで」
さあ、どう出る。予想では900両ぐらいを提示してくるはず。最終ラインは750両ってとこかな。
「話にならんと言うたであろう。金一千両じゃ。ビタ一文まからんぞ。武士に二言はないわ」
クソじじいめ、交渉する気ないんかい! どういう教育受けてるんだ。性格悪すぎるだろ。そりゃ息子も追い出したくなるわ。信玄の気持ちが分かったような気がする。
「えーっと、じゃあ750両で何とか」
「くどい。金が惜しいならこの首持って行くがよい。儂の首を取れば、それを理由にあの晴信の奴が如何なる無理難題を押し付けて参るか見ものだがの。ふっふっふ」
「殿、いかがなさいますか」
三浦のオッチャンが不安げに俺の顔を見ている。その額には汗がにじむ。くっそ、不快指数高いな。
「それだけ払えばちゃんと働いてくれるんですね」
「儂を誰だと思うておる。従五位下左京大夫、甲斐にその人ありと言われた武田信虎じゃぞ」
くっそ足元見やがって。今の俺ではこのジジイを論破できそうにない。経験が足りないな。
「あーもう、正俊、年に1000両だ。払ってやれ」
「よ、よろしいのですか」
よろしいも何も、仕方ないだろう。年収1億円でのんびり生活か、俺が代わりたいわ!
「最初から素直に出しておればよい物を。安心せい、金額以上の働きはしてやろう程に」
信虎のドヤ顔が超絶ムカつく。
「しかしお主、やはり変わったの」
あー、またその話ですか。ハイハイ、変わりましたよ。なんせ中身がそっくり入れ替わってますんでね。
「――そうですかね」
「まあそう拗ねるな。これも人生経験よ。そもそも嵌められて追い出されるのは儂なのじゃからな」
ふん、どっちが被害者だかわかりゃしねえ。この強欲ジジイが。
「儂を相手にこれだけの事が言えるのじゃ、今までのお主とは違う。これならばこの戦国の世、渡っていけるかもしれぬのう」
「はいはい、有り難うございます。せいぜい頑張りますよ」
ジジイめ、偉そうなこと言いやがって。
「そう願っておるよ。今川が無くなれば儂に金が入らなくなるからの。あと儂の身の世話をしてくれておった者どもを数人京に連れて行くが、この者どもの知行も今川で頼むぞ」
あんたは鬼ですか?
信虎には頼みたい事があるのでこうなりました。中々良いキャラで好きです。時々活躍してくれたらいいなあ。
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